農業改革で窮地に立たされる農家
スイスの農家の間では、財政的、精神的なストレスから専門家に指南を仰ぐ人が増えている。補助制度が段階的に廃止され、新規制が導入されるなど、農業分野で法改正が進んでいるためだ。一連の改革に疲れ不安を抱えた農家は、生き残るための道を模索している。
厳しくなる生活
農業経営コンサルタントのエルンスト・フリュッキガー氏は、近年天地がひっくりかえったように感じている農家にアドバイスをしている。農産物の最低価格の保証が1999年に廃止された後、2008年に輸出補助金、2009年に牛乳の生産制限の廃止が続いた。また国からの直接補助金を受給するために、農家は今後数年以内に、環境に配慮した農法を取り入れていかなければならない。
「慣れ親しんだ昔ながらの農法にこだわり、過去40年間に起きた根本的な変化を検討したがらない農家は、新しく幅広い考え方を持つよう迫られている」と自身も農業を営むフリュッキガー氏は語った。
アンドレアス・ホーファーさんと妻のソニアさんも、フリュッキガー氏の顧客だ。二人はエメンタール地方のグロースエッグ村(Grossegg)で、7年間酪農を営んできた。9ヘクタール以上の広さの森林を含む合計約30ヘクタールの農地で、牛27頭、子牛約50頭、豚約50頭を飼育している。さらにミツバチの巣箱一つ、猫数匹と犬のバルー、そして3人の子どもたちでホーファー家の肖像画は完成だ。
ホーファー家は、海抜820メートルの丘陵地帯に建っている。牧場と森林が広がるこの地域からスイスの首都ベルンまで、車でわずか30分だ。
アンドレアスさんが育ったホーファー家は、先祖が300年にわたり代々所有してきた農場だ。独特の穴の空(あ)いたチーズ(北米では単に「スイスチーズ」として知られている)で世界的に有名な、エメンタール地方に深く根ざしている。
特に牧畜が好きだったというアンドレアスさん。兄が農業高校で教職に就いたことがきっかけで、農業を引き継ぐことになった。夫妻は12年間アンドレアスさんの父とともに働き、2005年に農場を引き継いだ。
農業政策の変更が続いた結果、ホーファー家の生活は厳しさが増す一方だ。アンドレアスさんは広く明るいキッチンに座り、政治家を非難しまいと自分を抑えている。
収入の減少
アンドレアスさんは、酪農からの収入が激減したことを、具体的な数字を挙げて説明する。「父は毎年約8万リットルの牛乳を生産し、1リットルにつき最高で1.07フラン(約93円)の収入があった。一方、私は年間約20万リットルも生産しているが、1リットルあたり0.55から0.60フラン(約48円から53円)がやっとだ」
しかし機械の維持費、保険料などの経費を支払い、牧舎やその他のインフラ修理に備えて準備金を取り置かなければならない。
それらをすべて換算すると、年間約10万フラン(約870万円)の収入減が生じるとアンドレアスさんは言う。そのため、牛乳の生産量を拡大すると同時に、費用効率の高い方法を探さなければならない。
アンドレアスさんは中規模の酪農場を営むほかに、長年ベルン州の農業検査技師として働き、副収入を得てきた。しかしほかの農家と同様、夫妻は農業を続けていけるかどうか疑問を強く感じるようになったと言う。
フリュッキガー氏に二人が初めて相談したのは2年前だ。「私の役割は、典型的なアドバイザーとは異なり、既成の解決法は使わない。私は依頼人に質問はするが、決定するのは彼らだ」とフリュッキガー氏は説明した。
親しい友人
ホーファー夫妻が初めてフリュッキガー氏のもとを訪ねたのは、状況の査定を依頼するためだった。
「親しい農家の友人が、突然精神的な問題を抱え、精神科医にかからざるを得なくなった。そして家族との間にも問題が出たことから、私たちも考えるようになった」とソニアさんは振り返る。
こうして二人は自分たちの生活の在り方に疑問を持ち始めた。酪農家であるということは、一年中毎日、日の出前に起床し、夕方まで働き続けなくてはならない。
体力的に見て、アンドレアスさんが働けるのはあと20年だが、農業をめぐる状況が年々厳しくなること受け、夫妻は検討する時期が来たと考えた。
酪農の仕事をあきらめ、種畜に特化する。または逆に、新たに牧場を購入し、牛乳の生産を拡大するなど、フリュッキガー氏とともにあらゆる選択肢を熟考しては却下し、議論を重ねた。また、ソニアさんが外に働きに出ることも話し合ったが、その時点では見送りとなった。
「私たちの経営を外部の人に見てもらい、どこを改善するべきか助言してもらいたかった。だが、フリュッキガーさんは、私たちがやっていることのすべてが間違っているわけではないと言ってくれた」とアンドレアスさんは語る。カウンセリングの結果、大きな変化が起きたわけではないが、二人には酪農を続けていく「勇気が出た」。
また、その後幸運にもソニアさんに理想的な仕事が見つかり、近くの老人ホームで介護士として交代制で働くようになった。家族と酪農の仕事のためにやりくりが多少必要だが、全員にとって都合のよい状況となった。
広い視野で考える
フリュッキガー氏は、農家にアドバイスをしてきた過去10数年間を振り返り、農業部門に起きた変化はあまりにも大きすぎたが、直接影響を受ける農家には選択の余地がほとんどなかったようだと分析する。
顧客の多くは困難な状況にあるが、5人のうち4人の状況が好転したと言う。
フリュッキガー氏は、農家が同業者との協力体制を強化し、長期的に生き残るためには、企業家のように行動することを学ぶべきだと主張する。「しかし簡単に問題が片付くような解決策はない。個々のケースが異なり、全員がそれぞれの強みを生かして取り組んでいくべきだ」と付け加えた。
ほかのヨーロッパ諸国と比較して、スイスの農業部門は、小規模の農家が多く、ヨーロッパの平均を上回る補助金をこうした農家に支給していることが特徴だ。
敬意
経済協力開発機構(OECD)は、スイス政府が農家に対する補助の廃止で成果を上げたと認める。農産物の最低価格の保証など、農家への補助は、国際貿易と生産をゆがめると非難されている。
しかし、ホーファー夫妻のような農家にとっては、こうした補助はありがたい存在でもある。二人には低平地に広い耕作地を持つ大規模な農家と競争する力はない。また、外国で新しい生活を始めるなどということは、選択肢にないとアンドレアスさんは言う。
フリュッキガー氏によると、農家が自分たちの作った農産物にもっとよい値段を付けられたら、それが理想的だ。そうすれば人並みの生活を営み、農地を維持しながら、次世代に譲り渡すことができる。しかし、地元で生産された農産物を買うことの重要性について、消費者の関心を高めるのは、依然として大仕事だ。
自分の生産する牛乳に公正な値段が付くなら、国からの補助金がなくても構わないとアンドレアスさんは賛同する。
「消費者が、食物と、その品質を保証する労働に対してもっと敬意を払ってくれたらと願っている」
スイスの農業は環境に配慮した農法を使い、食糧供給の確保を担うものと位置づけた憲法改正案が、1996年の国民投票で承認された。これを受け、一連の改革が施行された。
1999年:農産物の最低価格の保証と農家の収入の補償を廃止。
2007年:欧州連合(EU)とチーズの貿易について協定を締結。
2008年:輸出補助金の廃止。市場における価格補助から、農家に対する直接補助金の支払いへ移行。輸入飼料の関税引き下げ。
農産物および食品についてEUと自由貿易協定の交渉開始。
2009年:牛乳の生産制限を廃止(この結果、生産過剰が起き、価格が急落)
2014~17年度の農業プログラムの一つとして、環境に配慮した農法や、家畜の習性を考慮した畜産法の採用、および生態系の多様性を考慮した生産の促進を直接補助金受給の条件とすることが決定された。
スイスの農場数は過去30年間に、12万5274軒から、2010年の5万9065軒(5659軒の有機農場を含む)へほぼ半減した。
農業部門における労働人口も、同期間に35万9051人から16万6722人へほぼ半減した。現在の農業労働人口は、全労働人口の約4.3%に相当する。
スイスの農業部門は、2010年に108億フラン(約9398億円)に相当する商品とサービスを生産した。
2010年の農地の総面積は、105万5684ヘクタール(牧場約50%、耕作地25%)。ワイン用のブドウ園は、総面積の約1.5%を占める。
約47%の農地が低平地にあり、約26%が丘陵地帯、残りが山地にある。
スイスでは、約1500万頭の家畜が飼育されている。
スイスの農家1軒の平均的な農地面積は約20ヘクタール。過去25年間に15ヘクタールから20ヘクタールへ拡大したが、EU27カ国の平均以下となっている。
(出典:連邦統計局、スイス農業協会)
(英語からの翻訳・編集、笠原浩美)
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