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IV アルプス -10-

著者の自宅にて

(swissinfo.ch)

イタリア旅行−ヴェスヴィオとエトナ

 一九二〇年の春、私はイタリア旅行に出た。イタリアの古跡や、ルネッサンスの美術など魅力の多いものであったが、一つにはヴェスヴィオとエトナに登りたかったのである。ナポリ市街から眺める海を控えてのヴェスヴィオの姿は美しかった。しかし山そのものは観光地となっていて、火山に富んだわが国から考えれば別段変ったものではなかった。ヨーロッパ大陸では、確か唯一の活火山というので登山鉄道は観光客に満ちていた。ヴェスヴィオの印象は矢張り紀元七九年の大爆発によって山麓のポンペイが一瞬にして埋没した惨事と、その惨事を語るポンペイの遺跡とに関連するところが大きい。
 エトナは天気が悪く登ることはできず、シチリアの島を一周した。シラクサではギリシャ支配時代の遺跡が白い土挨の中に眠っていた。また南海岸を汽車が過ぎるとき、シトロンの花の香が窓に流れ込むのに、ミニョンの詩の中の国だとも思った。
 私はイタリア文芸復興期の文化についてはブルックハルトの語るところしか知らないが、彼はその著書の中でこの時代の特色として個人の自覚を説いた。まさにそのように百花繚乱たるものである。そしてまたこの時代に始った自然美の発見をも語っている。もしそうであるなら、自然観について、わが国人の古代から、自然を単なる現象としてみるのではなく、人間的な関係で受け入れ、自然に対して人間的な性格さえ与えていたのとは、大きな違いがあると思われる。
 春も闌の頃、再びグリンデルヴァルトに帰って来た。山麓の雪は日毎に消えて、消える雪を追うようにクロカスの花がアルプをおおった。登山鉄道も六月下旬から動き出す。この頃、村から牛を集めて放牧に登る。個人の牛を集めて共有のアルプに秋まで放し、その間、管理人がおって牛乳を絞ったり、チーズを作ったりして、持分に従って分ける。各人の牛の頭数は越冬に必要な飼い葉の収穫量で決っている。村の道をアルプに連れられてゆく牛の群の先頭のものは、リーダーで一際大きな鈴を頸に下げている。どの牛もみな頸に鈴を下げているが、散在しているのを発見し易いためなので、漂う鈴の音はアルプスの風物詩でもある。初夏とともに雪線以下の積雪は消え去って、山麓は高原性の草花におおわれ、灌木帯から上では高山植物のお花畑である。

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