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脳の後遺症回復のために

脳損傷は周囲の人の目には見えない。しかし本人にとっては、非常につらい症状が多い imagepoint

スイスにも、交通事故や脳溢血が原因で脳の後遺症に悩む人が何千人といる。

ある日突然起こる事故。昏睡状態から覚め、意識が回復し、ゆっくりとリハビリを行い、数週間から数カ月後に普通の生活に戻るというパターンが繰り返えされる。「体の機能が正常で、言葉が話せれば退院するのが普通。しかしその背後に潜む問題は無視されてしまう」と心理学者のクリスティンヌ・リゼール氏は言う。

異常の認識に時間がかかる

 「患者自身でさえ、退院後に起こることを認識していない。それが分かるようになるにはかなりの時間がかかる」
 と、脳損傷の患者とその家族からなる「フラジル・スイス ( Fragile Suisse ) 」を組織するリゼール氏は続ける。

 ジュネーブでは毎年春に「脳週間」というイベントが開催される。これは27カ国170人の研究者からなる脳に関するヨーロッパ同盟「ダナ ( Dana ) 」が、神経科学の研究の重要性を認識してもらおうと行っている行事だ。フラジル・スイスは今年、スイス・フランス語圏のラジオが収録した2人の脳損傷患者の談話を放送し、以前より大きな展示を行った。

 2人の若い女性はその中で、「以前とは何かが違うということを自分自身で納得すのに何カ月もかかった」と証言している。事故後に完全に記憶を失い、ある日突然全てを取り戻すというのは映画の中だけの話で、現実はもっと複雑だという。

 記憶力が弱まり、極端に疲れやすく、怒りっぽくなる。また適切な言葉を見つけるのも難しくなったりするという。実際、脳損傷の後遺症は非常に苦しく、ある種の「ハンディキャップ状態」に陥り、本人だけではなく、周囲の人もつらい。

神経細胞間の連絡を刺激

 最近の脳神経医学の発展により、脳がどのように機能し、または機能しないかがよりよく理解されるようになってきている。人間の体の中で最も複雑なこの器官の「分布図」もかなり分かるようになり、どの部分でどのような機能が働いているが解明されつつある。しかしまさにこのマルチ機能も行える脳の複雑さこそが、異なる後遺症の複雑さを説明している。

 問題は、脳損傷が起こった部分を外科手術で直せないということだ。さらにもし外科手術が行えたとしても、脳がその傷が広がるのを防ごうとして脳腫瘍や脳血種を作り出してしまうという。
 
 従って残る手段は、損傷した部分に新しくできた神経細胞間の連絡を刺激し、柔軟性を回復するようなリハビリを行うことだ。
 「新しい細胞間の連絡がうまく行くような練習を重ねるしかない。いつもうまくいくとは限らないが、やるに越したことはない」
 とリゼール氏は説明する。

 さらに、
 「脳損傷患者の中で回復した人は、自分の後遺症とうまくやっていくことを知っている人たち。休憩時間を長く取ったり、夜は早く寝たり、昼寝をしたり、またメモ帳を作ったりと具体的にやれることを実行していくことだ」
 と、この心理学者は続ける。

うつ病に似た隠れた傷

 脳損傷の大きな問題は、片腕がなくなったり、車椅子を使うような事故とは異なり、周囲の人の目に見えないことだ。

 そのため家族、伴侶、自分の子どもでさえ、脳損傷の患者を「努力が足りない、もっと元気に活動すべきだ」といった目で見てしまう。内部の損傷はうつ病に似ていて、「やる気のない人」のイメージを作ってしまうからだ。
 「しかし、本人は何かしようと決心しても行動に移すのに非常に苦労したり、またはあまりに疲れるため、その決心を忘れてしまう」
 とリゼール氏は説明する。

 こうした隠れた傷を負う人に対し、フラジル・スイスのような支援組織は、
 「患者の言うことに耳を傾け、理解を示し、寛容に接することしかない」
 と助言する。なぜなら目には見えなくても、傷は確かにそこにあるからだとリゼール氏は強調した。

swissinfo、マルク・アンドレ・ミゼレ 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 訳

<脳溢血>
スイスでは年間1万2000人から1万4000人が脳溢血で倒れている。老人人口の割合の増加と高齢化の2つの要因により脳溢血は増える傾向にあると専門家は見ている。

<事故>
毎年スイスでは3000人から5000人が頭骸骨・脳損傷を起こしている。6割が交通事故で、残りが、スポーツ、レジャー、仕事での事故が原因。そのうち8割が男性で、しかも若い男性に多い。事故の5割以上を30歳以下の男性が占める。

原因が何か、またその規模の大きさ、さらに損傷の位置などによって後遺症の重度は異なる。

体の麻痺、知覚神経麻痺、器官の機能不全、バランス機能不全、言葉が出にくくなる、怒りっぽくなる、疲れやすくなるなど多様な症状が出る。

こうした機能不全の一部はすぐには現れない。本人はもちろん、周囲の人にとっても負担は大きくなる。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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