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気候変動調査で、マヤ文明の衰退の謎を紐解く

マヤの文化は今でも息づいている。写真はマヤの儀式の様子 AFP

スイスの研究者は、1300年ごろに衰退したマヤ文明の謎に新たな光を当てている。古気候学で当時の気候変動などを調査。その一環で碑文なども調べた結果、「世界の終わりは近づいていない」と語る。現在我々が使う暦は、マヤ暦ときちんと対応すらしていないのだ。

 数年前、 連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ/EPFZ)の博士研究者(ポスドク)のセバスチャン・ブライテンバッハさんは、古代マヤ帝国の一部だった、中央アメリカのベリーズで鍾乳洞の洞床にできた、タケノコ状の岩石である石筍(せきじゅん)を分析することになった。

 数千年にわたる降雨量やその他の環境変化を知る手がかりに、石筍中のウランなどに存在する安定同位体を調べるのが目的だった。

 その結果、得られたデータの正確さに驚いた。「このベリーズ地域で現在入手可能なデータと比べて、5〜10倍も正確だ。ユカタン半島では既にかなりの石筍の記録があるが、研究者に知られている未公表の気候データでさえ、今回のものに比べると、かなり誤差が大きい」

ブライテンバッハさんによると、気候研究は単にある地域の降雨量を調べればいいというものではなく、その降雨量のうちどれだけ蒸発したのかも測定しなければ、正確な全体像は把握できない。後者の測定はより難しい。

降雨パターンを分析し理解するのは、かなり長期にわたる豊富な気象データのあるスイスのような国なら比較的容易だ。しかし、現在の降雨量を過去と比較しようとする際、ほとんど手がかりのない地域もある。

「(ベリーズでの)問題は、気象データが1940年代か1960年代までしか遡(さかのぼ)れず、期間が短いことだ」とブライテンバッハさん。「そのため、現代のデータとの比較から、石筍の中に記録されている一つの酸素化の記録をもとに、数百ミリの降雨量があったなどと判断することは非常に難しい」

干ばつから滅亡へ?

 ブライテンバッハさんの研究チームが先月発表したこの非常に正確なデータは、数千年前にマヤ文明が栄えた地域が、突然、激しい干ばつと気候変動に見舞われたことを示した。この事実と、同じ時期にマヤ人が都市を放棄したこととは関係があるのだろうか?

 「文明の崩壊には、必ずいくつもの原因がある」と、メキシコ国立自治大学のマヤ専門家であるエリック・ベラスケスさんは言う。「考古学的調査によって、森林破壊や環境破壊が、都市の滅亡を早めたと判断されたケースもある。しかしそれ以外のケースでは、熾烈な戦争や暴力の方が大きな要因となった」

 例えば、15世紀半ばにユカタン半島にあったマヤ文明の都市マヤパンを滅ぼしたのは、干ばつではなく集団間の争いだったとベラスケスさんは言う。

 とはいえ、ブライテンバッハさんの石筍分析によると、石筍が唯一ほとんど成長しなかった時期、つまり長期にわたる干ばつの起きた時期は、古代マヤ文明が滅びたといわれている時期に合致する。記録によると西暦660年から1000年までは日照りが多く、その後1020年から1100年まで厳しい干ばつが続いた。この干ばつにより武力衝突と社会不安が生じ、それが最終的に1300年ごろの古代マヤ文明滅亡につながったと考えられている。

さらなる証拠集め

 ブライテンバッハさんは、この研究成果に懐疑的な人もいると認めるが、結果が誤差17年以内ときわめて正確なことと、同じ研究グループの一部が進めている以下のプロジェクトの結果から、マヤ帝国を大きな干ばつが襲ったことはかなりの説得力を持つと考えている。

 例えば現在同じ地域で、木の年輪の同位体に残された干ばつの痕跡を調査している研究者が出した結果は、ブライテンバッハさんたちの石筍分析の結果を裏付けているという。

 記録が一つだけだと信じない人もいるが、同じ地域の二つ以上の記録が同じ結果を示していれば、その信頼性はずっと高まる」

 木の年輪を調査しているチームは、古代マヤ建築のドアの間に配置された、まぐさと呼ばれる横木の年代測定にも取り組んでいる。将来的には、これらの建築の時期や居住の時期が明らかになるかもしれない。

 メキシコ国立歴史・人類学研究所のマヤ文明専門家、アルフレッド・バレロさんは、このような新しい先端研究技術が、マヤ文明とマヤの人々の生活の秘密を解き明かす鍵を握っていると話す。

 「今日、マヤ文明の考古学的遺物の起源を研究するのに、物理学はとても役に立つ。今の技術を使えば、マヤ人が道具を作るのに使った材料の組成を調べることもできる」

ブライテンバッハさんは石筍研究のため、シベリアからチベットまで辺境の地を旅してきた。

現在はシベリアで、極地地方の永久凍土層に含まれている気候記録を調査している。永久凍土層には、メタンなどの温室効果ガスが閉じ込められている。

シベリアではかなり目覚ましい成果が得られたといい、今後数週間のうちに発表される予定。

またインドでは、数世紀にわたるモンスーン降雨量の推移を調査中だ。近年モンスーンはより頻繁に、また激しさを増しており、10億人に影響を与える可能性がある。

暦の調整

 ブライテンバッハさんによると、石筍研究チームのリーダーである考古学者のダグラス・ケネット博士は現在、横木やその他のマヤの遺物に刻まれた碑文を別の研究に役立てようとしている。それは、マヤ暦と現代の暦を正確に対応するよう調整するためだ。

 では、今年の12月21日に世界が終わるというあの有名なマヤの予言についてはどうだろうか?

 「私たちに言わせれば、まったくのナンセンスだ。今年の年末は単にマヤ暦で大きな周期が終わり、新しい周期が始まるだけであって、世界が終わるわけではない。もちろん、前述したようにマヤ暦と現代の暦は私たちが考えるほど緊密に関連してはいないという事実を踏まえた上での話だが」

現代のマヤ

 マヤの都市の衰退はよくマヤ文明の「滅亡」と呼ばれるが、研究者たちによるとマヤの社会は消滅したわけではなく、形を変え散り散りになったのだという。

 「今でも500万人以上がマヤの言葉を話し、マヤの世界観を持って生活しているのだから、滅亡したとは言えない」とベラスケスさん。「マヤ人は文化を別の場所へ、マヤ文明が栄えた地域の外に持って行き、多くの人が大都会で暮らしている。彼らは私たちと同じ世界に生きる現代人だが、古代の伝統を受け継いでいる」

 しかし、11世紀ごろにマヤ人が経験した劇的な変化についてはいまだに謎が多いとブライテンバッハさんは指摘する。「マヤ人は今も生きている。文明が崩壊して人々が死に絶えたというわけではない。こういった破滅的な見方は正確ではない。しかし、なぜ人々が大挙して都市を放棄し森や小さな村へ移住したのか、詳しいことは分かっていない。これは実に興味深い問題だ」

(英語からの翻訳 西田英恵)

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