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1ミリシーベルト未満の勧告、NGOの女性の活躍

伊藤和子さん(左)と森永敦子さん(右) swissinfo.ch

東京電力福島第一原発事故後の健康問題を調査した国連人権理事会の特別報告者アナンド・グローバー氏が先月末、報告書を発表した。その中で、日本政府に対し「年間被ばく線量を1ミリシーベルト未満にすること」を勧告している。ジュネーブで発表のサイドイベントに参加したNGOの2人の女性に、報告書を受けての感想や女性の活躍などについて語ってもらった。

 「兵庫県西宮で震災に遭い、結婚で移住した福島県でも震災に遭った。二つの震災で生き延びた自分は、やるべきことがあるから生かされている。それをやっていればいいのだと感じた」と、2012年に「手をつなぐ3.11信州」を立ち上げた森永敦子さん(53)は話した。

 当時、普段とは違う鼻血を出し続ける11歳の息子を被曝から守るため2011年5月、福島県西郷村から長野県松本市に避難。現在は、大きな民家を借り避難希望者の一時受け入れと支援、また長野県内の支援団体をつなぐ活動を行っている。

 「震災の当事者だから、助けてくれる方にきちんと支援の方法を伝えられるし、一方で訪れる避難者の苦労や愚痴も共有できる。苦しいのはお互い様だから」

ジュネーブの国連機関の一つである国連人権理事会(UNHRC)は、あるテーマで人権侵害が危機にさらされている場合、特別報告者にその国での調査の権限を与える。

今回独立専門家であるアナンド・グローバー氏は、特別報告者として国連から選任され、テーマの一つ「健康に対する権利」について調査するため2012年11月、原発事故後の日本を訪れた。

政府関係者、医療関係者、避難者、原発労働者、NGOなどから事情聴衆し、報告書を作成。第23回国連人権理事会の定期会合で2013年5月27日に発表した。

報告書は、ヨウ素剤の配布、甲状腺調査、除染政策、原発作業員の健康、妊婦と出産調査など75項目の調査結果、及び76~82項目の勧告から成る。

年間1ミリシーベルト未満

 森永さんが「これで基準ができた」と喜ぶ今回のグローバー氏の報告は、「健康に対する権利」という観点からみた原発事故後の多岐にわたる人権侵害について言及し、日本政府に対し勧告を行ったもの。これに対し政府もコメントを発表している。

 勧告の中で森永さんの活動に最も関係するのは、勧告78項(a)の「(健康)リスクと経済効率の観点からではなく、人権に基礎をおきながら、現在の科学的な証拠に基づき、避難区域と公衆の被曝限度に関する国の計画を作り、公衆の被曝量を年間1ミリシーベルト未満に抑えること」だろう。

 

 「これが出された意義は大きい。事故当初から日本の法律が従来定めている『年間被曝線量の上限は1ミリシーベルト』を政府が一貫して守り、避難区域設定や避難対策に適用していれば混乱は生じなかった」と森永さんは言う。

 一方、この項目に対する政府のコメントは以下の通り。「避難区域設定は広く認められている国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告と、放射線に関する国内外の専門家の議論に基づいて決定した。ICRPはまた、緊急時から平時への被曝量の移行は、現実的で実行可能な限り低い値に保ちつつ、経済・社会的な要因と放射線量が地域で異なること、さらに保護対策の効果を考量しながら行うように勧告している」

1966年、東京都に生まれる。

1994年、弁護士登録。以来多くの人権問題に関わる。 
2005年 国際民主法律家協会(IADL)国連代表代理(ニューヨーク)、及び国連人権小委員会(ジュネーブ)でインターンとして働く。

2006年、ヒューマンライツ・ナウ(HRN)を創設。現在事務局長。

2012年11月、国連人権理事会の特別報告者アナンド・グローバー氏が日本で調査を行った際、調査のコーディネイトを担当した。

規範ができた

 「残念ながら、(許容被ばく線量に関する)政府のコメントには人権の視点が欠け、ICRPの勧告の枠にとどまっているだけだ」と語るのは、NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)の事務局長で弁護士の伊藤和子さん(47)だ。

 今回のサイドイベントを企画した伊藤さんは、「今の最重要課題は福島の子どもや妊婦、若い世代を避難させること」と森永さんの活動を強く支持する。

 HRNはもともと、世界規模での人権擁護(例えばビルマなど)のために日本で立ち上げられた団体だ。国際的な舞台に人権問題を持ちこむノウハウを持っていた伊藤さんは、原発事故が起きてからは「健康に対する権利が日本で冒されている」と国連人権理事委員会に働きかけてきた。

 そして「国連の組織である国連人権理事会(UNHRC)が特別報告者を日本に送るということ自体、原発事故後の人権状況が特別深刻だということだ」と付け加える。

 グローバー報告を「きちんとした規範ができたことはとても大切。また、孤立させられ、行動することをあきらめてしまう人たちもある中で、頑張っている人たちに『自分のやってきたことがまちがっていなかった』と勇気を与えてくれる」と高く評価する。「でもこれからだと思う。(避難の問題はもちろんのこと、原発の作業員の人権など)一つ一つの問題が深刻なので、みんなで詰めてやっていかなくてはならない」

1960年、西宮市に生まれる。

阪神淡路大震災と東日本大震災の両方を経験。

2011年5月に長野県松本市に避難し民家を借り、避難している人の繋がりと避難者の受け入れ支援を開始。

2012年、以上の活動を継続するため「手をつなぐ3.11信州」を創設。

2013年3月、新たに「子ども信州ネット」を立ち上げる。これは長野県内の13の団体をつなぎ県内に避難または保養に来る親子の受け入れ支援と移住のための情報提供を行う。「うけいれ全国」にも加盟している。

現在、「手をつなぐ3.11信州」と「子ども信州ネット」の代表を務める。

避難は悲惨ではない

 年間1ミリシーベルト未満を規範に行政が動いてくれるのを待ちながら、民間が避難を支援していくしかないと森永さんは考えている。なぜなら、低線量被曝の健康被害が否定できない以上「避難して、将来何も健康問題が起こらないほうがよい」からだ。

 そしてこう言う。「避難とは、悲惨でかわいそうな人達になることではない。子どものため自分のために、これから生きていく上でどういう人生がいいのかを考え積極的に選び取る行為だ」。「そうした生き方を子どもたちに伝えたい。なぜなら、のびのびと子どもを外で遊ばせることや山菜を取ってきて食べる人生の幸せが全てなくなったのだから」

 福島県内外を合わせ原発事故による避難者は現在約16万人。長野県内では子どもを含む1200人の避難者が生活している。

生存本能が脅かされている

 ところで、この2人のように原発事故以降、女性中心のNGOの活躍が目立っているがそれはなぜだろうか?「全国で立ち上がったさまざまな団体の中で目立って活躍しているのはほとんど女性。女性は直観で動き、今何が必要かという視点で動く。男性は先の見通しが立てられないと動けない。ただ、もちろん男性でも女性的な視点、感性を持っている人はたくさん活躍している」と森永さん。

 伊藤さんは、特に東北で「自分でもやれる」と自信を付け始めた女性が増えている、ただ一方で、声を上げたくても上げられない女性が多くいるという現状も忘れてはならないと言う。そしてこう続ける。「女性は、直感から子どもを守ろう、大切なのは生命だと考える。生存ということに敏感なのが女性だ。そして今、その生存本能が脅かされている」

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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