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スウォッチ帝国の皇帝に挑む投資家たち

ニック・ハイエック氏
スウォッチ・グループのニック・ハイエックCEOは、投資家やアナリストたちにも忖度しないことで知られる Keystone / Peter Klaunzer

もしスウォッチの経営方法が気に入らないなら、他の企業に投資すればいい――。スウォッチ・グループのニック・ハイエック最高経営責任者(CEO)は昨年、投資家に金融業界志向の取り組みを強化しないのか問われ、こう答えた。

投資家はそれを実行したようだ。

「オメガ」「ロンジン」「ティソ」など16の時計ブランドを抱えるスウォッチ・グループの株価は足元で147.85フランと、過去1年で24%下落した。2014年につけた600フランをピークに右肩上がりが続き、時価総額は77億フラン(約1兆3000億円)にまで縮小した。

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FT

2024年12月期の純利益は、前期比75%減の2億1900万フランに下落。高級品消費の全般的な減速に加え、中国消費者の需要後退が響いた。

だが一部のアナリストや投資家は、スウォッチの問題の多くはスイス国内にあると指摘する。

ハイエック氏(70)は2003年からCEOを、姉のナイラ・ハイエック氏が2010年から会長を務める。

時計業界コンサル会社LuxeConsultの創設者オリバー・ミュラー氏は、ハイエック家はスウォッチ(本社・ベルン州ビール/ビエンヌ)を公開企業というよりはファミリービジネス(家族経営)のように経営していると語る。

「ドイツ語で、beratungsresistent (助言に抵抗する)と言う言葉がある。悲しいことに、これが、今回の問題の本質だ」

投資家は近く、自分たちの希望にもっと目を向けるようハイエック家に強いる可能性がある。

スウォッチ株の0.5%を保有する米国投資会社グリーンウッド・インベスターズの創業者スティーブン・ウッド氏は、21日のスウォッチ株主総会で自分を取締役に選出するよう株主らに働きかけている。(訳注:原文は19日配信。21日の株主総会でウッド氏の取締役選出決議は否決された)

ウッド氏は今月、フィナンシャル・タイムズ(FT)に対し、スウォッチは「たった1人の株主のために経営されている」と語った。スウォッチの株式の25%を所有し、議決権の44%を握るハイエック家を念頭に置いた発言だ。

妥協を許さないハイエック氏は、スイス・ビジネス界の重鎮をおちょくるのが大好きだ。アナリストや投資家を怒鳴りつけたり、記者会見で葉巻を吸ったりすることで知られる。ハイエック氏がCEOに就いてから、スウォッチは年次報告書を多くの投資家には理解できないスイスドイツ語で発行したり、虫眼鏡を使わないと読めないほど小さなフォントで書いたりすることもあった。

「悲惨な」資金繰り

スウォッチはスイスの時計産業に多大な恩恵をもたらしてきた。1980年代にクォーツ技術を採用したことで時計を一般大衆に普及させ、スイス時計が安価なアジア製品に駆逐される危機を回避した。

創業者のニコラス・ハイエック(ニック氏の父。2010年没)は、スイスの革新性と職人技を世界に広めた功績者として広く認知されている。

だがスウォッチの元株主ロース・キャピタルの共同創業者マイケル・ニエジールスキ氏は、現在の経営陣の下で当時のダイナミズムは失われたと話す。

「投資家とのコミュニケーションが乏しく、フィードバックも受け止めない」。過去10年間の「悲惨な」資金繰りが手元資金を枯渇させたと憤慨した。

別の元投資家は、経営戦略に対してさまざまなブランドを率いる各幹部の権限を強化するよう求めたが、「ハイエック家がそれを許さなかった」と明かした。

スイスに拠点を置く投資銀行のあるバンカーによると、成長促進に向けポートフォリオの刷新を助言しようと申し出ると、経営陣はそれをことごとく拒否した。「面談や助言のあらゆる申し入れは拒絶された」

スウォッチは、年に2回アナリストを経営陣との電話会議に招待しており、投資家も「非常に頻繁に」同社を訪問していると述べた。また売掛金未回収日数は昨年末時点で31日しかなかったと強調し、資金繰りに問題はないと自己弁護した。

苦戦する高級時計

スウォッチ傘下のブランドは、市場のニーズをほぼ網羅する。4万4000ポンド(約800万円)のブレゲから50ポンド台まで、あらゆる時計をスウォッチの名で販売している。

だがスイス時計産業は新型コロナ禍の好況後に後退し、最近では米国の関税やフラン高による輸出金額・収益の減少という課題に直面している。

ピクテ・アセット・マネジメントで高級品市場を統括するキャロライン・レイル氏は、時計市場で成長しているのは「超高級品」、つまり「パテック フィリップ、ロレックス、オーデマ・ピゲ」だけだと指摘する。

「一部のブランドが市場を独占する、という二極化効果は強くなる一方だ」

だがスウォッチ傘下の高級ブランドは人気に陰りが出ている。フォントベル銀行のスイス株式調査責任者、ジャン・フィリップ・ベルチ氏は、20年前はパテック フィリップもブレゲも年間売上高が3~4億ドル程度だったと話す。

だがフォントベルの推計によると、今ではパテック フィリップの売上高は23億ドルとおよそ7倍に伸びた一方、ブレゲは2億2100万ドルへとほぼ半減した。

同様に、オメガは2024年までの5年で売上高が20%、ロンジンは29%減った、とフォントベルは試算する。

ベルチ氏は「ここ数年、時計の売上げがここまで減少した企業はほかにない。投資家は本当に忍耐を失いかけている」と話した。スウォッチは、FTに「アナリストの言うことに耳を貸したり、依拠・信頼したりしないほうがいい」と忠告した。

構造上の優位性

ハイエック氏はかつて、ハイエック家は「スウォッチ・グループに不満は全くない」と言い切り、短期的な株価変動よりも会社の長期的な発展に関心があると語っている。

同社の強固なバランスシートに言及し、「当社の株主であれば、危機に強く堅実な企業の共同所有者であると自負できる。それは一部の競合他社との大きな違いだ」と語った。

スウォッチはなお競合他社に対して構造的に優位な立場を保つ。150を超える生産拠点で、自社製品のほぼすべての部品に加え、他社の販売する時計部品も製造する。スウォッチ傘下のマイクロクリスタル(Micro Crystal)は、腕時計やスマートフォンに使用される水晶振動子の生産で業界をリードする。

イノベーションもいくつか成功させている。オメガとスウォッチがコラボした「ムーンスウォッチ」は手頃な価格とカラフルなコレクションが人気を博し、売上を押し上げた。

だがアナリストたちは、比較的底堅い高級時計市場でシェアを広げるには、スウォッチは他のブランドの活性化に注力すべきだと指摘する。現在赤字に陥っているブレゲは250年の歴史を持ち、王妃マリー・アントワネットや皇帝ナポレオン・ボナパルトに愛用されてきた。大きな可能性を秘めながら見過ごされがちなブランドとみなされている。

不幸な関係

ハイエック氏は今、株式市場との不幸な関係に縛られているようだ。非公開化の可能性を繰り返しほのめかしてきたが、合意には至らず、今やスウォッチに対する支配力が脅かされている。

ウッド氏は21日、無記名株の保有者の代表としてスウォッチの取締役に選出されることを目指している。無記名株はスウォッチの株式資本の55%を占めるが、議決権は過半数を下回る。

スウォッチの取締役会は、ウッド氏がスイス国籍者でもスイス居住者でもないことなどを理由に、株主に対し同氏の決議に反対票を投じるよう推奨した。

投票結果がどうであれ、スウォッチには刷新が必要だというコンセンサスが形成されつつある。だがハイエック氏の後継者計画が不明な今、観測筋の多くは早期の再建を諦めている。

フォントベルのベルチ氏は、「オメガ、ロンジン、ブレゲは業界で最も権威のあるブランドの1つだが、残念ながら市場シェアを着々と失っている。コーポレートガバナンス(企業統治)改革が喫緊の課題だ」と語った。

著作権:The Financial Times Limited 2025

英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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