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民主主義国家の国際放送が存続の危機に

放送スタジオ
「ラジオ自由欧州・ラジオ自由(RFE・RL)」への米資金拠出停止は、信頼できる情報を多言語で提供してきた貴重な情報源を、数百万の人々から奪う可能性がある Keystone

世界の国際放送事業で民主主義が劣勢に追い込まれている。米国・西欧の多くが国際放送予算を削る一方、中国やロシアなどは多額の資金を投じて海外プロパガンダを強化する。各国の「情報戦」において、国際放送が果たす役割はどのように変化するのか? 

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米政府系国際情報メディアを代表する「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」が、沈黙を余儀なくされている。3月14日、ドナルド・トランプ米大統領は、米グローバルメディア局(USAGM)外部リンクの規模縮小を求める大統領令に署名した。USAGMはVOAのほかに、「ラジオ自由欧州・ラジオ自由(RFE・RL)」などを擁する。

現在、米公共放送局側が解体を阻止する法的措置を講じているが、このような政治的措置が数百万人に及ぶ視聴者や読者、リスナーから、信頼性の高い情報源を奪う危険がある。特に情報へのアクセスが制限されている国々にとっては大きな打撃となる。

パリ・パンテオン・アサス大学の国際コミュニケーション教授トリスタン・マテラール氏は、「地政学的観点から見れば、極めて愚かな判断だ。米国は言論の自由を守る上で、重要な影響力を発揮する手段を自ら手放した」と指摘する。これらの報道機関は、情報が厳しく管理される権威主義国家において、信頼できる情報を提供する情報源として、重要な役割を果たしてきた。

欧米諸国における国際放送の縮小傾向

公共放送局が手掛ける国際報道サービスに対する逆風は、米国に限った話ではない。欧州でも同様の動きが見られる。スイスイタリア語大学(ルガーノ大学)のメディア・ジャーナリズム研究所コリン・ポルレッツァ所長は、「近年、多くのリベラルな民主主義国家が公共放送の見直しや予算削減を進め、中でも海外向けの報道サービスを直撃している」と分析する。

例えば英国では、BBCの国際報道サービスが過去15年間で大幅な縮減の対象となっている。今年も新たに130人の人員削減外部リンクが発表され、約600万ポンド(約11億5千万円)の支出削減が見込まれている。ポルレッツァ所長は「BBCワールドサービスは歴史上、英国のソフトパワーを支える基盤だったが、現在は財政が厳しくなっている」と指摘する。

BBC
BBCワールドサービスは、28カ国語で放送される著名な国際ラジオ放送局のひとつだ Keystone

フランスでも、国際放送に関連した予算は、ここ数年で数100万ユーロ(数億円)規模を削減外部リンクしてきた。「フィンランド、オランダ、ベルギー、スロベニアでも同様の緊縮措置が取られている」とポルレッツァ所長は補足する。

スイスも例外ではない。現在、スイス政府は、スイス公共放送協会(SRG SSR)が提供する国際放送サービスへの拠出金1千9百万フラン(約32億7千万円)の廃止外部リンクを検討中だ。対象にはswissinfo.ch、イタリア語圏のtvsvizzera.it、さらには国際テレビ局TV5MONDEおよび3satとの協力体制も含まれている。

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唯一の例外はドイツだ。連邦政府は、ドイチェ・ヴェレの国際放送部門に対し、2025年予算で1千5百万フラン(約25億9千万円)の追加支出外部リンクを決定した。「これは例外中の例外で、他国では政治的圧力が強まっている」とポルレッツァ所長は述べる。

権威主義国は国際放送を強化

一方、ロシアや中国、イランなどの権威主義体制下では、2000年代以降、国際放送の強化が進められている。マテラール教授によると、特にアフリカや中南米地域での展開が目立つ。

その代表例として、ロシアのプロパガンダを担う放送局「RT」や「スプートニク」の設立や、中国の国際放送部門の再編などが挙げられる。「米国や西欧での厳しい予算削減とは対照的に、ロシアや中国の国営メディアは潤沢な資金を得ている」と同氏は指摘する。

ポルレッツァ所長はこうした動きを「国によるメディア支配の強化」と見なす。こうした国々では、公共メディアの国際放送が独立して機能することはなく、国家の意向に従属する形で運営されているという。

国際放送局の存在意義とは

マテラール教授によると、西欧諸国における国際報道サービスの弱体化の背景には、長年の財政難がある。米国では冷戦終結後、VOAやRFEが早くも予算削減を余儀なくされたという。だが、「2001年9月11日の米同時多発テロの際には、アラブ諸国に向けたメディアの新設など、再び投資がなされた」と付け加える。

財政的な側面に加え、国際放送局の存在意義そのものが問われている。ヌーシャテル大学ジャーナリズム・メディア・アカデミー(AJM)研究者アンドリュー・ロボサム氏は、「20世紀には、特に第二次世界大戦や冷戦下において、国際放送は一国のソフトパワー戦略に欠かせない手段だった」と述べる。

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▲ ドナルド・トランプ大統領による米グローバルメディア局(USAGM)への資金凍結の決定を受け、「ラジオ自由アジア(RFA)」は、北京語、チベット語、ラオス語による短波放送の停止を発表した Copyright 2025 The Associated Press. All Rights Reserved.

多くの国際報道メディアは1930年代、短波放送を通じて誕生した。当時は、その名称とは裏腹に、短波こそが地球の裏側へと情報を届ける唯一の技術であった。

例えば、スイス短波放送サービス(SOC)は1938年に創設された。後にスイス国際放送(SRI)、現在のswissinfo.chへと発展した。同サービスは、ナチス・ドイツやファシスト政権下のイタリアのプロパガンダに対抗する意図で開始されたものだ。歴史家ラファエル・ルッペン・クターズ氏の著書『La voix de la Suisse à l’étranger(海外に向けたスイスの声)』によれば、その情報には高い信頼が寄せられていた。

当時、中立を保っていたスイスの報道として、SOCのニュースは特に注目された。ポルレッツァ所長は「中立的な報道姿勢が国際的に尊重され、権威主義体制に覆われた欧州において、稀有な『自由な声』として存在していた」と解説する。

政府は新たな発信手段に注力

しかし、ロボサム氏は、「こうした国際報道メディアの『黄金時代』はすでに過去のものだ」と指摘する。現在、多くの政府は、国際的な情報発信にSNSや広報戦略などを活用しており、コストがかかる上に批判的な報道を行う記者の関与を回避する傾向にあるという。

スイスではプレゼンス・スイス(Presence suisse)外部リンクが国家イメージの対外発信を担っている。ロボサム氏は「政府にとって、こうした広報活動は目的に応じて柔軟に調整できるという利点がある」と述べる。

こうした流れの中で、国際報道メディアは厳しい状況に置かれている。同氏は「公共放送への財政支援は各国で圧迫されている。さらに従来型のメディアやジャーナリズムに対する信頼が失われつつある」と懸念を示す。

ロボサム氏は「国内メディアですら予算確保が困難な状況では、国際放送がいかに素晴らしい業績を誇っても、現在の形を維持するのは難しい」とした上で、「米国の動きが、公共放送と国際報道の重要性を見直す契機になる可能性もある」と一定の希望を示した。

一方、マテラール氏はより楽観的な見解を示した。民主主義国家と権威主義国家との間で激化する情報戦のなかで、国際放送は引き続き重要な役割を担うとし、「権威主義体制が存続する限り、こうしたメディアの使命も続くだろう」と結んだ。

編集:Pauline Turuban、仏語からの翻訳横田巴都未、校正:ムートゥ朋子

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