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3Dプリンター、デジタル時代の手工芸

Reuters

3Dプリンターは、ほんの少し前までは一部の技術者の間のものでしかなかったが、今では誰でも利用できるほど普及してきた。素早く、しかも費用の安い試作品がプリントできるようになり、クリエイティブなこの分野の可能性はますます広がっている。

 「氷水をグラスに1杯!」。するとすぐにカーク船長の手には望んだ物が現れる。これは、米国のドラマシリーズ「スタートレック」のワンシーンだ。船長の乗る宇宙船エンタープライズ号には、レプリケーターと呼ばれる信じられない複製機が登場する。化学成分がデータバンクに登録されていれば、食べ物をはじめほとんどのものが復元できるのだ。

 もちろん、これは純粋なサイエンスフィクションだ。一つのデータを元に水と氷を復元するには、科学者たちはあと数十年は研究しなければならないだろう。しかし、グラスの復元はすでに可能だ。例えば、「レプリケーター2X(Replicator 2X)」という、スタートレックにあやかって命名された3D(3次元)プリンターさえあれば、それができてしまう。

 グラスのプリントは、普通の人には難しいかもしれない。「選択的レーザー焼結(SLS)」という技術を使えば、ガラスや金属でできた物体を復元できるが、これは専門家の知識が必要だからだ。まずは樹脂で物体を復元できる3Dプリンターから始めるのが手っ取り早いだろう。

現在、様々な高速プロトタイピングの技術がある。一般向けの3Dプリンターには、1980年代末に開発された熱溶融樹脂法(FDM)が多く採用されている。

FDMでは小さい物体のプリントができる。熱可塑性プラスチックを溶かしながら、コンピューター上の3Dモデルを作業台の上で3次元的にプリントする。

光造形法では、物体のデータを小さく「分割」し、1層ごとにデータをプリンターに送信し、液体樹脂の中で物体を造形する。対象となる部分だけを1層ごとにレーザーを使って硬化させる。造形完成後は物体は完全に硬いわけではないため、仕上げに物体をさらに硬化させる必要がある。

選択的レーザー焼結(SLS)では、非常に強いレーザーを使って、粉末上の細かい粒子を接合させる。この方法でも1層ごとに造形していって硬い物体を作る。様々な粉末の使用が可能(サーモプラスチック、金属、砂)。従来の方法では作れなかった、複雑な金属の物体の造形が可能。

あっというまにプロトタイプ復元

 「今までの産業は、原料の塊を加工して製品を作ってきたが、我々はその逆をいく」と、ベルン州ラ・ヌーヴヴィルにあるゼダックス社(Zedax)のルシアン・ヒルシ社長は語る。

 2005年に同社を設立したヒルシ氏は、3Dプリントの秘めた可能性、正しくは、高速プロトタイピングのための光造形法をスイスで初めて紹介した人の1人だ。

 取材の日、ヒルシ氏は有名な高級ブランド時計のプロトタイプ作成用データを入手していた。3Dモデリングのプログラムを開始し、デザインを少々修正した後、プリントプログラムを開始した。

 いとも簡単にみえるが、実際は複雑だ。「忘れられがちだが、第1段階にはプログラミングがある。プリントしたい物体の3Dデザインがない場合、元の物体をスキャンしなくてはならない。それには時間がかかる。スキャンするよりも、コンピューターでデザインを一から作成する方が簡単な場合も多い」

 プリントが開始された。プレートの上をノズルが高速で動き、約16ミクロン(千分の1ミリ)の厚さの樹脂を1層ごとに噴射していく。数分もすれば、先ほどコンピューターの画面で見た時計のガラスやモデルがプリントされていく。

 37分後、樹脂製のプロトタイプはほぼ出来上がった。あとはこの物体を他の機械で磨いたりすれば、完成だ。

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どんな形にも対応

 最新の3Dプリンターなら、様々な種類の樹脂を混ぜることが可能だ。売り出されているのは約50種類。組み合わせ次第で、色や硬さを変えられる。

 どんな形もプリントできるというメリットに加え、3Dプリンターはスピードも速い。「最長3日でプロトタイプを届けられる」と、ヒルシ氏。顧客のほとんどが時計産業の関係者という。

 「ある企業のマネージャーが、五つの候補から新モデルを選ばなくてはならないとする。その場合、プロトタイプを実際に手に持ってみる方が、単に計画を眺めるよりもよほど分かりやすいので、決定プロセスを短縮できる」

 また、3Dプリンターでプロトタイプを作成する方が、従来の方法よりもぐっと費用が少なくなる。例えば、時計のグラスの樹脂モデルはたった100~150フラン(約1万~1万6千円)だ。

 複雑な形もプリントできる。「ある機械に使われる特製部品の作成を依頼した顧客もいた。それを使用する企業はあまりなかったため、大量生産するのは高すぎたようだ。3Dプリンターが作るものは、言わば単品。そのため、大量生産には向いていない」

革命よりも進化

 同様の意見なのは、スイス西部ヌーシャテル(Neuchâtel)にある工房「ファブラボ(Fab Lab)」の共同創設者、ガエタン・ビュシー氏だ。「3Dプリンターは今の産業モデルを置き換えるのではなく、改造していくのだ」とビュシー氏。ファブラボはもともとマサチューセッツ工科大学が2001年に創設した研究所が始まりで、世界中にネットワークを持つ。多数の機械をそろえることでほぼ「何でも作れる」場所を一般に提供している。

 バラク・オバマ米大統領は2月、自国の状況に関する演説で「革命(revulolution)」という言葉を使っていたが、ビュシー氏は「進化(evolution)」の方を好むという。

ファブラボの名前の由来は、英語の「Fabrication Laboratory(ものづくり研究所)」。ヌーシャテル(Neuchâtel)の工房では、3Dプリンターやレーザー切断機などを使ってデジタル作品を作れる。

米ボストンにあるマサチューセッツ工科大学が2001年に創設した研究所が始まりとされ、スイスでも2011年にルツェルンで初のファブラボが開設された。

ファブラボの特徴は、オープンなことと共同作業。誰もがこの施設を利用できる。ファブラボは利用者に対し、施設で得た知識を他の人にも伝えるよう呼びかけている。

ヌーシャテルにあるファブラボの責任者、ガエタン・ビュシー氏は、ファブラボの大きな利点として「分野を超えた知識の交換が盛んに行われること」を挙げる。これにはインターネットが大いに役立っている。

ビュシー氏は、ファブラボで市場原理が大きく変わると考える。例えば誰もが日用品を自分で製造できたり、今ではスマートフォンのカバーなどにみられるように、個人の好みの物を製造できるようになるかもしれないという。

さらに、従来の産業中心地から離れた地方でも、物の製造が容易になるかもしれない。ビュシー氏はタンザニアの水資源プロジェクトに関わっており、必要な電気製品の部品を現地で製造しようとしている。

 「特定の素材はプリントできない。だが、この技術を使えば非常に複雑な物体を復元したり、我々の考え方を変えたりできる」。例えば、物体のデータさえあれば3Dプリンターでいつでも復元できるので、物をいくつも倉庫に保管しておく必要がなくなる。また、簡単な物であれば各家庭で製造できるようにもなる。

 ビュシー氏は小さなプラスチックの部品を見せてくれた。これは、プロジェクター用のスクリーンを壁に固定するのに使うもので、どこの店にも置いていない。言わば「ハンドワーク・バージョン2」だ。

 「文書を印刷したければ、20年前まではコピー屋に行く必要があった。だが、今ではどの家庭にもコピー機があるので、コピー屋は特別な技術を提供していかなければならなくなった。3Dプリンターも同じような発展を遂げるのではと、我々は予想している」

誰でも気軽に

 3Dプリントは数年前から一般に広まり始めた。この技術の一つである熱溶融樹脂法(FDM)の特許が切れたからだ。今では500フランで3Dプリンターが購入できる。もちろん、数千フランもするプロ用プリンターに比べれば、質は劣る。だが、デジタル技術を使って創作する人や新興企業の創造性を刺激するには十分だ。

 フランソワ・ペレさんと妻のアン・シルヴィーさんは、この技術を偶然見つけた。「妻はチョコレートを作っていて、これをビジネスとして独立したいと考えている。私は測量士だが、できるだけ妻を手伝いたい。妻は、木の形をした板チョコの製作プロジェクトを立ち上げた。すでに具体的な形を考えていたので、いろいろな家具職人に型を作ってくれるよう頼んだ。だが、どれも望んだほど正確な出来ではなかった」

 インターネットで調べてみると、ヌーシャテルのファブラボが見つかった。ここでは、様々な素材から妥当な値段でプロトタイプをプリントできる。

 「ベクトル画像のデザインを入れたUSBスティックを持参していった。最初は3Dプリンターでプリントしようと思ったのだが、レーザー切断の方がうまくいくことが分かった。結果は完ぺきだった。3Dプリンターでも出来たが、素材の樹脂は毎日使えるほど丈夫ではなかった」とフランソワさんは振り返る。

 ファブラボを訪問したことで、ペレ夫妻のインスピレーションがくすぐられた。夫妻の夢は、今後数カ月でさらにオリジナル性の高いチョコレートの型を作ることだ。フランソワさんは続ける。「まだ何度か試行錯誤しなくてはならないが、技術的には可能なようだ。3Dデザインをすれば、3Dプリンターでモデルのネガを復元できる」。モデルのネガとはつまり、デザインしたチョコレートの形を反転させた形で、チョコレートを流し入れる型となる。

 これにはカーク船長もうらやましがるだろう。彼のレプリケーターでは、エンタープライズ号の形をしたチョコレートは作れないのだから。

(独語からの翻訳・編集 鹿島田芙美)

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