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手塩にかけて育てられたもみの木で祝うクリスマス

年月と手間をかけて育てたもみの木。伝統的に祝うクリスマスには欠かせない swissinfo.ch

クリスマス前最後の週末12月17日、18日に一番忙しいのは「もみの木販売所」かもしれない。スイスのドイツ語圏を中心に、もみの木を24日の夜に飾る伝統があり、多くの人が新鮮な木を求めて買いに行くからだ。

一番の人気はコーカサスモミ。消費されるもみの木全体の8割を占める。1メートルに育つのに10年もかかる木だ。スイスのもみの木生産者が手塩にかけて育てた木が、家族で祝うクリスマスに暖かさを添える。

 スイスではクリスマスに生の木を飾る家庭が非常に多い。世帯数わずか300万戸のスイスで、1年間に売られるモミの木は100万本に上る。シーズン本番は毎年決まって12月24日の直前の週末だ。

 街中ではクリスマス・シーズンの開幕が年々早まり、12月に入ればもみの木もスーパーや園芸店に並び始めるが、多くの人は24日の直前まで待つ。なぜなら、「もみの木は24日の夜になってから飾る」という伝統があるからだ。

 その伝統とは、聖なる夜にやって来る「クリストキント(Christkind)」に由来する。この「幼な子キリスト」は、天使のように描かれることが多く、スイスではこのクリストキントがプレゼントともみの木の飾りを残していくのだ。

 24日夜、親はいい子にして寝ている子どもたちを、「鈴の音が聞こえた。クリストキントが来たみたいだよ」と起こす。子どもたちは居間にツリーが飾られているのを発見する。その下にはプレゼントも置いてある。クリストキントが来たのだ! …という具合だ。

 親は、子どもの寝ている間にすべてを準備するか、ある部屋に準備しておいて24日まで閉め切っておく。そうして、木の香りがほんのりと漂うもみの木と、色とりどりの飾りがろうそくの炎に照らされる中、家族みんなで歌を歌ってクリスマスを祝うのだ。

 近年は、24日より早くモミの木を飾り、子どもと一緒にクリスマスを迎える準備をする家庭もあるようだが、多くの家庭で24日にもみの木を飾る伝統が守られているようだ。また、本物のろうそくを灯す伝統も大切にされているため、木は燃えやすいプラスチックではなく、新鮮な生の木が適している。

「木の学校」で育つ

 「自分で育てあげたもみの木は、見れば分かる」と話すのは、ベルン州キルヒベルク(Kirchberg)でもみの木を栽培するハンスペーター・ルーダーさんだ。針葉の色や枝ぶりから、農場のどの辺りで育ったかも分かるという。一本一本を丹念に育てているのだ。

 ルーダーさんは、父親が始めたもみの木栽培を25年前に受け継いだ。現在15ヘクタールの農場で栽培しているもみの木は約6万本。その中から毎年約6000本を切り出して販売している。スイスのモミの木栽培農家としては大規模だ。

 ルーダー農場の母屋の裏には、黄緑色の若木の整列が広がっている。栽培用の平地だ。ずらりと並ぶ若木を子どもに見たてて、一般に「木の学校(Baumschule)」と呼ばれている。もみの木は、森からも切り出すが、多くは木の学校で種から育てるのだ。

 木の学校の中で、20センチメートルほどの幼木がずらっと並ぶ一帯を、息子のロレンツさん(22)が指差す。「ここの木は種を植えてから4年たったもの。ここまで育てたら、互いに枝がぶつからないようにするため、別の場所へ移植する」と説明する。

時間と手間をかけて

 ロレンツさんは8歳の頃から父の農場を手伝ってきた。「もみの木栽培はとても年数のかかる仕事だ」と話す。「種を植えてから1メートルの高さになるまでに10年を要する木もあるし、屋外用の大きな木となると15年以上育てることもある」

 また、年間を通して手入れが必要だ。年に2回は、すべての木を見て不要な枝を切り落とすほか、晴天が続いた後に大雨が降ったら、急いで木の先端を切らなければならない。そうしないと、「幹だけが急成長して枝がまばらになり、貧弱な印象になってしまうからだ」

 枝の向きが悪ければ固定して矯正もするという。木全体のバランスが良くなければ売りにくいからだ。しかし「美容整形」はしない。「アメリカでは、チェーンソーで刈り込んで全体をきれいな三角錐にすると売れると聞いた。それはうちではやらない」と笑う。

 苦労はあっても、「客それぞれの条件にあった木を勧め、喜ばれるのがとても嬉しい」。例えば、一方の枝がすべて短めでも、壁を背景に飾るならむしろ都合がいいとか、針葉の色がまばらなのは病気ではなく気候によるものだ、とアドバイスする。そうすると「それぞれの木の持ち味に愛着を持って買ってくれる」と言う。

 そして、伐採する前に重要なのは、気温が一回でも氷点下になるということだ。「凍えた経験のないもみの木は、伐採後、針葉がすぐ落ちてしまうからだ」

 そうしてルーダー農場の直販所に並ぶもみの木は、先端の20センチメートルを差し引いて、メートル単位の価格で売られる。例えば、針葉も枝も豊富で飾りが映えるコーカサスモミは、1メートル35フラン(約2900円)。スイス自生で昔からクリスマスの木として飾られてきたオウシュウトウヒは、20フラン(約1650円)だ。スーパーで買うよりやや高価だが、ルーダー農場のもみの木はしっとりと独特の香りが漂い、伐採後数日以内と新鮮で質も良いことは一目瞭然だ。

無駄にしない

 ところで、もみの木からごみは多く出ない。伐採時に切り落とした枝は束ねて、デコレーションや花壇の凍結防止用に販売する。クリスマス後の飾りを外した木は、ほとんどの自治体が再利用などを目的に回収している。また馬にも与える。「馬はとても喜んでくれる。皮がおいしいから」とロレンツさんは笑う。ルーダー農場では暖房や給湯などに必要な燃料も、すべてもみの木だ。

 ロレンツさんが「もう一つ」と説明する。「もみの木を支えるスタンドの大きさに合わせて切り口の皮が削られた木は、水を吸い上げることができない」。スーパーや量販店でよく売られているそうした木は、すぐに枯れ始めて針葉も落ち、「非常にもったいない」

 木の学校ではルーダーさんらが、白い息を吐きながら大きな木を担いでいる。今週末に販売するという3メートルほどの木を伐採したところだ。

 その横に、一際目を引く5メートルほどの立派なコーカサスモミがある。樹齢20年ほどだというこの木は、今年はまだ切り出さない。「1年以上も前に、ある大国の大使館から2012年用に予約を受けた木だから」と、ルーダーさんは見事な枝振りを見上げて誇らしげに微笑んだ。

コーカサスモミ(Nordmanntanne):もっとも人気がある種類。針葉が太く長い。枝が込み合っている。均一な三角錐の形が特徴。ほかの種類より2~3倍長持ちし、針葉もほとんど落ちない。乾燥に強く火災の危険も低い。

オウシュウトウヒ(Rottanne):スイスの森に最も多く自生。以前はクリスマスの木の定番だった。いわゆる森の香りがする。枝の間隔が大きいため、ろうそくを飾るのに適している。乾燥に弱く針葉が落ちやすい。

オウシュウモミ(Weisstanne):スイスに自生。空気汚染に敏感で、森で一番最初に枯れる木。オレンジの皮の香り。暖かく乾燥した室内でも針葉が落ちにくい。

コロラドトウヒ(Blaufichte):針葉が青白い緑色で鋭い。針葉は触れると痛いほど鋭いため、ペットから飾りやろうそくを守る役割を果たす。非常に長持ちする。

スイス国内でクリスマス用の木を生産する農家はおよそ400軒。その多くは栽培面積が5ヘクタール以下の小規模栽培で、農林業や園芸などと兼業している。専業生産者は10軒ほど。

森林を除く栽培地総面積は600ヘクタール。もみの木の小売全体の総売上高は4000万~5000万フラン(約33億380万~41億230万円)規模。

スイスでは毎年100万本のもみの木が売られる。国産の割合はおよそ4割。そのうち、いわゆる「木の学校」と呼ばれる栽培地での生産が6割、森林の間伐等による生産が25%。

有機栽培の木も人気。例えば大手スーパーのコープ(Coop)では全体の1割ほどが有機。有機栽培生産者も増え、数年後には販売数の急増が見込まれている。

輸入木の割合はおよそ6割。そのほとんどがコーカサスモミで、デンマークからの輸入。デンマークではおよそ4000軒の生産者が、毎年1億7500万本を大量生産する。

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