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イエズス会士と禅問答

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人口の8割以上がキリスト教徒のスイスでも、宗教はグローバル化している。チューリヒなどの都市では、キリスト教を捨てて仏教に帰依したスイス人が営む禅道場もある。

ツーク州では、イエズス会士でカトリックの司祭が座禅を組み、多くの弟子が集まっているという。2つの宗教を結び付ける禅道場とはどういった場所なのだろうか。

雪に埋もれた静けさ

 その道場は、イエズス会の修道院の敷地内に建てられた「ラサールハウスセンター ( Zentrum Lassalle Haus )」にある。修道院が建てられる前は療養所だったという広い敷地に入って間もなく、鉄筋コンクリートの建物が雪の積もった向こう側に見えてきた。これがセンターだ。ドアを開くと、茶色の木と灰色のコンクリート、そして透明なガラスが調和する、20世紀の教会を思い起こさせる空間が広がっていた。

 カフェテリアにはホームメイドのクッキーが大皿に盛られ、カトリック教会の修道院に似た「もてなし」の雰囲気に満ちている。敷地内にある水源から採取したという水をグラスに注ぎ、筆者は取材の時間まで待つことになった。外には小雪が音もなく降り続く。

 静寂を味い外の景色を眺めること約15分。中肉中背のニコラウス・ブランチェン氏が笑顔でカフェテリアに入ってきた。ブランチェン氏が羽織る、和風の布でパッチワークした袖なしのチョッキに、筆者は日本との手がかりのようなものを発見した気がした。

真実を2つの異なった目で見る

 ブランチェン氏は1993年、すでに20年以上前からあった現在のセンターに、同じくイエズス会士のドイツ人、フーゴ・愛宮 ( えのみや ) ラサール氏の名を新たに冠したラサーレハウスセンターを設立した。ここで座禅を組んだり、宗教的なセミナーを行ったりして、世界の宗教の出会いの場を提供している。

 ブランチェン氏は、ラサール氏の紹介で出会った鎌倉にある三宝教団の山田耕雲老師の指導を仰ぎ、現在は悟雲老師と名乗る。
 「心から、自分はカトリックの司祭であることを納得している。しかし、日本に何度も滞在し、集中して座禅を組むことで、真実を見る見方が釈迦と似たものになった。無の中の無限を体験し、それが見えるという意味では、『ネオ仏教家』より仏教家だろう」
 とはいえ、ブランチェン氏は、こうであるといった枠にはめて決め付けられることを嫌う。キリスト教信者であり仏教徒である前に、自分であり、より自分でありたいと言う。

 キリスト教は神を中心にした教えで、言葉が重要な宗教。一方禅仏教は、仏さえ否定することも厭わない無限の無を体験する宗教である。この2つの宗教は相容れないのではないかと何度も繰り返し質問する筆者に対しブランチェン氏は、「真実を2つの違った目で見ることはチャンスだ」と忍耐強く語る。
「なぜ違いを探し、共通点を探さないのか。すべての人間が息をして食事をする。人間はなぜ苦しむのか。どこから来て、どこへ行くのかといった疑問はすべての人が持っている。そもそも、現世で良い行いをすれば天国に行くといった教えはキリスト教でもすでに古い。現代のキリスト教でも『即今、此処、自己』が決定的だ。永遠とは今を引き伸ばすことではない。永遠は現在であり、それは座禅を組むことで体験する」

節度、賢明、正義、勇気

 ラサールハウスの奥まった場所にある「愛雲禅堂」の扉を前にしてブランチェン氏はしかし、「禅堂を作りセミナーをすると言ったら、あまりにも仏教的になってしまわないかと反対されたこともある」
 と明かした。その反対者を納得させて作った道場には、摂心など座禅を組むセミナーが毎月開かれ、毎回約50人が集まるという。ブランチェン氏に師事するスイス人は、直接の弟子といえる人だけで200人以上もいる。

 インターネットのサイトには「座禅を組む理由はいろいろあります。ストレス解消、熟睡を得られるように、自分の可能性を広げるため…」とある。しかし、これは人々を呼び集める単なる勧誘の言葉でしかない。禅の教えを執筆することさえ無であると認識しながらも、あえて教えを書き残す禅僧がいるように、ブランチェン氏も、あえてセミナーに人を呼ぶ。

 ブランチェン氏が行う座禅セミナーに来るのは企業や機関のリーダーたち。セミナーに来る理由はそれぞれだが
「たとえ1日でも、静かな場所に自分を置くことで、参加者は何が『禅』なのかということに気づく。無意識下に求めるているのは、結局自分を発見することだ」
 座禅を組むことでその人が抱える問題を解決することはできない。しかし、解決の鍵を握るようになると言う。

 金融、経済危機に直面した今のリーダーたちへブランチェン氏は、じっくりと考えながら
「古代ギリシャ・ローマから伝えられる、すべての人にとって納得のいく節度、目をくらまされない賢明さ、一人ひとりに見合った正義、自己の信念を主張する勇気という4つの徳を思い起こしてほしい」
 と語った。

swissinfo、エドリバッハ ( Edlibach / ツーク州 ) にて 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )

ラサール・ハウス・センター (Zentrum Lasalle Haus )
連邦鉄道 ( SBB/CFF ) のツーク駅 ( Zug ) から、2番のバスで約10分、Bad Schönbrunn下車。ニコラウス・ブランチェン氏ほか約35人の講師が、座禅、カトリック教の修業、イスラム教史、精神向上、健康のためのセミナーや書道、墨絵などを行っている。

1937年、スイス生まれ
イエズス会士、禅仏教の老師
1964年 ミュンヒェン大学哲学科卒業
1971年 リヨン大学宗教学科卒業
1988年 三宝教団の山田耕雲老師に師事
1999年 悟雲老師となる
1973年からラサールハウスセンターの前身で宗教、教育活動を行い、チューリヒ大学の学生の司祭を務めた後、1993年にラサールハウスセンターを創設した。現在は所長を引退し、所員の1人として座禅セミナーを通じ企業のリーダーを教育。2003年からは、精神、政治プロジェクトとして「エルサレム、開かれた都市計画」を発足し、暴力や抗争のない空間の中で平和研究、平和教育を行おうと国連など国際機関と協力している。( ラサールハウスセンターのホームページより抜粋)

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