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スイス、前例のないS特別許可証をウクライナ難民に発給

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アッペンツェル・アウサーローデン準州、トローゲンのペスタロッチ子ども村に滞在するウクライナ人男性とひ孫にも直ちにS許可証が発給される © Keystone / Gian Ehrenzeller

ロシアによる侵攻から逃れてきたウクライナ人に対し、スイスは初めてS許可証を発行することを決めた。フリブール大学法学部のサラ・プロジャン・トイアーカウフ教授はスイス当局の前例のない積極的な受け入れ態勢を高く評価する。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて国外に避難したウクライナ人は25日時点で370万人を超える。その大多数が現在、ポーランドを中心とした近隣諸国にとどまっている。

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1万1千人以上の戦争被害者がすでにスイスで登録されたが、連邦政府は約6万人を受け入れる用意があると言う。各州は年内に最大計30万人の受け入れ態勢を整えることになっている。連邦内閣は3月11日、「S」と呼ばれる特別資格でウクライナ難民を集団的に保護すると表明した。スイスも3月4日に一時保護措置を発動した欧州連合(EU)に追随することになった。

S許可証とは?

政府はS許可証を1990年半ばにユーゴスラビア紛争を受けて導入した。自国から逃れた理由の個別審査といった長期間にわたる難民申請手続きを免除し、避難民を迅速に受け入れられるようにすることが目的だった。大量の避難民流入で難民制度がパンクするのを避ける狙いもあった。

スイスは1999年6月にS許可証を含む改正難民法を国民投票で可決した。ただS許可証が実際に発行されることは一度もない。

特別許可証の受給条件は?

この特別許可証はウクライナ国民とその家族に発給される。EUの決定に足並みをそろえるための対応だったが、スイス政府は更に一歩踏み込み、この戦争で避難を余儀なくされた第三国出身者もこの許可証を得ることができることとした。ただし、戦争前に有効なウクライナの滞在許可証を取得していて、安全に出身国に戻れない人に限る。また、S許可証はEU加盟国ですでに保護を受けている者には適用されない。

S許可証で認められる権利は?

人の移動の自由を認めるシェンゲン協定(スイスも加盟)域内であればウクライナ国民はすでに90日間自由に移動、滞在することができる。加えてS許可証保持者は1年間の暫定的な在留資格を得る。これは戦争が続く限り更新できる。また、居住権と社会保障や医療を受ける権利が保証される。更に直ちに労働が許可され、家族をスイスに呼び寄せることもでき、子供は学校に通うことができる。

5年後、帰国できなかった人には滞在許可証(B許可証)が発行される。S許可証のままでもシェンゲン域内の移動は可能なため、スイス滞在を許すのは現行法より寛大な決定だといえる。

S許可証を得た人たちの住まいは?

スイス連邦移民局によると、22日までに4518枚のS許可証が発行された。スイスは連邦難民センター(FACs)にウクライナから逃げてきた人々のために5千人分の場所を確保している。更にスイス難民援助機関(SFH/OSAR)によると、現在スイス全土で7万人分超のベッドが個人から提供されている。3月17日時点で3700人近くがすでに個人宅に滞在し、4200人以上が連邦難民センターに滞在している。家族や友人の元に身を寄せている避難民も含め、約1万2千人がすでにスイスに住んでいる。

ロシアによるウクライナ侵攻後、チューリヒ駅に到着したウクライナ人家族 © Keystone / Michael Buholzer

なぜS許可証はこれまで発行されなかったのか?

S許可証は20年以上存在しているが、連邦内閣が適用を決定したのはこれが初めてだ。法学者のサラ・プロジャン・トイアーカウフ教授は「法には書かれていないが、この資格はすぐ近くの欧州での紛争に対処するために設けられたもので、難民の大量流入に対処するためのものだ」と説明する。スイスがアラブの春やアフガニスタン戦争、シリア内戦から逃れてきた人々への適用を否定したのはこのためだという。

シリア内戦の場合、安全保障への配慮もあった。政府はテロリストを国内に入れることを恐れた。プロジャン・トイアーカウフ氏は「誰が個人的に迫害されていてそのため難民として承認すべきか、誰を暫定的に保護し、誰が潜在的なテロリストなのか、ケースバイケースの手続きで決定する方法を取る方が好ましかった」と話す。

なぜウクライナ人は特別許可を得られるのか?

プロジャン・トイアーカウフ氏は、政府がS許可証の発行を決断したことを評価する。「今まで私たちは、これは死文化したままだろうと思っていた」

一方、同氏はスイスに保護を求める人々を国籍で区別することへの批判にも理解を示す。「実際、ウクライナの戦争による被害者は今までスイスにたどり着いた他の亡命者とは全く違った扱いを受けている。ウクライナ人は白人で、他の人たちよりも私たちの文化に近い。それだけで突然、すべてが可能になるのだ」。しかし国籍は移民法や難民法においては正当な判定基準だと指摘する。「同等の状況にないのだから、異なる扱いを受けることもある」

S許可証が今後も多用されることになるのか?

一概には言えない。プロジャン・トイアーカウフ氏は「もしかしたらこの方法なら亡命者を受け入れやすいと判断してS許可証を発動しやすくするかもしれない」と話す。しかし、同氏が説明する通り、S許可証は難民の大量流入に対処するために設けられたものであり、それは度々起こるものではない。「少なくともスイスがウクライナ人に対して感じる連帯意識が国内の難民に対してポジティブな影響を与えることを期待している。彼らも全く同じ状況にいるのだから。彼らもまた、国を追いやられたのだ」と語る。

(英語からの翻訳・谷川絵理花)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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