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データ共有が人々の生活にもたらすリスク

データ保護
© Keystone / Gaetan Bally

誰でも利用できるオープンデータが急激に増加している。オープンデータは、協力、イノベーション(技術革新)、透明性と民主主義の促進を求める声に対する1つの答えだ。しかし、人道支援活動ではこの進展には負の側面もある。

オープンデータは、社会で知識を増やすための手段と考える人がいる一方で、意図的かどうかにかかわらず、他人の生活や人道支援団体の評判を傷つける可能性のあるセンシティブなデータを暴露するリスクがあると警鐘を鳴らす人もいる。

この問題は今や、人道支援に従事する人々やプライバシーや人権を擁護する人々全体の懸念となっている。公衆衛生・人権ジャーナル外部リンクに2018年7月に掲載された記事は、市民社会の活動家がケニア政府に宛てた書簡外部リンクを取り上げた。活動家は書簡の中で、エイズウイルス(HIV)感染リスクが特に高い人々を対象とする調査での生体認証技術の利用に強く反対している。

調査対象には、セックスワーカー、同性愛者、トランスジェンダーの人々、注射器を用いるドラッグ使用者、刑務所などの施設に収容されている人々が含まれる。調査に反対する人々は、データが十分に保護されていないことや、結果として犯罪化やハラスメントにつながる恐れを懸念する。

また、国際関係を専門とする米イエール大学ジャクソン・インスティテュート外部リンクジル・カポトスト外部リンク氏は、「モザイク効果―人道支援データと社会保護データの組み合わせによる暴露リスク―外部リンク」と題された研究の中で、プリペイド式のデビットカードを使って経済的支援を受け取る避難民の例を挙げる。このカードを使った取引データには、現金の引き出しや預け入れをした時間と場所や購入した商品の種類などの情報が含まれる。

「現金引き出しの時間と場所のデータは、キリスト教会やイスラム教寺院の場所や礼拝の時間のデータと簡単に結びつけることができるだろう。また、個人の人物像やグループの概要を描いたり、所属する宗教や政治的信条を突き止めたりするために利用される可能性がある」と同氏は主張する。

生死に関わる問題

上述の2つのケースは、人道支援活動分野においてデータの収集と保存が持つ影響力を浮き彫りにする。

赤十字国際委員会(ICRC)でデータ保護責任者を務めるマッシモ・マレリ氏は、swissinfo.chの取材に対し、「新技術の不適切な構想や利用は、不安定な環境で暮らす人々の差別、迫害、脆弱性の増大、虐待、身体的・精神的完全性の毀損につながりかねないと私たちは懸念している」と話す。

「したがって、新技術の適切な利用と武力紛争やその他の人道的緊急事態に遭っている人々の個人データの保護は、個人の生命、尊厳、身体的・精神的完全性に直接影響を及ぼすため、生死に関わる問題になりうる」と説明する。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR、本部ジュネーブ)にとって、UNHCRが関わる人々の個人情報を適切に保護することは「特に重要だ」とセシル・プイイ報道官は強調する。そして、「データ保護を確実に行うため、UNHCRは独自の政策外部リンクを取っている。その適用範囲には、すべての難民、難民申請者、UNHCRが関わるその他の人々の個人情報が含まれる」という。世界中のUNHCR職員にこのデータ保護政策の順守が義務付けられている。

また、世界中の貧困者に救いの手を差し伸べるカトリック系慈善団体カリタス・スイスはデータの保護に多大な努力をしていると広報責任者のファブリス・ブレ氏はswissinfo.chに話す。「(カリタス・スイスの)データ保護に関する規則は非常に厳しい。スイスの国内外を問わず、すべての国で、すべてのプロジェクトとすべての協力者に厳しく適用されている」

データ収集のリスク

しかし、施行された規則や措置は現地で厳しい試練を受ける。貧しい人々や社会から疎外された人々の生活環境に持続可能な変化をもたらそうとするプロジェクトが最大限の効果を発揮するためには、無秩序で不安定な紛争地帯や自然災害の被災地で、人道支援団体は現地当局と活動を調整しなければならない。

国際公衆衛生と人権の専門家であるサラ・レイラ・デイヴィス外部リンク氏は、「人道支援活動の分野におけるデータの自由な共有は、プロジェクトの効果を上げたり、サービスを必要とする人々への迅速かつ直接的な供給を改善したりするのに役立つ一方で、非難、差別、身体への直接的な暴力など数多くのリスクを隠す」と説明する。

カポトスト氏は上述の研究の中で、人道支援に従事する人は、「信頼できない第三者にデータを共有したり、漏らしたりする危険を認識」して、「センシティブなデータを保護するための具体的な措置を取るべきだろう」と主張する。

補完措置と継続的な監視の必要性

デイヴィス氏は名前を明らかにしなかったが、いくつかの人道支援団体を批判する。それらの団体に対して、「信頼性の低い政府や第三者とセンシティブなデータを共有する必要はない。すべてのデータ交換プロセスにおいて、特に私的領域の尊重と紛争地帯や不安定な地域で取られる措置に対する比例原則の順守を規定する国際人権諸条約が守られなければならない」と話す。

比例原則の下では、人道支援の従事者はデータの収集や処理を始める前にその目的と目標を明確に定義し、期待される結果がデータの収集を正当化するかどうか常に確認しなければならない。

また、人道支援分野でセンシティブなデータを共有しながら保護する最良の方法は、ICRCの「人道支援活動におけるデータ保護ハンドブック外部リンク」にあると同氏は指摘する。このガイドライン・マニュアルは「データ保護分野の非常に良いガイドブックだ。採用すべき措置を詳細に説明する。ICRCが開発し、新技術に適応しようと取り組む措置だ」。

ICRCは19年、技術と社会の発展を考慮して、最も困難な状況でも個人データを保護できるように同ハンドブックの改訂に取り掛かった。昨年は、国際会議や公的イベントに参加し、この重要な問題への関心を高めようとした。ICRCの取り組みは、人道支援分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)に関する問題を扱うDigitHariumフォーラム外部リンクの立ち上げを通じて、今年も続いている。

(仏語からの翻訳・江藤真理)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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