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ロシア資産の没収議論 スイスはなお様子見

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ロシアがウクライナ侵攻を開始した2週間後の2022年3月、チューリヒで行われた反戦デモ Keystone-SDA

凍結したロシア資産を没収し、ウクライナの戦費・復興に充てるよう求める声が欧米諸国で高まっている。スイスも対応を迫られているが、事態はそう単純ではない。

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ロシアによるウクライナ侵攻は終結の兆しが見えないまま4年目に突入した。紛争の財政的負担から、ドナルド・トランプ米政権はウクライナへの軍事支援などを後退させている。

3月に米国が軍事援助を一時停止したことで、欧州はウクライナ支援強化に向け結束を強めた。トランプ大統領や欧州指導者の多くからは、凍結したロシア資産をウクライナの戦争・復興資金に充てるよう求める声も高まった。ロシア中央銀行の準備金2000億~3000億ユーロ(約32兆~48兆円)相当を凍結した欧州連合(EU)は、既にその利息収入をウクライナ支援に充てている。

スペインのホセ・マヌエル・アルバレス外相は3月末、凍結資産を没収しウクライナの防衛支援に活用するための法的選択肢を検討するようEUに求めた。米国の対ウクライナ・欧州政策の変化に対応するために31日マドリードで召集されたG5プラス(英、独、仏、伊、ポーランド、スペイン、EU)外相会合に先立っての発言だった。

どっちつかずのスイス

中立国スイスは、ウクライナ戦争への対応において曖昧な態度をとり続けてきた。ロシアへの対応には当初足踏みしていたが、その後EUの各種制裁に追随した。

だが昨年、ロシアの凍結資産の利息15億ユーロをウクライナ支援に充当することを決定したEUに、スイスは追随しなかった。国内法・国際法上の義務に縛られ、それ故に行動範囲が制限されていると言うのが理由だった。イグナツィオ・カシス外相は、スイス政府が資産を永久に差し押さえる法的根拠はなく、違法行為は国際的な信用を失うリスクがあるという態度を崩していない。この問題は、スイスの中立性をめぐる激しい論争にも発展した。

EUが2024年初めに採択した規則で、加盟各国の中央証券保管機関(CDS)は凍結したロシア資産から生じた純利益の解放を監督当局に申請できるようになった。CDSは清算・決済のために金融商品を保管し、その所有権を容易に移転できるようにする機関だ。ロシア中銀の凍結資産の大半が保管されているベルギーのCDS「ユーロクリア」は、2024年の利息収入40億ユーロを予期せぬ「棚ぼた利益」としてウクライナの特別基金に積み立てた。

一方スイス政府は同年7月、「ロシア中銀の資金に関連していかなる特別収入も生み出すことはできなかった」と発表。これはスイス特有の問題だとした。

「棚ぼた益」はない

スイス連邦経済管轄局(SECO)は4月1日、スイスで凍結されているロシアの国家資産は74億フラン(約1兆3000億円)に上ると発表した。

SECOのファビアン・マイエンフィッシュ報道官はswissinfo.chに、スイスのCDSはEUとは異なり「ロシア中銀の資産を保有していないため、臨時収入は発生しない」と説明した。ロシア中銀資産は流動資産として民間銀行に置かれており、棚ぼた益は生まれないという。

一方、スイス連邦議会はロシア中銀など凍結した国家資産をウクライナへの賠償金に充てる可能性を模索する。昨年3月には、国際法的基盤の構築を政府に求める動議外部リンクが上下院で可決された。ロシア政府は激怒し、スイス大使を呼びつけて猛抗議。動議が実行された場合は報復措置を取ると脅した。

国内外で機運が高まる一方、スイス連邦政府はまだ立場を公式表明していない。SECOはswissinfo.chの取材に対し、スイス政府はEU内の議論を「注視している」と述べるにとどまった。

またロシア国家資産の凍結解除に関するEUの議論も注視しており、その結果を見極めた上でスイスの方針を決定すると説明した。

反戦デモ
2022年3月6日、チューリヒで行われた反戦デモ Paula Dupraz-Dobias

資産没収のリスク

EU内では、副次的利益だけでなく凍結資産そのものを没収・ウクライナに移転することは、危険な前例になりうるという懸念がある。欧州中央銀行(ECB)のクリスティーヌ・ラガルド総裁は、西側諸国の通貨への信用を損ない、ユーロやドル建て準備金の安全性が疑問視される恐れがあると警告している。またロシア政府が法的措置や直接・間接的な報復措置に出る可能性もある。

3月のG5プラス外相会合は、ウクライナ戦争が終結するまで資産凍結を続けるべきとする声明をまとめた。資産はロシアの攻撃による被害への賠償に充てられるべきであり、「戦争賠償の前払い」を求めるスペインの提案を事実上無視する形となった。

キーウの法律事務所インテグリテスのドミトロ・マルチュコフ弁護士は、欧州で凍結されているロシア中銀資産は戦争による被害額をはるかに上回り、ウクライナの復興支援に向け資金を解放できるような「法的手段」を見つけるべきだと指摘する。同氏は国際訴訟の専門家で、最近ジュネーブで開かれた詐欺、資産追跡、回収に関する会議に出席した。

資産の凍結解放と移転が承認されたとしても、資金がウクライナに届くまでには時間がかかるだろう、とも述べた。「政治的意志が強かった3年前なら数カ月で済んだかもしれない。だが今となっては何年もかかるだろう」

マルチュコフ氏は、「ロシアが平和を望んでいるという認識の中で、居住区を爆撃してももはや批判されなく

なった」と指摘する。「国際平和よりも株価や関税の方が重要になっている。ウクライナに資産を引き渡すには、少なくとも元の場所に戻す必要があるが、実際には逆方向に流されてしまっている」

編集:Nerys Avery/vm、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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