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将来の健康危機に備えたパンデミック条約を

Adam Strobeyko & Tammam Aloudat

感染症の世界的大流行に備えた「パンデミック条約」は、国際災害法を基準に策定すべきだと、ジュネーブ国際開発高等研究所(IHEID)の研究者たちは主張する。

世界各国は現在、新型コロナウイルス感染症への対策に全力を尽くしている。一方で、将来の新たな感染症に向けた防疫および抑制措置についてすでに検討が始まっており、11月29日から12月1日にかけてジュネーブで開催される世界保健総会の特別会合で議論される。議題の中心は、新しい法的枠組みであるパンデミック条約の必要性だ。

今回のパンデミックで多くの知見が得られたが、この2年間で私たちが経験したシナリオが次の危機でも通用するとは言い切れない。次の危機はまったく別の病原体によって引き起こされるかもしれないし、まったく異なる世界で発生するかもしれない。

気候変動の脅威と健康危機が同時に訪れる可能性を考えると、国際災害法から学べることは非常に多いと私たちは考える。国際災害法は、災害準備および対応に関して広く認められた国際基準や最優良事例を包括した概念であり、将来の災害の不確実性に対応すべく誕生したものだ。種々の災害および状況への対処を目的とし、国際赤十字委員会が推進している。

気候変動により、人間、動物、自然環境の関わり方が変化しつづけている。私たちが将来の脅威に備えるには、柔軟で包括的なアプローチが必要だ。しかも複数のシナリオや様々なパターンの可能性を考慮したものでなければならない。現在のパンデミックに対しては、これまでの備えでは対応できなかったことを考えると、明日の戦いに昨日の武器を使うべきではない。

当然ながら、災害の原因は多岐にわたる。災害は自然や人が原因となって起こるほか、事故または過失によっても起こる。そのため、国際災害法は、将来の脅威が不確実である点を認める。不確実性を前提とした考え方は、気候変動をによる混乱が増えている今、特に重要だ。

気候変動の影響

例えばケニアでは、農家は水不足を理由にウシをあきらめ、ラクダを飼わざるを得なくなった。ラクダは深刻な干ばつに耐えられる唯一の家畜だからだ。ただ、気候に関して言えば、チューリヒ大学の研究外部リンクは朗報かもしれない。ラクダはウシやヒツジに比べて、メタンの排出量が少ないことが判明したからだ。しかし、ラクダは人間に感染する可能性がある中東呼吸器症候群(MERS)の原因ウイルスを保有している場合がある。

気候条件の変化やグローバル化は、さまざまな種類の生き物にとって、新たな場所に生息範囲を広げる機会だ。エボラウイルスに感染したコウモリが、温暖で湿潤な生息地を求めて新しい地域に移動する可能性はある。グアンタナモ海軍基地の研究員たちは、ジカ熱、デング熱、黄熱病などを媒介する危険な蚊の種類を発見した。同基地が位置する島には今まで存在しなかった種類で、船のコンテナに紛れて上陸したとされる。

公衆衛生上の緊急事態に備えてインフラを構築したとしても、気候変動の影響でインフラそのものにダメージが及ぶ可能性がある。海面の上昇や、嵐やハリケーンの発生率上昇といった天候の異変により、道路、エネルギーインフラ、病院などが被害を被る可能性もぬぐい切れない。もし、こうしたインフラに被害が生じれば、緊急事態に備えたり、必要な時に支援を届けたりすることは一層難しくなるだろう。

ここで挙げた例は、それぞれ突発的なものにみえるかもしれない。だが、これらの例が示すのは、公衆衛生と気候変動が複雑に絡み合っていること、そして何が将来の脅威になるのかが不確かであることだ。だからこそ、私たちはマルチハザードアプローチの必要性を主張する。このアプローチは種々の危機に効果的に対処していくには欠かせない。

不確実性を受け入れる

国際災害法は、災害を比較的緩く定義する傾向にあり、不確実性とマルチハザードアプローチを起点とした考えに基づいている。国際赤十字・赤新月運動が採択した「国際的な災害救助及び初期復旧支援に関する国内における円滑化及び規制のためのガイドライン(通称:IDRLガイドライン) 」では、災害は「社会の機能に深刻な混乱をもたらし、人の生命、健康、財産、環境にとって重大かつ広範な脅威となるもの」と定義されている。

新型コロナを通して分かったことは、パンデミックへの対処には経済的配慮が重要ということだ。パンデミックは高所得国の少数派だけでなく、低中所得国にも偏って影響を及ぼし、社会間、そして社会内部の構造的不平等を露呈した。

災害法は、効果的なリスク削減策には持続可能な開発が欠かせないとの見方に基づく。例えば、国連で採択された「仙台防災枠組」は、健康に加えて生活、社会経済、自然資産の保護の必要性を強調する。また「脆弱性、能力及び人と資産のリスクへの暴露 」に対処するにはマルチハザードアプローチが重要だとし、「開発の権利を含む」人権の保護を求める。

さらに、仙台防災枠組は「貧困及び不平等、気候変動、無計画で急速な都市化、不十分な土地管理の結果により、そして人口変動」により起こり得る災害リスクに対処できるよう、さらなる行動を取る必要があるとしている。

仙台防災枠組は、危機に効果的に対応できるかどうかは被災国の能力によるところが大きく、国際協力を通してその能力が高められると強調。能力を高める手段として、科学研究および技術移転への投資や、機密性のないデータおよびグッド・プラクティスの共有を挙げる。また、将来の危機に対する効果的な備えと対応を確保するには、著作権で保護されたマテリアルや技術を利用可能にすることが欠かせないとする。

次のパンデミック

次に起こり得る健康危機は、新型コロナと似たパンデミックになるかもしれない。その場合は、現在のシナリオを再現すること、そしてガバナンス、経済、政治、科学面での過ちを修正することで備えられるだろう。しかし、別の病原体が流行し、違う形で健康に影響を及ぼす可能性もある。空気感染しないかもしれないし、子供に深刻な影響を与えるかもしれないし、基礎疾患のある人ではなく健康な若年層の方がリスクが大きいかもしれない。数カ月以内にワクチンを開発することはできないかもしれない。エイズウイルス(HIV)を例にとっても、このウイルスの流行を止める効果的なワクチンはいまだ登場していない。

今後起こり得る大規模の健康危機が未知である点を考えると、包括的なマルチハザードアプローチは必要と言える。パンデミック条約を巡る交渉や決定については、国際災害法に照らし合わせて検証することが望ましいだろう。

この記事で述べられている内容は著者の意見であり、必ずしもswissinfo.chの見解を反映しているわけではありません。

(英語からの翻訳・鹿島田芙美)

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