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スイスのCO2回収新興企業が深刻な人員削減に直面する理由

クライムワークス
スイスの新興企業クライムワークスのCO2回収プラント keystone

大気中の二酸化炭素(CO₂)回収を専門とするスイスの新興企業クライムワークスが、全従業員の2割削減を発表した。破竹の勢いで成長していた企業に何があったのか。

クライムワークスは連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)発のスピンオフ企業で、チューリヒに本社がある。大気中からCO₂を分離・回収するDAC(直接空気回収技術)を活用した事業を展開。8億1000万ドルを調達し、アイスランドで2つの回収プラントを運営している。

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しかし独語圏のスイス公共放送(SRF)が先週、急成長していた同企業が財政上の問題などを理由に人員削減を検討していると報じた。

クライムワークスは21日、全従業員498人のうち最大106人(スイス国内は78人)を削減すると正式に発表。声明で「力強い成長の後、クライムワークスは(状況の変化に即座に対応できる )アジリティと効率性を維持するために積極的に組織を適応させている」と述べた。

ただ、同社は技術的にも商業的にも依然有利な立場にあるとし、「コア技術を次のレベルへと進化させ、市場への影響力を拡大し、CO₂除去をリードする地位を確固たるものにするため商業的提案をさらに多様化していく」と付言した。

なぜ大量解雇?

クライムワークスはアイスランドで2つのDACプラント(「オルカ」、「マンモス」)を稼働している。米ルイジアナ州に3つ目のプラント「サイプレス」を建設する計画が進んでいた。

クライムワークスは、この米国進出プロジェクトの見通しが不透明になったことが人員削減に影響したという。ドナルド・トランプ政権は気候保護プロジェクトに大鉈を振るっている。CO₂回収技術はそこまでの「実害」は免れているとはいえ、不確実性は広がる。

クライムワークスの米国進出については、すでに米エネルギー省から5億ドル(約700億円)の支援を取り付け、2026年に着工する予定だった。

クライムワークス社長のヤン・ヴルツバッハー共同最高経営責任者(CEO)はSRFの取材に対し「自社のプロジェクトが中止されるとは現時点で認識していない」とした一方で、財源には「限りがある」とも語った。

ヴルツバッハー氏はもう1人の共同CEOクリストフ・ゲバルド氏と声明で「今日、私たちは困難な時期を航海している」と述べた。

クライムワークスの苦戦の要因は?

ETHZの気候ファイナンス・政策博士研究員カトリン・シーベルト氏は、クライムワークスは現在、初期段階の資金調達と大規模な事業展開のはざまの難しい局面にあると指摘する。初期の資金調達が成功しオルカとマンモスのプラントは実現したが、米国進出にあたり資金調達に不確実性が生じたことで、サイプレス計画が二の足を踏んでいる。

DACのビジネスモデルのような、長期的な炭素クレジットを裏付けとする資本集約型(製品生産において大量の資本を必要とすること)は政治的な変化に弱い、とシーベルト氏は言う。

DACプラントは高価で複雑なシステムだ。しかし、クライムワークスの技術は当初期待されたほどの規模の業績をあげておらず、コスト削減のための計画も予想より遅いとシーベルト氏は言う。

大気中からCO₂を直接回収するのは、発電所や工場などの排出源から分離回収するよりもはるかに難しく、コストもかかる。クライムワークスは当初、2030年までにコストを1トン当たり100ドルまで削減することを目指していたが、300ドルに変更している。現在のコストは、その3倍以上だ。 

シーベルト氏は「DACに対する投資家の関心は、より慎重で結果重視の段階に移行しつつあるようだ。おそらく最近の気候政策の変化に影響されている」と話す。

マーケット・インテリジェンス会社AlliedOffsetsの最近の分析でもそれを裏付ける傾向が出ている。

アナリストのプラナフ・バラジ氏は「2025年は、二酸化炭素除去にとって波乱の幕開けとなった。トランプ政権は過去4年間の約束の多くを反故にしており、一方で購買活動や投資家の意欲は期待外れなものになっている」とコメントした。

需要側に課題が残る一方で、DACの導入は急増し続けている、とAlliedOffsetsは指摘する。2025年末までに合計84基のDACプラントが稼動し、2032年には114基まで増加する見込みだ。テキサス州では1PointFive(DAC事業推進企業)の世界最大のDACプラント「Stratos」が今年半ばに商業運転を開始する。同プラントは民間投資型のためトランプ政権の削減の影響を受けない。

ノルウェーのシセロ研究所の気候科学者、グレン・ピーターズ氏は英紙ガーディアンに「二酸化炭素除去の新興企業の運命は、時の経過とともに上下するだろう。しかしこれは一方で、排出量削減が極めて注目度の高い事業であることの表れだ」と語る。

大気直接回収技術の仕組み

DACはあらゆる場所で大気中のCO₂を分離・回収できるという点で、製鉄所などの排出地点で実施される回収技術とは一線を画す。回収されたCO₂は深い地層に永久保存されるほか、さまざまな用途に利用される。

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クライムワークスの技術は、巨大な「CO₂掃除機」の役割を果たす。アイスランド・レイキャビクにあるプラント「オルカ」は近隣の地熱発電所で発電された電力を利用している。カーボンコレクターは、ファンで空気を吸い込み、フィルターを通してCO₂を捕捉する。その後、CO₂は水と混合され、深さ800~2000メートルの玄武岩層に圧送される。

企業や個人は、クライムワークスのCO₂除去サービスを1t単位で購入でき、購入量に応じて炭素除去証明書を受け取る。このモデルは、従来のカーボン・オフセットよりも信頼性の高い排出量補償方法だとして、一部企業の間で人気を博している。

クライムワークスの顧客・投資家には、UBS、スイス再保険、BCG、マイクロソフト、JPモルガン・チェース、H&Mグループ、LEGOなど160社が名を連ねる。資金調達額は8億4000万ドルに上る。

なぜDAC技術が必要なのか?

2050年までに気候中立を達成するためには、排出量を削減し、化石燃料を自然エネルギーに置き換えるだけでなく、いわゆるネットエミッション技術を用いて、大気中から数十億tのCO₂を除去しなければならない。ネットエミッションとは、排出される温室効果ガスと吸収・除去される量の差のことで、排出量を実質ゼロにすることを目指す目標だ。

国際エネルギー機関(IEA)と国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、DACやその他のCO₂回収・貯留技術は、地球温暖化を産業革命以前の1.5℃に抑え、2050年までに気候中立を達成するために「不可欠」であるとしている。

DACプラントによるCO₂回収量は年間約1万tに上る。IEAは2030年までに8000万t、2050年までに10億tへの引き上げが必要だとしている。

クライムワークスのプラントの業績は?

アイスランドの調査報道記者は、同国にあるクライムワークスの2つのプラントについて業績が当初予定を大幅に下回っていると報じた。

「マンモス」はフル稼働すれば年間3万6000tのCO₂を回収できるよう設計されていた。しかし操業開始後10カ月間の回収量は750tだった。より小型で運転期間の長い「オルカ」の年間回収能力は4000tだが、2021年の運転開始以来、1000tを上回った年はない。

クライムワークスはこれについて否定しない。ヴルツバッハー氏はSRFの取材に対し、技術自体に問題はないが、プラントはまだ本来の性能を発揮できていないと語った。氷や雪などでプラントの一部システムが凍結するなどの技術的な問題が一因だという。

クライムワークスの広報担当者は「初期に機械的な問題が発生するのは新しいインフラにはよくあることだ。すでにアップグレードを進めて積極的に対処している」とガーディアンに語った。

編集:Veronica De Vore、英語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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