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米ロ首脳会談、「雪解け」の可能性

Marc Finaud

スイスのジュネーブで16日に予定されているジョー・バイデン米大統領とロシアのウラジーミル・プーチン大統領の首脳会談は、一筋縄ではいかない部分が多いだろう。だが、両国間の緊張を緩和し、軍縮を再始動させ、世界が直面している脅威に立ち向かうための協力を促進する上で、今回の会談はまたとない機会になる。ジュネーブ安全保障政策センター(GCSP)外部リンクの専門家マーク・フィノー氏はそう主張する。

「平和の首都」と呼ばれるジュネーブが再び、米ロの首脳を迎える。過去を振り返れば、楽観的な見方をしても良いのかもしれない。実際、過去にジュネーブで行われた首脳会談は重要な合意につながった。1955年のアイゼンハワー米大統領とソ連のフルシチョフ共産党第一書記による首脳会談では、西ドイツの北大西洋条約機構(NATO)脱退をソ連が要求したため、東西ドイツの統一問題を解決することはできなかった。しかし、この会談は米ソがフランスや英国と共同で、常設の軍縮交渉機関、軍縮会議(CD)外部リンクの前身となる「10カ国軍縮委員会」を設立する道を開いた。同機関は今もジュネーブにある。

85年のレーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ共産党書記長による首脳会談も、両国関係の緊張が背景にあった。ゴルバチョフ氏は後に、「過度の期待を持たず、現実的にジュネーブ会談を検討していたが、将来に向けた真剣な対話の基礎を築くことを希望していた」と明かした。緊張の主な原因は、米国の野心的な戦略防衛構想(SDI)、通称「スターウォーズ計画」をソ連が危惧した点にあった。そのため、ジュネーブで80年以来行き詰まっていた中距離核戦力(INF)全廃条約外部リンクの交渉はすぐには合意に至らなかったものの、この会談によって弾みがつき、2年後の調印へとつながった。

緊張の高まり

米ロ間に不和を招く要因が蓄積している現状を踏まえると、今回のバイデン大統領とプーチン大統領による会談は幸先が良いとは言えない。ロシアはアサド政権を支持してシリア内戦に介入し、同盟する米国や欧州諸国と戦った。また、ウクライナ南部クリミア半島を併合し、ウクライナと隣接するNATO加盟国(バルト三国、ポーランド)に軍事的圧力をかけ続けている。更に、米国の大統領選や一部の欧州諸国の選挙に介入したとして非難された。バイデン氏は、ロシアの反体制派指導者のナワリヌイ氏が死亡すれば制裁を加えるとロシア政府に警告した。そしてプーチン氏は、極超音速ミサイルの運用開始など、米国が攻撃的で戦略的安定を崩すとみなす軍備増強計画を打ち出した。ロシア政府は実際、トランプ政権下で米軍が中東から撤退したことを利用する日和見主義的な政策と、米国防総省の軍事予算の1割に満たない軍事予算による「非対称的な政策」で米国の優位性を解消しようとする政策の両方をとっている 。

米ロとも現実主義的であれば、両首脳はこの機会に全ての紛争を解決しようとするのではなく、「ウィンウィン」の合意につながる対話と交渉を再開するだろう。核不拡散と軍備管理の問題については、既に2つの点で進展を喜ぶことができる。1つ目は、米国がイラン核合意(包括的共同作業計画、JCPOA)への復帰と、それに続く対イラン制裁の解除を目指すと発表したことだ。これによって、イランの核開発に対する制限を復活させることが可能になり、中期的には安全保障、弾道ミサイル、中東紛争への介入に関する地域的な交渉が再開されることになるだろう。2つ目は、両国が今年初めに、2010年に締結された新戦略兵器削減条約(新START)の5年延長に合意したことだ。延長期間を利用して、後継条約に関する新たな交渉が(ジュネーブで?)立ち上げられるだろう。今回の首脳会談で両トップがこれを発表し、協議事項に挙げるべきではないか。

確かに実践するのは簡単ではない。ロシアは、配備されていない核兵器、特にミサイル防衛システムを条約に含めるつもりだが、米国はこれには消極的だ。米国は、戦略兵器(それぞれの国から相手国に向けて発射されるもの)だけでなく、ロシア(約3千発)が米国(約100発)よりもはるかに多く保有する、欧州のいわゆる戦術核兵器についても議論するよう初めて要求するかもしれない。トランプ前米大統領の破棄によって中距離核戦力(INF)全廃条約が失効したことで、核兵器使用の限界を下げる戦術核の重要性が再び増した。欧州諸国に発言権があるとしても、このような交渉を促進し、ロシアの核兵器の撤去または解体と引き換えに、米国の核兵器を撤去するよう促すことしかできないだろう。

バイデン氏には、米国の戦略的ドクトリンと核兵器への姿勢を再検討し、特に前任者と一線を画そうとするがゆえの困難がある。国防総省、議会、軍需産業の圧力団体が決定的な役割を果たす米国内の交渉は、今回の首脳会談までには終わらず、バイデン氏がプーチン氏と駆け引きできる余地は限られたものになるだろう。バイデン氏が米国のドクトリンを「先制不使用」へと進展させ、核戦争のリスクを更に減らそうとしていることは知られている。だが、バイデン氏にできることは、米国の安全保障機関や同盟国の中で「先制不使用」の概念に反対する人々を場合によっては説得するために、せいぜいプーチン氏の反応を探ることくらいではないか。

紛争激化のリスクを減らす

米ロ間の駆け引きの他の側面(宇宙、新技術、中国の役割など)も当然ながら、バイデン氏が提起しようとしている人権侵害の問題と同様に複雑だ。しかし、優先すべきは、武力紛争を激化させるリスクを減らすことだろう。NATOとロシアが接触する地域ではいつ紛争が勃発してもおかしくない。だから、欧州安全保障協力機構(OSCE)外部リンクで採択された信頼の醸成と透明性の向上に関する措置外部リンクを発展させ、モルドバ、ジョージア、ウクライナにおける紛争のせいで効力停止に陥っている欧州通常戦力(CFE)条約外部リンクを復活させることが重要だ。この点については、米欧ロの専門家が提言外部リンクを出している。ロシアが西部の国境の軍備増強を発表外部リンクする今こそ、両首脳はこの提言を実行に移すべきだ。他方、トランプ政権下で、アイゼンハワー氏が1955年の米ソ首脳会談で構想を打ち出した領空開放(オープンスカイズ)条約外部リンクから米ロが離脱したことは遺憾だ。ジュネーブでこの決定が覆されれば「象徴的」以上の出来事になるだろう。

バイデン氏とプーチン氏の協議は、個人的な不信感のせいで容易には進まないだろう。バイデン氏は副大統領時代、プーチンには「魂がない」と発言した。大統領になってからは、ロシア政府による反体制派の毒殺疑惑に言及して、プーチン氏を「殺人者」とみなした。レーガン大統領はソ連を「悪の帝国」と呼び、ジョージ・W・ブッシュ大統領はプーチン氏を「冷たいやつ」と呼び、ブッシュ政権下でロバート・ゲイツ国防長官は「石のように冷徹な殺人者」と呼んだ。だが、このような呼び名にかかわらず両国の首脳の関係は浮き沈みを繰り返した。バイデン氏が掲げた「米国の国益に従ってロシアと予見可能で安定した関係を築く」という目標は結局のところ現実的なものであり、両首脳の努力によって達成可能なものだ。

共通の関心事

パンデミック(感染症の世界的大流行)対策や中東和平プロセス、可能な開発への取り組みやテロとの戦いから気候変動への行動に至るまで、協力できる可能性がある分野は十分にある。このような地球規模の課題に直面している時だからこそ、米ロ首脳会談に期待される最良の成果は、ジュネーブに主導的な役割を再び与えることになる多国間の枠組みで米ロの連携を強化するという決定だろう。

この記事で述べられている内容は著者の意見であり、必ずしもswissinfo.chの見解を反映しているわけではありません。

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(仏語からの翻訳・江藤真理)

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