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UBSの「世紀の大取引」に大誤算

UBSのセルジオ・エルモッティCEO
2月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に登壇したUBSのセルジオ・エルモッティCEO(左) Keystone / Michael Buholzer

スイスの銀行最大手UBSが政府・中銀の介入を受けてクレディ・スイスを救済合併してから約2年。同行幹部とスイスのカリン・ケラー・ズッター財務相はほとんど言葉を交わしていない。政府は肥大化したUBSの資本要件を強化する方針で、一歩も譲る気はなさそうだ。

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「連邦財務省とUBSの間で、最高幹部同士の接触が何度かあった」。同省の担当者はフィナンシャル・タイムズにこう語った。「だがそれらは『交渉』ではない。交渉とみなすのは誤りだ」

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FT

政府が検討中の金融規制改革案は、UBSに最大250億ドル(約3兆7000億円)もの資本積み増しを迫る。UBSと連邦政府・規制当局との確執は深まる一方だ。

クレディ・スイスを安値で買収したUBSは、2023年12月期決算に290億ドルの負ののれん発生益を計上。あるスイスの政治家は「世紀の大取引」と呼んだ。だがその後のUBSは、防衛戦を強いられるばかりだ。内部関係者やアナリストらは、この攻防がUBS株の売り材料となり、同行に長期経営戦略の立て直しを迫る可能性もあるとみる。

スイスのプライベートバンク、フォントーベル銀行の銀行担当シニアアナリスト、アンドレアス・ベンディッティ氏は「統合や非中核資産の売却、リストラなど、UBSが統制できるものはどれもうまくいっている。株価が下落し、米欧の銀行株に比べ低迷しているのは、規制の行方が不透明なのが原因だ」と分析する。

最大の争点は、海外子会社の株式保有比率を現行の60%から100%に引き上げる案だ。ケラー・ズッター財務相がこの案を主導し、スイス金融市場監督機構(FINMA)とスイス国立銀行(中央銀行、SNB)もこれを支持する。

UBSは英国・米国事業の規模が大きい。同改革が実行されれば、資本力を示す重要指標「中核的自己資本(Tier1)比率」はリスク加重資産(RWA)比約14%から19%に引き上げなければならなくなる。アナリストの試算では、これによりUBSは150億~250億ドルの積み増しが必要となる。国外の同業他社を大幅に上回る資本量だ。

「完全に過剰」

UBSのセルジオ・エルモッティ最高経営責任者(CEO)は改革案について「完全に過剰」だと述べ、同行は連邦議会に見直しを働きかけている。事情に詳しい関係者によると、UBSは「わずかな調整」なら受け入れる可能性がある。UBSはスイスの金融安定を強化する政府案を「原則として」支持しているものの、「不均衡な措置」には反対している。

UBSに同情する声はほぼ聞かれない。ある欧州大手行の幹部は、「もし私がスイスの規制当局だったら、全く同じことをするだろう」と語った。「UBSは、資本を積み増さなければならないという現実を受け止める必要がある」

スイス世論もUBSに冷ややかな目線を送る。政治家たちは、統合後のUBSのバランスシートがスイスの国内総生産(GDP)額を上回ることに懸念を表明している。

スイス連邦議会は昨年12月、破綻に至るまでの数年間にクレディ・スイスの資本不足を咎めなかったとして当時のFINMA幹部を厳しく批判する報告書をまとめた。2024年4月にドイツ人のシュテファン・ヴァルター氏が長官に就き、FINMAと財務省は二人三脚で改革案を練る。

クレディ・スイス危機への反省から、当局はスイス金融業の安定性と評判を強化し、将来的なUBS危機に備える必要があると主張している。UBSはスイスの経済規模に照らしてはるかに大きく、「Too big to fail(大きすぎて潰せない)」リスクと化している。

FTの取材に対し、UBSは「当行は今も世界で最も資本力のある銀行の一つだ」と述べた。

「スイスらしくない」

当局とUBSの関係はここ数週間でさらに悪化している。メディアやSNS上ではリークや脅しも入り混じった大論争が巻き起こり、UBSが本社移転を検討しているという報道まで飛び出した。これほど敵意がむき出しになるのは、伝統的にプラグマティズム(実用主義)と和解的交渉が優先されるスイスでは異例だ。

エルモッティ氏は3月初め、3600語に及ぶ従業員向けメッセージを公開。UBSとスイスにとって、当局が「成功をもたらす最大の障害」になっていると批判した。一方、ケラー・ズッター財務相はUBSの「激しい」ロビー活動を強く非難した。「私は納税者の利益を代表している。UBSは同行の経営上の利益を代表している」

あるスイスの銀行幹部は「これはスイスらしいやり方ではない。国民を威圧し、威嚇するトランプ流の政治スタイルだ。両サイドとも分別をもって冷静に直接議論を交わそうという心構えがない。業界関係者の多くは、このような事態に陥ったことに落胆している」

改革案を盛り込んだ法案は6月までにスイス連邦議会に提出される予定だ。財務省は2月、改革は政令ではなく立法が必要だと明言。2028年より前に実行に移される可能性は低く、その不確実性がUBSに対する投資家の疑心暗鬼を誘っている。

欧州銀行株はこの1年に空前の上げ相場を記録したが、UBSは上昇気流に乗りそびれた。UBS株はクレディ・スイスの買収が決まった2023年3月に比べるとまだ約60%高い水準で取引されているが、過去1年は横ばい圏で推移している。

その間にウニクレディト(イタリア)株は約50%、サンタンデール(スペイン)株は40%近く値上がりした。ユーロ圏最大の金融機関をカバーする株価指数のストックス600は40%以上上昇しており、23年3月比ではほぼ倍増した。

目指すは米銀

関係者によると、UBS幹部は資本金改革をめぐる議論が同行株の「大きな重荷」になると考えている。

UBSは欧州で最も価値の高い銀行の一つであり、PBR(株価純資産倍率)は約1.2倍だ。クレディ・スイスの買収で同行のウェルスマネジメント部門や投資銀行部門から選りすぐりの資産と顧客、従業員だけを引き継ぎ、米国銀行との評価格差を縮められると期待していた。

UBSが模範とするのは米モルガン・スタンレーだ。コルム・ケレハーUBS会長がキャリアの大半を築いた銀行で、大規模なウェルスマネジメントを展開し、PBRは約2倍に達する。

エルモッティ氏は昨年、米国とアジアを中心にウェルスマネジメント事業の強化に重点を置いた新3カ年戦略を発表した。2028年までにウェルスマネジメントの預かり資産を今の3兆8000億ドルから5兆ドル超に増やし、そのために2025年までに正味年1000億ドルの資産を新規獲得する目標を掲げる。

だが今や、米銀との差を縮めるというUBSの目標達成は怪しくなっている。厳しい要求を突きつける株主の反発を招く可能性がある。

モーニングスターのアナリスト、ヨハン・ショルツ氏は、この数カ月のUBSの業績はウェルスマネジメントを中心に期待を下回っていると述べた。

「市場は過去数四半期の(ウェルスマネジメント部門の)純資産の伸び悩みにやや失望している」。ショルツ氏はこう述べ、目標はもっと野心的になる可能性があると付言した。

ショルツ氏は、米国ウェルスマネジメント部門が引き続きUBS全体の収益性を圧迫しており、資本要件の引き上げは事態を悪化させるだけだとの見方だ。資本規制改革により、米国のウェルスマネジメント市場に照準を当てた経営戦略の実現可能性に疑問が生じかねないと警告する。

「資本要件が引き上げられるのであれば、今後も米国ウェルスマネジメント市場に傾倒することが理にかなっているかどうかを熟考する必要がある。米国事業のハードルはさらに高くなり、UBSの競争力は低下するだろう」

一部の株主はUBSを強力に支持する。2月にUBS経営陣と戦略を公に支持する姿勢を示したアクティビスト(モノ言う株主)のセビアン・キャピタルもその一例だ。

UBSに近い人々によると、かつて投資家たちはUBSの時価総額が米銀に並ぶ規模に成長する可能性があると期待していた。「投資家たちは今、『UBSは米国というよりは欧州の銀行に近づきつつあるのかもしれない。結論はまだだ』とみている」

否定的な世論

世論を巻き込んだ資本要件論争、エルモッティ氏の経営戦略、ウェルスマネジメント部門の不振――これらは全て、クレディ・スイスとの複雑な統合プロセスを乗り切らなければならないUBSの身に同時に降りかかっている。目下、100万人を超えるスイスの個人顧客をUBSのシステムに移行するという重要な段階に入っている。

関係者の1人はこうたとえる。「開胸手術をしようとしているときに、誰かが手術室に乗り込んできて気を逸らそうとしているかのようだ」

UBSは人員削減策としてリストラを計画するほか、自然離職や定年退職なども算段に入れる。

統合プロセスが完了する2026年までに、従業員数を約8万5000人にする目標を掲げる。つまり今後21カ月でさらに2万5000人を解雇しなければならない。ある関係者は、UBSの離職率(毎年退職する従業員の割合)が例年を下回っており、事態を複雑にしていると明かした。

UBSと政府・当局は長期戦も辞さない構えだ。法案をめぐる協議とロビー活動はさらに3年は続くとみられ、さらに国民投票という形でスイス有権者の是非を問う可能性もある。

フォントーベルのベンディッティ氏は「このような状況に陥ったのは、クレディ・スイス崩壊の衝撃がそれほど大きく、結末に対してこれだけネガティブな世論が起きたためだ」と指摘する。国民投票は「ネガティブな世論を踏まえると、UBSに不利な結果になる」とみる。

銀行業界の関係者はさらにあけすけだ。「スイス人は賢く、知識もある。だがそれでも、高度に技術的な案件についてど田舎の村人も投票する事態を想定しなければならない」

UBSの株主上位15位内の1人は、資本規制改革をめぐる不確実性は無用の長物だが、両者が実行可能な解決策を見つけることを期待していると語った。

「スイスは常々、UBSが本店を置き操業していることがスイスに莫大な利益をもたらすという結論に達している。同じように、UBSもスイスに本店を置くことで莫大な利益を得ており、双方にとって有益な関係だ。私たちは、釣り合いのとれた結論に至り、正気が勝つと信じている」

Copyright The Financial Times Limited 2025

英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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