The Swiss voice in the world since 1935

個人的信条より総意を優先 スイス連邦内閣の合議制とは

スイス連邦議事堂
首都ベルンにあるスイス連邦議事堂 Keystone / Anthony Anex

スイスの連邦閣僚(政府)は7人の閣僚から成り、合議制で政府方針を決定する。閣僚の個人的信条を押し隠して政府の「総意」を推進するこの仕組みは、スイスの政治的安定を醸成する一方で、責任の所在をあいまいにする危険をはらむ。

おすすめの記事

スイスはある意味、今の米国と真逆の政府を持つと言える。世界最強の経済力・軍事力を備えた米国では、大統領が自身の政策を推進するためにあらゆる行政権を行使している。反発する者はつまはじきだ。ドナルド・トランプ氏は世界を混乱に陥れた相互関税を発表する前にも、同盟国にさえ全く相談しなかったと報じられている。

かたやスイスは、連邦大統領や閣僚らが個人的に何を実現しようとしているのかは必ずしも明白ではない。欧州が再軍備に動くなか、新任のマルティン・フィスター国防相が大胆な企てを持っているかどうかを語るのは難しい。たとえフィスター氏が個人的に北大西洋条約機構(NATO)への加盟や協力関係の断絶を望んでいたとしても、独断でそれを決めることはできない。スイスでは誰にもそんな権限はない。

スイスの執行機関である連邦内閣(Bundesrat/Conseil fédéral)にスタンドプレーは許されない。閣僚たちは「合議制(Konkordanz/Concordance)」の原則に従う必要がある。

おすすめの記事
連邦閣僚

おすすめの記事

今も健在の元大統領 スイスはなんと19人

このコンテンツが公開されたのは、 英国は7人、米国は5人、ドイツとフランスは2人だけ。今も健在の元大統領の人数だ。ところがスイスはなんと19人いる。これは政治が不安定だから、大統領がころころ変わるということなのだろうか?

もっと読む 今も健在の元大統領 スイスはなんと19人

コンセンサスを形成

連邦憲法第177条の定める合議制は、コンセンサス(総意)を形成し誰も過大な権力を握らないようにするという、スイス政治が掲げる至上命題の1つだ。スイス連邦政府が集団的かつ非階層的であることを意味する。議会の4大政党を代表する閣僚たちは対等な立場で意思決定に臨み、日本のように「首相」が実権を握ることはない。大統領職は7人の閣僚が毎年交代で務め、儀礼的・調整的な役割を担うにすぎない。

ひとたび閣議で下した決定は、全会一致か過半数かによらず、全閣僚が公式に順守しなければならない。個人や所属政党の立場に相反するとしてもだ。

例えばスイス政府は2023年、2050年までに気候中立の達成を盛り込んだ「環境保護法」の成立に向け、国民投票での支持を国民に呼びかけた。その筆頭に立ったのはアルベルト・レシュティ環境相だが、所属する右派・国民党は同法に反対の立場をとった。国民党の党首だったレシュティ氏自身、入閣前は石油業界の族議員だった。だが法案が閣議決定されると、レシュティ氏は公式に支持に回った。国民投票での可決を経て、今は法律を執行する立場だ。

閣僚の一体感が損なわれないよう、閣議は非公開で行われる。議事録はメディアにリークされない限り、30年後にようやく公開される。

天窓
連邦議事堂の天窓には「一人はみんなのために、みんなは一人のために」と刻まれる。一種の非公式なスローガンだ Keystone / Peter Klaunzer

安定職

閣僚たちにとって、信条に反する政策を推進するのは容易ではないだろう。所属党の支持層に人気のある政策に反論するのもやさしくはない。連邦政府として年金支給額の引き上げ案に反対姿勢を示した2024年、左派・社会民主党(SP/PS)のエリザベット・ボーム・シュナイダー内務相の内心は穏やかでなかったに違いない。

閣僚が政府方針に従わなければならないのは、他の自由民主主義国も同じだ。ただそれが信念からなのか、実利主義からなのか、それとも権力を持つ上司(例えばトランプ氏)への忠誠心からなのか、明白ではない場合もある。

他の民主主義国では閣僚の入れ替わりが激しい。失策を犯せば解任され、政府の政策に同意できない場合は辞任する。国民投票で罷免されることもある。スイスの閣僚が個人的信条を封印することには、職の安定という見返りがある。4年に1度の総選挙後に連邦議会が全閣僚を選び直すため、理論上は現職閣僚が再任されない可能性があるが、実際にはほとんど起こらない。結果としてスイス閣僚の任期は総じて長く、1848年の近代スイス建国以来、閣僚の平均在任期間は10年を超える。

「責任の欠如」?

失態は辞職で罰せられるべきだと考える人々にとって、スイスの仕組みは奇妙に聞こえるかもしれない。政治学者のミヒャエル・ヘルマン氏は、政府の集団的側面、連邦制や直接民主主義といったスイスの権力分散構造は「責任の欠如」をもたらす恐れがあると指摘する。「全員か皆無か」という状態で意思決定を行うと、誰が責任を負わなければならないのかが不明確になるためだ。

他方、協調性は政治変動・政治不安を避けるのに役立つと考える人もいる。1989~03年に閣僚を務めたカスパール・フィリガー氏は2023年に出版した回顧録で、行政権が「制御不能」であるほど深刻な政治的・経済的崩壊のリスクが高まると指摘した。スイスの閣僚は国益にかなうのであれば「不人気であることを辞さない」という。長い在任期間は経験と専門知識の蓄積に役立つとも主張した。

合議制はそれ自体に価値があると考えられることもある。閣僚がしばしば「七人の賢者」と呼ばれるゆえんだ。フィリガー氏は「集団意識、ひいては共通の運命感覚さえも育まれ、そこから平均以上の成果を上げようという強い集団的意志が生まれる」と分析する。

元閣僚のディディエ・ブルカルテール氏は、同僚意識、特に公の場での口論を避ける姿勢は、政府を取り囲む「防護壁」になると例えた。

スイス政府の閣議
2025年初頭に開かれた閣議の風景。通常は完全に非公開だ Keystone / Peter Klaunzer

圧迫される合議制

だが7人の閣僚は4つの全く異なる政党に所属している。政治家は野心と戦略に富む生き物であることを踏まえると、「防護壁」が常に機能するとは限らない。リーク合戦や政争、マキャベリの現実主義的な策略が渦巻いている。

だが合議制が「破綻」しやすくなっていると一概には言えない。しばしば指摘されるのは合議制が「圧迫されている」ことだ。swissinfo.chは2006年、「スイス政治の二極化によって合議制が緊張している」と伝えたことがある。特にヴィオラ・アムヘルト前国防相が3月に辞任した後、国内メディアは「閣僚関係の雰囲気は合議制とは程遠い外部リンク」と書き立てた。

だが180年近くも貫かれてきた合議制原則そのものに疑問の余地はない。ジュネーブ大のパスカル・シリアーニ教授は、「政治エリートたちは合議制に執着している」と話す。

シアリーニ氏によると、合議制はむしろ別の課題に直面している。1つは「省庁化」だ。連邦政府が創設された1848年当時と比べると、世界は非常に複雑になっている。わずか7省しかない現状で、閣僚は自らの(非常に広範な)政策分野に集中せざるを得なくなっている。これにより視野の広い戦略構想を立てにくくなり、他省のアイデアに意見を述べる機会を奪う可能性がある。

負荷を軽減する方法の1つは、省の数を増やすことだ。世界には省庁が数十もある国もある。ただむやみに省を増やせば意見の相違が増え、結束が弱まるという副作用を生む可能性もある。「閣僚が7人いるだけでも、合議制を維持するのは大変だ」(シアリーニ氏)

リーダーシップの欠如?

現連邦政府について、シアリーニ氏は「合議性」を「かなり尊重している」と評価している。一方で、欧州連合(EU)との関係をめぐっては、政権にはリーダーシップが欠けていると指摘する。多くの国民が、スイスにとって重大な、今後数年間に直面するであろう戦略的課題と考える分野だ。

大統領の権限を拡大する、あるいは外相の責任範囲を広げる。政府の構造をそのように変えれば、リーダーシップを育むことができるのだろうか?

シリアーニ氏の答えは「必ずしもそうではない」。むしろ連邦政府が強力に統一された公式声明を出し、その立場を明確にする必要がある。そうすることで7人の閣僚全員が立場をより積極的に推進できるようになるという。「リーダーシップと合議制は矛盾しない」(シアリーニ氏)

編集:Benjamin von Wyl/ts、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子

人気の記事

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部