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未来のロボット開発 カギはゾウの鼻?

力強さと自由な動き、そして繊細さを兼ね備えたゾウの鼻は科学者にとって魅力がいっぱいだ Keystone

ゾウの鼻にインスパイアされたロボットアーム?それはまだ実在していないが、欧州の研究資金のおかげで、イタリアのロボティクス専門家とスイスの生物学者のまさかのコラボレーションが実現した。

このコンテンツは 2021/10/19 06:00

今夏、ジュネーブ大学のチームがゾウの鼻がどのように動くのかを解析してロボットアームの開発に役立てようとしている、という発表がメディアの見出しを飾った。ゾウの鼻は柔軟で力強く、しかも器用――人間が作ったどんな機械よりも――だ。しかし、科学者たちは一体どうしてそれをロボティクスに応用しようと思いついたのだろうか?

ジュネーブ大学遺伝進化学科のミハエル・ミリンコビッチ教授は「我々は既に、ゾウの皮膚について研究をしていた。皮膚には細かい亀裂がネットワーク状に入っているが、それが体温調整に貢献していることを発見した」と語る。「2018年に論文発表他のサイトへした際には、ちょっとした話題になった。ナショナルジオグラフィックやBBCで取り上げられたおかげで、ゾウに興味がある人達に我々のことが知れ渡った」

ブリュッセルからの資金 3500万ユーロ

その人達の中に、ピサ近くのポンテデラにあるイタリア技術研究所の関係者がいた。この研究所のゾウの鼻に着想を得たロボティックアームプロジェクトは3年前、3500万ユーロ(現在のレートで約46億2千万円)の資金を欧州委員会のホライズン2020研究資金プログラムから取得した。

同研究所は欧州委員会に申請書を送る前からミリンコビッチ氏にコンタクトを取っていた。「ちょうどよいタイミングだった。南アメリカで研究に使える半野生のゾウ数頭を見つけたところだったし、動物園の協力で死んだゾウ2頭の遺体を研究用に寄付してもらえたところだったから」と同氏は話す。

南アメリカで研究用の「モデル」として使ったゾウの1頭とミリンコビッチ氏 Sean Hensman

映画「アバター」のように

そういうわけでミリンコビッチ氏は南アフリカのプレトリアに向けて出発した。スーツケースには、ハリウッド映画の制作現場でよく使われるハイテク機材が入っていた。映画「アバター」でのナヴィ族や、スティーブン・スピルバーグ監督の「タンタンの冒険」で使われたのとちょうど同じ、モーションキャプチャと呼ばれる撮影用の機材だ。

俳優の顔や体にマーカーを付けるように、ジュネーブ大学のチームはゾウの鼻の数カ所にマーカーをつけた。そして、ゾウの鼻の移動軌跡を高精度カメラで捉え、その動きを3D空間上で再構築した。

結果は驚くべきものだった。ゾウは20ほどのシンプルな動きを巧みに組み合わせることで鼻を湾曲させたり、人間が肘関節で腕を曲げるような動きをとったり、伸ばしたり縮めたり、という動作をしていることがわかった。

そうやってゾウは、潰さないように花を摘むという繊細な動きから、300キログラムの重りを持ち上げること、さらには水を吸い込んだり噴射することまでやってのけていたのだ。ゾウの鼻には、支えとなる一片の骨も入っていないというのに。

スイスに戻ったジュネーブ大学チームは、通常の医療画像検査法を用いて死んだゾウの鼻を分析。どの筋肉の組み合わせがこのような動きを可能にしているのかを調べた。その結果は8月にカレントバイオロジー誌に発表された他のサイトへ

ミハエル・ミリンコビッチ氏らが行った研究の紹介映像(5分、英語)

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飛行機がよい例

研究は次の段階、つまりロボティクスに移った。ミリンコビッチ氏は「これはリバースエンジニアリングだ」と説明する。「我々は動きのメカニズムを解明し、定量化した。それをイタリアのロボティクス専門家たちが再現する。ただし完全な模倣ではなく、インスピレーションを得るという意味合いが大きい」

飛行機もまた、生物にヒントを得た技術の好例だ。鳥のような翼を持つが、それを曲げることはしない。

たとえゾウの鼻を真似て作った筒の中にモーターを仕込んだとしても、ゾウのような20の動きを再現することは無理かもしれない。5つもしくは10個でも再現できれば上出来だ。あくまで目的は、ゾウの鼻のように自由に目的物をつかみ取り、動かし、離すことができる、柔軟性に富んだ動きのできるロボティックアームを開発すること。完全なコピーではない。

使う場面はいろいろ考えられる。様々な形やサイズの物体を仕分けるロボットから、災害現場でレスキュー隊員の手足となるロボット。高齢者の手助けをするロボットにも使えるかもしれない。

産業界からの引き合いも

ミリンコビッチ氏たちのチームの出番は今後も続く。「私達ができることはまだたくさんある。移動軌跡のモデリングもまだだし、実際にロボットができた際には、本物と比べるために移動軌跡の解析もしなくてはならない」

さらにロボットアームが完成した暁には、その表面をどう覆うかという問題も待つ。表面をどう処理するかという問題は、ロボティクスでも中心的な課題だ。どうやったら金属製の手に花を潰さずに持たせられるだろう?

ジュネーブ大チームがゾウの皮膚の研究をしていたことが、ここでもイタリアチームの助けになるかもしれない。

「あと18カ月ほどで最初のプロトタイプができ上がってくる予定だ」と同氏は語る。「すでに産業界数社から問い合わせが来ている。現時点では名前は明かせないが、関心は本物だ」

あまりにも美しい

ミリンコビッチ氏のゾウに関するこれら2つの研究は、本来の専門とはかけ離れているように見える。しかし、同氏がこれまで発表した数多くの論文は非常に多彩だ。カメレオンが体色を変えるのに、色素ではなく光を反射させる結晶を利用することを発見したこともあった。そうかと思えば、クジラの祖先の遺伝的解析を行ったこともあるし、ガラパゴス諸島のカメの集団を研究したこともあった。

“今日の科学は細分化されすぎている。我々は専門を選択することを迫られるが、そんな境界線は人工的なものにすぎない。自然界にそんなものは存在しない”
ミハエル・ミリンコビッチ

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しかし自身では研究が多岐にわたることを全く問題と感じていない。「今日の科学は細分化されすぎている。我々は専門を選択することを迫られるが、そんな境界線は人工的なものにすぎない。自然界にそんなものは存在しない」

「問題なのは、科学者たちが他の分野の基礎をよく知らないことだ」と同氏は続ける。「私が黒板に数式を書くと、学生たちは十分に数学を学んでこなかったためにパニックに陥る。数式がある現象や関係性を説明するのにもっとも単純化された方法だということを示したいだけなのに」

そう、つまりゾウの鼻にインスパイアされたロボティクスというのは「科学者が普通にやっていることとは、かなり毛色が違う」と同氏は認める。しかしこうも付け加える。「このプロジェクトは拒否できなかった。だって、あまりにも美しかったから」

(英語からの翻訳・清水(稲継)理恵)

JTI基準に準拠

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