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古き良き大家族に帰れ

多世代ハウスでは、赤ちゃんから高齢者まですべての世代が一緒に暮らす mehrgenerationenhaus.ch

1960年にスイスで1人暮らしをしていた人は一般世帯全体の約14%に過ぎなかった。2000年、単独世帯が占める割合はおよそ36%まで増加し、夫婦のみの世帯も19%から約26%に増えた。

一方、親と子以外に親戚や祖父母などが一つ屋根の下に住む多世代世帯は、1960年の19%から2000年にはわずか2%に減少している。スイスでは個人主義、というよりはむしろ「孤立主義」かもしれないが、世代間の断絶が着々と進んでいるようだ。

都会の中の村

 「郊外には壁に囲まれて孤立した一軒家が続々と建ち、都市部では3部屋も4部屋もあるアパートで優雅な一人暮らしをするシングルが増えている。気にするのは自分のことだけ。ほかの人と話をすることもない。社会は分裂している」
と警鐘を鳴らすのは、「多世代ハウス協会 ( Verein Mehrgenerationenhaus ) 」で多世代ハウス構築のプロジェクトリーダーを務めるユルク・アルトヴェーク氏 ( 38歳 ) だ。

 多世代ハウスは、昔の村のように各世代がそれぞれのノウハウを互いのために役立てながら環境に優しい生活を営んでいくための複合住宅施設だ。同協会によると、チューリヒ州第2の都市ヴィンタートゥール ( Winterthur ) に建設が予定されている多世代ハウスは、スイスで初めての本格的なもの。コンペの応募作品の中から2009年4月に低エネルギーの「ミネルギー」住宅が選ばれ、2011年に入居が開始される。世帯数は140戸。赤ちゃんから高齢者、障害者までおよそ300人が住む予定だ。

 「都会の中の小さな村」とも言えるこの多世代ハウスには、1人用の2部屋住居から8部屋もある大人数の共同生活用、贅沢に作られた高級住居など、さまざまなライフスタイルに適した住居が用意されている。ここでは例えば、人生経験豊かな高齢者が隣に住む共働き夫婦の子どもの面倒を見たり、昼間家にいる主婦が1人暮らしの高齢者の話し相手になったり医者に付き添ったりするなどして、さまざまな世代や社会層の間の団結や理解を深めていくことを目的としている。また、入居者はハウス内のルールを共同で決めることもできる。

 次世代に受け継がれる環境をできるだけ損なわないことも同プロジェクトの基本コンセプトの1つだ。そのため、建物には建替え時に特殊廃棄物となるコンクリートではなく、自然の木材をなるべく多く使う。またハウス内には、入居者が自家用車の所有を控えるようにカーシェアリング用の車も用意される予定だ。

 2006年7月に始まった同プロジェクトはまだ青写真の段階だが、会員は現在すでに100人に達している。入居者の年齢層は、スイスの人口統計に比例する比率でミックスされるのが理想的だ。偏りが生じそうな場合には調整が行われるが、アルトヴェーク氏によると、子どもが2、3人いる家族および20歳代から50歳代の人が最も多くなりそうだ。資金が不足しがちな子沢山の大家族には経済的な援助も行われる。

断絶から団結へ

 「隣は何をする人ぞ」という、他人に対する関心もほとんどなくなった現代の都市社会。
「社会の分極化や個人主義は進むばかりで、わたしたちのプロジェクトは『焼け石に水』かもしれません。しかし、スイスにはさまざまな種類の人とのつながりを求める人も大勢います。長い目で見て、これからスイスでも多世代ハウスが増えていくとうれしいですね」
 と、アルトヴェーク氏は控えめながらも期待する。

 隣国ドイツにはすでに複数の多世代ハウスがある。これらのハウスは地方自治体から資金援助を得ており、プロジェクトも促進しやすい。しかし
「そうなるとハウスの独立性が薄れるため、わたしたちは今のところ検討を見合わせています」
 とアルトヴェーク氏。

 ドイツの多世代ハウスの評判は全体的に良いという。
「強いて言えば、さまざまな人々が集まっているのでときどき不和が生じることが短所」
 しかし、多世代ハウスに入居する人はもともと周囲との緊密な関係を求める人だ。ほかの人と接触する機会が増えれば、多少の摩擦が生じるのは自然なことなのかもしれない。
「多世代ハウスが持つ数多くの長所は、そんな短所をカバーして余りあるほど」
 と、アルトヴェーク氏の明るい表情が崩れることはない。

swissinfo、小山千早 ( こやま ちはや )

多世代ハウス協会は2006年7月7日、24人の有志によってヴィンタートゥール市に創立された。入居者がそれぞれの持ち分を資金提供して運営される協同体 ( ゲノッセンシャフト ) 「ゲセヴォ ( GESEWO ) 」の下部組織である。

多世代ハウスの目的は、多様な住居とインフラを提供して、すべての世代や種々の社会層がともに豊かな共同生活を送るための条件を整えることにある。

入居者は、入居時に2000フラン ( 約17万円 ) を支払って多世代ハウスという共同所有物の持分証書を購入する。また、賃貸料金のほかにも、自分が住む住居の管理費として賃貸料金の1割を支払うことが義務づけられている。

入居者は多世代ハウスの設計や構想に参加することができ、入居後も共同で独自のルールを決め、管理することができる。

同協会によると、1つの多世代ハウスが各年齢層や各社会層の長期的な混在を確立し、共同利用施設を完備するためには、最低30世帯を必要とする。

多世代ハウスには隣人や専門知識を持つ人の援助、在宅介護組織からの派遣などにより、介護を必要とする人や障害者も住むことができる。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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