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紛争国での偽情報とプロパガンダに対抗するには

アナウンサーの後ろでプラカードを掲げる女性
3月14日、ロシアのニュース番組で最も視聴率の高いロシア国営テレビの生放送中、同局の編集者マリーナ・オフシャニコワさんが「戦争反対。プロパガンダを信じないで。あなたたちは騙されている。ロシア人は戦争に反対」と書かれたプラカードを掲げた Keystone / Dsk

情報は強力な武器だ。デジタル技術の発展に伴い、真実を歪曲させることがかつてなく容易になった。真実が標的にされることはウクライナ戦争だけでなく、今日の紛争で多くなっている。錯綜する情報の背景にあるものとは?そして真実を取り戻す方法とは?平和構築の専門家に聞いた。

ロシアがウクライナの都市に初めてミサイルを打ち放った日の数週間前、クレムリンはウクライナ政府について一連の主張を行った。ロシア国営テレビは、ウクライナ軍がロシア国境沿いのドネツクとルハンスクの分離独立派支配地域で大量虐殺をしていると報道。ソーシャルメディアには、ウクライナを侵略国として描く目的で、犠牲者とされる人々を登場させたフェイク動画が投稿された。

侵攻が始まると、偽情報が洪水のように氾濫した。ロシア発祥のSNS「テレグラム」では、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が国外に脱出したという偽情報外部リンクが親ロシア派のアカウントから拡散された。ロシア政府は侵攻開始から10日後、政府見解に従わないロシアの独立系メディアや外国人ジャーナリストを業務停止にする「フェイクニュース」法を打ち出した。

スイス平和財団スイスピースのデジタル専門家エマ・バウムホーファー氏は、「これは(真相が把握されることを)さまざまな角度から防ぎ、カオスと混乱のムードを生み出すための戦略だ」と言う。

プロパガンダは紛争国が民衆の心をつかみ、勝利するための手段として昔から戦争で用いられてきた。だがソーシャルメディアやインターネット、スマートフォンの普及を背景に、交戦国は情報を比較的容易に、迅速に、そして広範囲に「武器化」できるようになった。オンラインで拡散した偽情報はその後、オフラインでも広がる。すると、バウムホーファー氏が言うところの「複雑な情報環境」が強まり、真実と虚偽の区別が難しくなる。

ウクライナからアフリカまで、偽情報で危機が悪化

ウクライナもロシア同様、独自のプロパガンダ活動を通して情報戦争に参加している。例えばウクライナ当局は、ロシア兵の死者数は米情報機関の推定死者数やクレムリン発表の死者数をはるかに上回ると主張。捕虜とされる人々を報道陣の前に登場させたことさえある。

スイスのシンクタンク「フォラウス」のジュリア・ホーフシュテッター氏によれば、どの戦争でも当事者は成功を強調して軍の士気を上げようとする。

サイバー空間における紛争とデジタル平和構築を専門とする同氏は、「多くの紛争では、インターネット上の偽情報は自国民の支持を集め、敵を動揺させ、和平プロセスを崩壊させるために使われている」と語る。

情報戦争には、場合によっては民間人、非国家主体、さらには他国政府が参加することもある。ウクライナでは、ロシア兵捕虜とされる人物が映る真偽不明の動画を、一般市民がソーシャルメディアに投稿。有志のハッカーたちはロシアの「プロパガンダマシーン」にダメージを与えるために同国政府機関ウェブサイトや国営メディアを攻撃した。また、バウムホーファー氏によれば、米国はロシアが侵攻に先駆けて描いていたシナリオを崩す目的で独自の機密情報を公開した。

ウクライナ戦争では偽情報を巧みに発信しているロシアだが、国外の紛争に偽情報を使って介入したこともある。バウムホーファー氏は、ロシアは長年にわたり今回の戦争と同様の偽情報戦略を頻繁に用いてきたと指摘する。その例が中央アフリカ共和国のケースだ。同国では激しい選挙が行われた2020年後半以降、暴力が増加。米国平和研究所の研究者外部リンクによれば、これは「ロシアとフランスが発信元とされるフェイクニュースやプロパガンダが拡散した時期と重なる」という。

紛争下の人々に信頼の置ける情報を届けることを目的にしたスイスのNGOヒロンデル財団のニコラ・ボワセ広報部長によると、ロシアは政府軍と非国家武装集団との戦闘がこの1年で激化した中央アフリカ共和国で、影響力の拡大を目指している。同氏はまた、緊迫した政治状況や治安情勢における偽情報の重要性が大きくなったと語る。

事実で反撃

偽情報が国内の人々に与える影響は「重大であり、安全保障の危機が深刻化し、平和構築に関わるアクターの活動がさらに弱まる」と、ヒロンデル財団は指摘する外部リンク

ローザンヌに拠点を置く同NGOは、事実に基づくジャーナリズムは平和に貢献できるという理念のもと、危機的状況にある国々の独立系メディアの支援およびジャーナリストの育成を25年以上行ってきた。この団体が中央アフリカ共和国で行ってきた活動を見れば、偽情報に対抗するための手段の一部を知ることができる。

「活動の中核は、分かりやすい言葉で、できるだけ簡単に事実を伝え、説明することだ」とボワセ氏。「私たちは日常的な関心事に関係する情報に焦点を当てることで、信頼の絆を作っている」

ヒロンデル財団は2年前に、2000年設立のラジオ・ンデケ・ルカ(RNL)外部リンクと共に偽情報に対抗するための取り組みを開始。その一環として、RNLにファクトチェックの放送枠を設けた。これは今や同国で最も人気のある情報発信源だ。できるだけ多くの人に伝えるため、ファクトチェッカーの報告内容はRNLやパートナー放送局、ウェブ、ソーシャルメディアで放送される。

事実確認はウクライナ戦争でも盛んに行われている。ジャーナリストや、英調査報道機関「ベリングキャット」などの市民団体は、侵攻開始以前からオープンソースのオンライン情報ツール(OSINT)を使って、ウクライナ側が攻撃を仕掛けたとする写真や動画がフェイクであることを暴き、侵攻を肯定するためのロシアの理屈に穴があることを示してきた。ゼレンスキー大統領もスマートフォンで撮影した動画を自ら投稿し、ロシアの主張に反論している。

しかし、ファクトチェックをしたり独立系メディアを支援したりすることだけが偽情報への対抗手段ではない。

バウムホーファー氏は「事実を示すだけでは、人々の心を変えることはできない」と述べる。「人々が偽情報を信じてしまう原因を元から断つ必要がある」

中央アフリカ共和国のケースでは、ヒロンデル財団はアーティストやミュージシャンなどのオピニオンリーダーに対し、「フェイクニュース」や偽情報の拡散防止について啓蒙するための公共イベントに出演するよう協力を求めている。

非営利ネットワーク、ファーストドラフトが策定した用語集によると、偽情報とは、害を及ぼすために意図的に作成または共有された虚偽の情報のこと。一方、誤報とは、害を及ぼす意図のない虚偽の情報のことで、その情報が間違っていることを知らない人々が意図せず共有した情報を含む。

出典:ファースト・ドラフト・ニュース外部リンク

しかし、ホーフシュテッター氏もバウムホーファー氏も、とりわけ報道管制の影響下にある人々を支援するにはデジタルリテラシーの向上が必要だと考える。報道によれば、ツイッターとフェイスブックへのアクセスが遮断されているロシアでは、何十万人もの人々が仮想プライベートネットワーク(VPN)を使って他のニュースソースを探している。しかし、大抵の人はこうした選択肢があることも、それがどう機能するのかも知らないとバウムホーファー氏は指摘する。

テック企業に行動求める圧力

ただ、変革が最も望まれる分野はソーシャルメディアだ。フェイクニュースと検証済み情報の拡散に非常に大きな役割を果たしているからだ。

今回の戦争で特に警戒心を高めているのがプラットフォーマーだ。外国メディアから高い注目を浴びていることがその要因だとシンクタンク・フォラウスのホーフシュテッター氏は推測する。グーグル、ツイッター、メタ傘下のフェイスブックはロシアの侵攻開始後すぐ、欧州連合(EU)での放送が禁止された2つのロシア政府系メディア、ロシア・トゥデイとスプートニクをブロックした。ツイッターとフェイスブックはまた、偽情報を投稿したアカウントを利用規約違反で停止または削除した外部リンク

しかし、こうした対応はテック企業がこれまで取ってきた態度から逸脱している。ホーフシュテッター氏によれば、これらの企業は大抵の紛争に関して、ヘイトスピーチや偽情報の拡散を防ぐための対策を十分にはしてこなかった。大きなターゲット市場ではない国の、現地言語で制作されたコンテンツを監視するためにリソースを投資することには消極的だったためだ。

巨大テック企業が偽情報に十分に対応しなかったことで、暴力が起き、死者が出るという最悪のケースも発生している。ある独立調査報告書外部リンクによると、フェイスブックが17年にミャンマーのロヒンギャ族に対するヘイトスピーチの拡散を野放しにしたことで、ロヒンギャ族への暴力を「可能にする環境」が作り出されたという。

「プラットフォームは、その成り立ちからして紛争を助長するものだ」とバウムホーファー氏は言う。「悪意のある行動や怒りの投稿が最も注目を集めてしまうため、プラットフォームではこうした言動が助長されがちだ」

スイスのシンクタンク、フォラウスのジュリア・ホーフシュテッター氏によると、平和促進を目的としたデジタル技術の活用が急速に伸びている。例えば市民グループは情報が偽りであることを暴くためにオープンソース・インテリジェンス(OSINT)を利用しているほか、紛争仲介者は平和構築に多くの人が関われるようクラウド型のプラットフォームを活用している。

しかし、デジタル技術の活用先として最も大きな可能性を秘めているのが、同氏によればコミュニティーのエンパワーメント(力づけ)だ。草の根レベルで人を動員することも、戦争犯罪を記録することも、国際社会に自分たちの視点を共有することも、スマートフォンを使えば可能だからだ。

シリア戦争の映像調査に携わる研究者が示すように、今やデジタル技術はユーザーが制作した素材が真実であることを証明するため、そしてその素材を保存するために利用されている。戦争犯罪の訴追にこうした素材を証拠として用いることができれば、被害者が正義を訴えることも可能になるとされる。

平和構築に従事する人たちがプラットフォームと連携すれば、プラットフォームは「より平和な議論の場」になると同氏は考える。例えばプラットフォームには分裂したコミュニティーを仲介し、共通点を見出してきた経験がある。そうした経験を生かせば、プラットフォームはユーザー間の対立を助長する場ではなく、共通点を強調する場へと抜本的に変化できると同氏は言う。

つまり、あらゆる紛争において、テック企業にさらなる行動を求めて圧力をかけていくのが重要ということだ。紛争時に偽情報が問題となったのはウクライナ戦争が初めてというわけではない。

「どの紛争にも新たなシナリオがある」とバウムホーファー氏は言う。「だが、そのためにもっと備えることはできるはずだ」

(英語からの翻訳・鹿島田芙美)

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