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過熱する夢の技術「常温超伝導」開発、一体何が期待できるのか?

常温で超伝導体として働く物質の探索は、かつてないほど激しさを増している。スイスの物理学者ディルク・ファン・デル・マレル氏は、超伝導物質を発見したとされる研究結果をこれまでに何度も覆してきた。物理学における「聖杯探し」の現状を聞いた。

2009年に公開された映画「アバター」の中核にあるのは、神秘の星パンドラの天空に浮かぶ山々を巡る争いだ。そこには「アンオブタニウム」と呼ばれる非常に希少な常温超伝導物質が埋蔵されているという。

物語はフィクションだが、映画では常温で超伝導体として働き、理論上は無尽蔵にエネルギーを供給する物質を探し求める物理学者らの姿が描かれている。

このような超伝導体は、医療における画像処理や超伝導磁気浮上列車(リニアモーターカー)、電気自動車、量子コンピューターをはじめ、様々な用途で画期的な進歩をもたらす可能性がある。

金やプラチナといった従来の物質とは異なり、超伝導体は電気抵抗ゼロで電流を流す。つまりエネルギーの一部が熱として失われることがない。これまでに特定された超伝導物質は全て極低温と超高圧下でのみこの特性を示すため、応用範囲が著しく制限されている。

7月に韓国の研究者外部リンクが「LK-99」と呼ばれる常温超伝導体の開発に成功したと主張し、世界中の注目を集めた(LK-99は銅、鉛、酸素、リンからなる多結晶体)。だが英科学誌ネイチャー外部リンクはその翌月、LK-99は常温超伝導体ではないとする科学者らの見解を発表。同誌は先月中旬、常温超伝導体を発見したと主張する別の論文も撤回した。既に昨年もこれと類似の論文を撤回している。

これまでに発見が否定された代表的な常温超伝導の研究

著者名結果
1987オグイシ他(日本)未確認
2003ヨハン・プリンス(米国)未確認
2012シャイケ他(ドイツ)未確認
2018クマール他(インド)疑問視されるデータ
2020ディアス他(米国)撤回
2023ディアス他(米国)撤回
2023韓国チーム未確認

ジュネーブ大学のディルク・ファン・デル・マレル名誉教授(物理学)は、昨年ネイチャーが撤回した論文のベースとなった研究を疑問視した主要な科学者の1人だ。ジュネーブで研究活動に従事する同氏はswissinfo.chの取材に対し、加熱する開発競争と、常温超伝導に期待できる可能性について語った。

swissinfo.ch:なぜ「LK-99」はあれだけ大々的に報道され、騒ぎ立てられたのでしょうか?

ディルク・ファン・デル・マレル:韓国の科学者らの並外れた主張が、対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」に続く新たな技術に対する国民の期待に応えたのでしょう。

swissinfo.ch:スイスの物理学界はLK-99の発見をどう受け止めましたか?

ファン・デル・マレル:発見の知らせを聞き、私たちはすぐ疑問に思いました。国際的には再現を試みる実験が幾つか行われていましたが、スイスの物理学界には、LK-99の詳細調査や再現実験のために時間を費やす必要はないという暗黙のコンセンサスさえありました。発表された原稿では、LK-99で起こりうる超伝導のメカニズムに関する理論的説明が不完全だったためです。残念ながら論文と呼べるレベルではありませんでした。

韓国の研究チームは、物質の発見に関するプレプリントを学術誌の正式な出版や査読に先立って公開されるサイト「arXiv」にアップロードしました。しかし専門家の査読を受けていない研究結果が、学術界や一般市民からこれほど熱狂的に受け入れられるのはあまり良い兆候ではありません。査読は知的な門番のようなもので、学術的な研究を検証するための非常に重要なプロセスです。無効な論文や質の低い論文は、その時点で必然的に振り落とされます。欠点や批判はありますが、査読は今も科学的な信頼性を裏付ける絶対的基準とみなされています。

swissinfo.ch:仮に常温超伝導体が発見されたとしたら、私たちの生活にどのような影響を与えますか?

ファン・デル・マレル:私自身を例に取って説明しましょう。私は今日、電気自動車に乗ってここに来ました。エネルギー効率がかなり良い機種です。しかし常温超伝導体が登場すれば、電気自動車は新時代の幕開けとなるでしょう。高速充電や1回の充電で走行できる距離の拡大、もっと強力なモーターが可能となり、よりクリーンな交通手段の実現に向け、社会的に大きなシフトが起こる潜在性を秘めています。

また送電網が効率化され、輸送・配電における電気ロスが削減されます。最近スイスでは電気料金が大幅に上昇しましたから、私の支払う電気代は今より安くなるでしょう。

私の研究に関して言えば、超伝導体の発見により、一層強力な粒子加速器が実現できるため、核融合の実験が前進するでしょう。

swissinfo.ch:常温超伝導体を実用化に向け、立ちはだかる主なハードルとは?

ファン・デル・マレル:有望な未来を実現できるか否かは、材料工学的な制約や実用性に関わる問題を解決できるかどうかに掛かっています。

金や銀と違って、常温超電導体は扱いが難しい物質です。分かりやすい応用例に、送電網があります。送電網の大半は屋外で風雨にさらされているため、風化や腐食に耐えられなければ実用的とは言えません。

もう1つ無視できない前提条件は、経済的に大量生産できるかどうかです。金で自動車を作る人はいませんよね?実用化はまだまだ遠い先の話です。

swissinfo.ch:常温で超伝導を示す物質を見つけるべく、世界中で競争が繰り広げられる中、スイスからはこの分野で特に大きなニュースを耳にしません。なぜですか?

ファン・デル・マレル:研究者が何もしていないわけではありません。私の知る限り、スイスでは少なくとも3つの研究グループが超伝導物質の開発に取り組んでいます。単にすぐマスコミに発表したり、非現実的な期待を抱かせたりしていないだけです。

科学の世界における真の醍醐味は、科学界が予測しているものとは全く違うものを創り出すことです。

その意味で、超伝導における最も重要な発見はスイスでなされたと言えます。1986年、スイスの物理学者カール・アレクサンダー・ミュラーとIBMチューリヒ研究所の同僚でドイツの物理学者ゲオルク・ベドノルツは、セラミックスにおける高温超伝導を初めて発見しました。2人は従来の理論に全く逆行する極めて独創的な考えを持っていました。つまり、誰も超伝導になるとは考えなかった様々な物質を体系的に調べ、独自の方法で定式化して理論的な概念を作り上げたのです。これが超伝導の爆発的な発展への突破口となり、以来、世界中で何百もの研究所が同じような物質の研究に取り組んでいます。

編集:Sabrina Weiss/Veronica DeVore、英語からの翻訳:シュミット一恵

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