頻発する気候災害、今求められる人道支援のあり方とは
気候危機で人道支援のニーズがかつてないほど高まっている。災害への事後対応から、災害が及ぼす影響の予測に基づく事前の援助提供へと活動方法を転換すべきだ――。援助団体はそう訴える。
国連の試算外部リンクでは、「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ北東部では、記録的な干ばつにより約2100万人が飢餓の危機に瀕している。一方、パキスタンでは今夏の大洪水で外部リンク約1700人が死亡、数十の医療施設が倒壊した。不衛生な水のせいでマラリアやコレラ大流行の危険が増す中、何十万もの人々が医療へのアクセスを制限されている。
このような異常気象は、気候変動の影響でより頻繁に発生し、規模も拡大している。紛争や新型コロナウイルス感染症のパンデミックと並行し、気候変動の影響を受けやすい国における人道的なニーズはこれまでになく高まっている。
米首都ワシントンに拠点を置くシンクタンク、世界開発センター外部リンクの上級研究員マーク・ローコック氏は、「人道支援団体は未曽有の規模の問題に直面しているが、活動資金のほとんどは悲劇が起きて初めて、事態に対応するために支給される」と話す。
気候変動の加速に伴い、人道支援団体は活動方法の見直しを迫られている。国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)外部リンクと国連の援助機関外部リンクは、災害後に想定される緊急事態への対応から、災害の影響を予測し、それに基づく災害発生前の地元コミュニティーへの援助提供へシフトするよう、活動方法の転換を提唱する。
2017~21年まで人道問題担当国連事務次長兼緊急援助調整官外部リンクを務めた同氏は、「既に起きたことに対処するのではなく、これから起きると分かっていることを軸に行動するよう、人道システム全体を転換する必要がある」と語る。
最新技術により、「先行的行動(anticipatory action)」や「早期行動(early action)」と呼ばれる新しいアプローチが以前より容易になった。人工知能(AI)モデルは天気予報の精度を向上させ、携帯電話のおかげで警報を早期に受信できるようになった。またドローンは脆弱性のマッピングと監視の手助けとなる。
「気候災害の特徴は、事前に予測しやすいことだ。地震の場合、警報の受信は発生の数秒前かもしれない。一方、嵐が発生し島々の脅威となる場合、今では高度な技術のおかげで数日前に嵐の進路が分かる」と同氏は説明する。洪水や干ばつも同じように予測できるという。
早期の行動
では、「先行的行動」とは何か?気候変動の影響が最も激しい地域の1つであるアジア・太平洋地域の国連食糧農業機関(FAO)で活動するキャサリン・ジョーンズ氏は、ベトナムでの具体例を挙げ、「9月下旬にベトナムを襲った台風16号(ノルー)では、住民が自らを守れるようFAOが先回りし、被災が予想される地域に無条件で現金と防水ドラムを配布した」と説明する。
農村や漁村は防水ドラムで食料や穀物を守り、きれいな水を事前に確保することができた。また、市場へのアクセスが遮断される前に現金で必需品などを購入した。
この早期行動計画は、同地域が台風シーズンに突入する前に、FAOがベトナム政府と共同で作成したものだ。また、計画のための資金調達も欧州連合(EU)とのパートナーシップを通じて事前合意していた。ベトナム中部にある同地域が高い確率で「強い台風」を超える強風に見舞われるとの予報を受け、3日前にこの計画は実施された。
早期行動の支持者らは、このアプローチはより多くの人命を守るだけではなく、費用対効果が高く、尊厳ある支援方法だと主張する。予防可能な悪い結果を未然に防止し、地元住民が自らの手で問題に対処できるからだ。
国連外部リンクは早期行動を取った場合1人当たりの支援費用を半減できることに気付いた。2020年にバングラデシュで起きた洪水に対する早期行動の試験運用にかかった費用は1人当たり13ドル(約1880円)。他方、2019年の類似の状況に対する事後対応では26ドルだった。
一筋縄ではいかない仕事
自然災害に備えるには、災害が現地の人々に及ぼす影響を熟知している必要がある。そのためには現地政府や援助団体、個人の関与が欠かせない。
タイのIFRCバンコク事務所でアジア・太平洋地域の先行的行動パートナーシップの調整と技術支援を担当するライモント・ツィンク氏は次のように説明する。「フィリピンでは、現地の赤十字社が台風に対する早期行動計画を策定している。ある島では早期行動として家の倒壊を防ぐシェルター補強キットを配る。同じ台風でも隣の島に移動した場合、赤十字は別の行動を取る。その島では大半の人々が農業で生計を立てているため、収穫を早める」
だが、こういった早期行動計画を立てる際、どの気象上の脅威に重点を置くか事前に判断するのは難しい問題だ。
FAOのジョーンズ氏は「私たちにとって最大の課題は、あまりに多くの災害が一度に起きることだ。1つのリスクに対する計画に時間を費やしている間に、別の脅威がやって来る」と話す。
パキスタンや南スーダンなどの国々はこの難しさをよく示している。両国とも今秋、歴史的な洪水に見舞われた一方、過去には厳しい干ばつも経験した。
予報に基づき早期行動が発動された時、出来るだけ迅速に行動するためには、現地の人道支援団体が予め必要な材料・道具を準備し、ボランティアを訓練しておく必要がある。危機がない場合でも、毎年準備のための資金を確保しなければならない。これはドナーが支援をためらう潜在的な一因だろう。
「後で起こりうることに今投資するか、それとも今既に起きていることに寄付するか。この難しい決断を迫られたとき、悩むのは当然だ」と話すのは、IFRCジュネーブ事務所のナジラ・ラカヨ氏だ。同氏は、現地の赤十字社や赤新月社が資金申請のために提出する先行的行動計画の審査を担当する。
規模の拡大
11月の時点で、IFRCは22の赤十字社・赤新月社から提出された早期行動計画32件を承認した。各計画の対象者は1千~2万人だ。また、10月の時点で外部リンク、IFRCの災害救援緊急基金(DREF)は、420万フラン(約6億2400万円、割当総額の約9%)を先行的行動に、残りの4330万フランを緊急対応に割り当てた。IFRCは2025年までに同基金の割当総額を1億フランに増額したい外部リンク方針で、その4分の1は早期行動に充てられる予定だ。
ラカヨ氏は「全体のパイを大きくして、分け方を変えないのは素晴らしい。悲しいことに、今日の世界には早期行動も緊急対応も必要だ。パキスタンの洪水のように大規模な気象災害では、影響を軽減できても、完全には避けられない」と話す。
結局のところ、早期行動は気候変動のどのような影響にも対処できる万能薬ではない。災害リスクを減らし、回復力を高める長期的な努力も必要だ。このようなアプローチは人命と生活手段を守る助けになるが、気候変動の影響への対応策であることに変わりはない。気候変動の根本原因への今以上の取り組みが求められる。
前出のローコック氏は、「このような災害で多くの命が失われるのを避けるためには、人道支援団体に提供する資金を増やす他ない。だが、紛争や感染症のパンデミック、気候変動などの根本原因にも取り組む方が良い。これがここで最も伝えたいメッセージだ」と述べた。
編集:Imogen Foulkes、英語からの翻訳:江藤真理
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