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中世を映し出すミュスタイアの修道院

今も存続する文化遺産、聖ヨハネベネディクト会修道院

(eisele photos)

ミュスタイアにある聖ヨハネベネディクト会修道院 ( Kloster St. Johann ) はアルプス山脈のふもとに建ち、キリスト教が最盛期だった頃の中世を映し出す。この修道院は、1983年から今日まで世界遺産として評価され、ベネディクト会の精神と文化、考古学研究が行われている。

光が教会の身廊に射し、礼拝堂には超現実的な雰囲気がかもし出される。聖ヨハネ修道院の所々に1200年の歴史が反映されている。この修道院の歴史は、特に多く保存されている中世、9世紀頃に描かれた連作の壁画に表れている。

現在の修道院に至るまで

 958年頃から建て始められたプランタ塔 ( Plantaturm ) はアルプス地域にある非宗教的な建築物の中では最古とされ、修道院の建物とともにミュスタイア ( Müstair ) 地域にとって個性的存在だ。ここは修道女たちの住居で、寝食を共にし、祈りを捧げる場所でもある。修道院は壁画の他に、文化的、芸術的に非常に価値のある収集品を有する。

 少なくとも修道院は歴史の流れとともに8回の改築が行われた。この修道院は全体的に破壊されることはなく、いつも部分的に修繕された。そして今日、この修道院は様々な建築様式が混在しながらも全体的に統一感を与える建築物となった。 

世界遺産は偶然だった

 「ユネスコ世界遺産の候補になるという考えは偶然で、当時、連邦文化財保護委員会の議長を務めたアルフレード・シュミッド教授の示唆がきっかけでした」 
 と聖ヨハネベネディクト会修道院の超宗派財団の広報担当、エルケ・ラルヒャー氏は説明する。

 「当時の世界遺産の登録申請手続きは、今日よりも明らかに簡単でした。世界遺産の名はそんなに世間には知られていませんでしたから」
 とラルヒャー氏は語る。

 ミュスタイアはスイスアルプスの端、最南東に位置し、イタリアとの国境 ( 南チロル地方 ) に近い。このミュスタイア谷は数百年もの間、農業とアルプス越えの交通のかなめとして栄えた。

 今日、1700人ほどの住人は観光業によって生計を立てている。人々は、この地域の自然と文化はこの地域の言語、ロマンシュ語と同様に莫大な財源であることを意識している。
 
 「どれだけユネスコからの認定が観光業に役立っているのか、確定するのは困難です。しかし確かに私たちの修道院は有名になりました。特に海外においてです」
 とラルヒャー氏は語る。

 もしユネスコが世界遺産立候補地である、ミュスタイアの生物圏をスイス国立公園と共に認定したら、この地域の持続的な発展につながる。

皇帝に敬意を示して

 伝説ではカール大帝 は774年、ランゴバルト王国の戴冠の後に、吹雪の中にも拘らず生き残り、その感謝の意を込めて聖ヨハネ修道院を建設したとされている。

 ミュスタイアは戦略的に見て、東の方角 ( バイエルン ) へ勢力拡大していく上で有利な場所にあった。 

 他の伝説と同様に、この伝説にもほんの少しの事実が入り混じっているのだろう。修道院内の梁は正に、皇帝がランゴバルト帝国を征服した後、フェルティン地方 ( Veltin ) を抜けてウンブライル峠 ( Umbrail-Pass ) を越えて旅した時代のものだ。この時代以来、皇帝は修道院において聖人のように敬愛されている。かつて色彩豊かだった壮大なカール大帝の最古の像は十字架の横にある。色とりどりのステンドグラスや壁は、繁栄と古典文化復興の証だ。

「平らな壁でできた簡素な空間と、全体に彩色された天井でできた礼拝堂を思い浮かべることでこの建物の全体像が想像できます」
 とエルケ・ラルヒャー氏は説明する。柱や丸天井、聖歌隊席は1492年に付け加えられた。

財団の援助

建物のなかで最も古い修道院と礼拝堂の部分は、貴重なカロリング王朝の絵画集と共に8世紀以降に建築された。19世紀末、世界的に有名になったフレスコ画が発見されて以来、1947年から1951年の間にさらに行われた全体の発掘の後に修復作業にかかる出費は、修道院の手に負えるものではなかった。

この状況を克服するために、1969年5月16日に聖ヨハネベネディクト会修道院の財団が創設された。2003年にはプランタ塔の修復作業および、固定作業が終了した。これらの作業は、新しい修道院美術館の開設とともに完結した。

「この修道院には貴重な美術収集品だけでなく、文化的なもの、歴史や科学、伝統的な宗教の儀式など、さまざまな要素が共存しています。そして、修道女はこの修道院の存続のために必要な存在で、ミュスタイアの村にとっても重要な意味を持っています」
とラルヒャー氏は語る。
そこは、今も昔からの聖ベネディクト会の規則「祈り、働け」が毎日繰り返し実践される修道院なのだ。

 ミュスタイアは修道院創設当初から、キリスト教の精神が実現し、修道院生活を広く人々に伝える場所だった。今日、ここは観光客を魅了するだけでなく、現代の時間に追われた生活から離れて静寂と内省を併せ持つ、質素な生活を求める人々のための場所でもある。

 修道院の敷地内にはベネディクト会修道女の歌声が聞こえ、それ以外には日々の時間の経過を示す日時計が置かれているだけだ。

シュテファニア・ズンマーマッター、ミュスタイアにて、swissinfo.ch 
( 翻訳 白崎泰子 )

聖ヨハネベネディクト会修道院 ( Benediktinerkloster St. Johann ) 

聖ヨハネベネディクト会修道院 ( Benediktinerkloster St. Johann ) はカロリング王朝時代のキリスト教修道生活の復興の証とされる。

ミュスタイア谷 ( Val Müstair/Müstertal ) に位置するこの修道院 には、8世紀の時代を反映した数々の重要なフレスコ画が集まる。

礼拝堂にあるフレスコ画とスタッコ装飾は神聖ローマ帝国時代のもの。

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