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第63回ロカルノ国際映画祭 悲しくておかしい人生 


里信邦子, ロカルノ


心に深い傷を負うローズとレイモン氏は、自然にお互いを理解した (Keystone)

心に深い傷を負うローズとレイモン氏は、自然にお互いを理解した

(Keystone)

老人ホームに入りたくない老人と子どもを亡くした若い母親。心に深い傷を負う2人が出会って共鳴音を奏でる。

スイス映画「小さな部屋」は、誰もが経験する人生のドラマを、悲しくもおかしく描き上げた作品だ。

どこにでもある人生のドラマ

 ロカルノ国際映画祭のメイン部門である「国際コンペティション」には今年18本が厳選された。「小さな部屋」はその一つだ。「高い鑑識眼を持つ新アーティスティック・ディレクターの目に適ったのだと思うと、ただうれしい」と、初めての長編映画を制作したローザンヌ出身の2人の女優は手放しで喜ぶ。

 「小さな部屋」は、レマン湖岸を走る車中での老いた父親と息子の会話で始まる。恋人とニューヨークに移り住もうとしている息子は、出発前にすべてを片づけたい。そのため、住みなれたアパートで自活を望む父親を老人ホームに入れようとしている。亡くした妻の思い出を追いながら、最後の日々をどう迎えるか逡巡する父親。

 この老人レイモン氏を訪問し、介護を行っているのがもう一人の主人公、看護士ローズだ。 

 「小さな部屋」とは、実は赤ちゃんの部屋のことだ。スイスの若いカップルは特に初めての場合、小さなベッドやベビー箪笥などが整った小部屋を用意する。しかしローズの場合、この部屋は使われることがなかった。赤ん坊は胎内で8カ月目に死んだからだ。
 
 内面に深い傷を負うこの2人は自然にお互いを理解する。ある日、アパートで倒れたレイモン氏は老人ホームに一時入院。本人は自宅に戻るつもりでリハビリを続ける。ところがアパートに戻ったその日、そこにあったのは人生の軌跡が見事に消え去った空っぽの空間だった。息子がアパートを整理したのだ。

 その後、ローズの家に厄介になったレイモン氏は、赤ん坊との精神的決別を行うローズを助け、一方で自らの死を決意していく。映画はその後、2人目の子どもを身ごもったローズが、ある日レイモン氏の息子から送られてきた山の写真をアップに写す。レイモン氏は、死の最後の場に妻が愛したアルプスの山頂を選んだのだ。この写真に涙を流しながらも、夫のかける声に笑顔で振り向くローズの顔が大写しにされ幕が下りる。
 
 「悲しくおかしい映画だ。ローズとレイモン氏は徹底的に悲しい。しかし、おかしな場面も多くある ( 配給の弁当がまずいと食べないレイモン氏。しかしそれをローズが食べ出すと、ちょっと待って、少しは残しておいてくれと叫ぶレイモン氏のシーンなど) 。結局生きているのだから、悲しさの中におかしさがあるのが人生。そうした、どこにでもある人生のドラマを描きたかった」
 と2人の監督 ステファニー・シュア氏とヴェロニック・レイモン氏は話す。 

 2人は10歳の時に出会った幼友達。一緒に演劇の道を歩んだ。演劇にビデオを取り入れたのが切っ掛けで映画を始めた。脚本も、撮影もすべて一緒に「まるで1人の人間が4つの手を持っているように」行ってきた。

脚本を鳴り響かせる役者

 この話は観る人の誰もが経験する日常のドラマだ。
 「だからこそ、話しが平凡にならないよう、脚本を『鳴り響かせてくれるような』経験の深い役者が必要だった」
 
 レイモン氏役はフランスの名俳優、ミシェル・ブッケ氏が演じる。現在85歳の現役だ。
 「やさしいおじいちゃんというのではく、個性と強い意志をもった老人をイメージしていて、初めからブッケ氏しかいないと思っていた。しかし気に入ったものしか演じないブッケ氏が受け入れてくれるとは思いもしなかった」
 とシュア氏。

 ローズ役は若い女優フロランス・ロワレカイユ氏だ。彼女の表現はあまりにも自然なため、「演じているのではなく、そのままのあなたのようだ」と観客がコメントしたほどだ。
 「いくら映画はフィクションだといっても、現実に近い感情表現を追求した。観客が共感できるような自然な感情だ。大げさでも不自然でもなく、ちょうどピタリと合った表現ができる俳優。ミシェルとフロランスは、そのわたしたちの要求に応えてくれた俳優だった」
 とシュア氏は続ける。

内面を見つめる視線

 看護士ローズが、亡くした子どもの話をする時などに流す涙は、多くの観客の涙をさそう。
 「涙は自然に出てくる。その役に入り込むと悲しみの表情は自然に表れる。それはわたしではなく、神というか、何か不思議な力に押されたものだ」
 とロワレカイユ氏は言う。

 ミシェル・ブッケ氏との出会いは「まるで一目ぼれのような、出会ってすぐに調和を感じた」ものだった。大先輩の役者としての演技力には圧倒された。

 「彼の風景を見たり人を眺めたりする視線は強い。実は人も風景も見ていず、自分の内面を見ているからだ。亡くなった妻と過ごしたアパートを後にして、老人ホームに入ることなどできない。つまり人生の最後の時をいかに過ごすかという迷いに囚われている自分の内面を見つめているからだ」
 とロワレカイユ氏は述懐する。

 そう言う彼女も、亡くした子どもを葬りきれないまま自分の内面を見つめ続ける役を演じ切った。「結局この映画は、2人の人間の内面を見つめる視線で構成された映画だと思う」
  
 ところで、今回の映画祭の国際コンペティションに選ばれた18本は、「それぞれ強い個性を持った作品だ」とアーティスティック・ディレクターは強調している。では「小さな部屋」の個性とは何なのかとの質問に
 「映画はきれいな映像や音響効果も大切だ。しかしこの映画は、前述の内面を見つめる演技なども含め、俳優の表現力を最も大切にしたところが個性だと言えるだろう。それは、わたしたちが役者だからかもしれない」
 と2人の監督は答えた。

「小さな部屋」

2010年、スイス、カラー、87分
監督 ステファニー・シュア、ヴェロニック・レイモン
制作 ヴェガフィルム ( Vega Film、info@vegafilm.com )
キャスト ミシェル・ブッケ、フロランス・ロワレカイユ、エリック・カラバカなど

第63回ロカルノ国際映画祭

スイス、ティチーノ州ロカルノ ( Locarno )市で8月4日から14日まで開催。
ヨーロッパで最も古い国際映画祭として、また新人の監督やまだ知られていない優れた作品を上映することでも有名。
カンヌ映画祭などは、限られた映画関係者だけでの上映会であるのに対し、ロカルノは一般の客が映画を楽しみ、監督もその反応を感じられるという点でも異色。
ワールド及びインターナショナル・プレミアの作品のコンペ「国際コンペティション ( International Competition )、新鋭監督作品のコンペ「新鋭監督コンペティション ( Film-makers of the Present Competition ) などの部門がある。
今年は国際コンペティションに18本、新鋭監督コンペティションに19本が出品された。
国際コンペの1位に「金豹賞」が贈られる。
また、ロカルノ市の広場ピアッツァ・グランデでは、大型スクリーンの前に8000人近い観客を集め、一般に人気のある作品16本を上映する。

swissinfo.ch



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