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誕生までの道のり


スイス人と日本人デュオ、スイスの名曲をカバー




スイス・チューリヒを拠点にヨーロッパ各地で活動するエレクトロ・ポップ・デュオ。ボーカルのプーマミミさん(左)サウンド担当のティムさん(右) (brigittefaessler.ch)

スイス・チューリヒを拠点にヨーロッパ各地で活動するエレクトロ・ポップ・デュオ。ボーカルのプーマミミさん(左)サウンド担当のティムさん(右)

(brigittefaessler.ch)

スイスで名の知れた音楽家マニ・マッターの生誕80年を記念して先月2日、スイスで活躍する若手アーティストたちによる、マッターの名曲カバー・アルバムが発売された。その中に収められた20曲のうちの1曲は、スイス人と日本人エレクトロ・ポップ・デュオ「ティム&プーマミミ(Tim & Puma Mimi)」が日本語でカバーしている。その2人に、初の日本版マッターが誕生するまでのストーリーを聞いた。

 今回発売されたマニ・マッターの名曲が収められたカバー・アルバム「Und so blybt no sys Lied(彼の曲はこうしてまだ残っている)」に収録された20曲の中の「Ds Lotti schilet (Yorime no Lotti)」を歌うのは、チューリヒを拠点にヨーロッパ各地で活躍するエレクトロ・ポップ・デュオのティム&プーマミミ。スイス人のティムさんがサウンドを担当し、日本人でボーカルのプーマミミさんが歌うこの曲は、アルバムの中で唯一、外国語でカバーされた曲だ。

 「マニ・マッターはスイス人なら少なくとも一回は聞いたことのある名前だ」と言うティムさんは、小学生の頃の音楽の授業でもマッターの曲を歌ったと懐かしそうに話す。マッターがそのような国民的存在であるからこそ、彼の名曲をカバーするオファーをマニ・マッター財団から受けた当初は「何かの冗談かと思った」。

 そんなティムさんとは反対に、北海道生まれのプーマミミさんは「正直マニ・マッターはよく知らなかったので、そのすごさがわからなかった。申し訳ない…(笑い)。ティムとは違って『ふーん』って感じだったかな」と話す。「でもマッターの展示会には行ったことがあって、展示会になるような有名な人のカバーをするんだ、しかもその人の財団から頼まれるんだ、でもやっぱり…『ふーん』って感じだった」

 カバー・アーティストとして最初から採用が決まっていたわけではなかった。財団は他にも複数のアーティストに声をかけていたため、「選ばれる可能性は1%くらい。最初はどうせ無理だと思った」とティムさんは当時の心境を振り返る。

 曲のカバーはあまり得意ではないと話すティムさん。国民的シンガーソングライターのマッターの曲をカバーするプレッシャーはあった。しかし「自信はなかったが、挑戦してみようと思った」。カバー曲が採用されたことはとても「光栄」だと静かに話す。

原曲に忠実

 マッターがギターで奏でるメロディーとベルンの方言の歌詞はとても「シンプルだ」。ティムさんは、「マッターにエレクトロの色を加えつつ、マッター特有のシンプルさは残したかった」と言う。

 「ラジオで流れることなどを考えて、元々2分弱の曲を3分に伸ばしたかった。そのため、原曲にはないサクソフォンの演奏を入れたりして工夫した。でも余計な音を入れて『やり過ぎ』になるのだけは避けたかった。最終的に曲の尺は3分には至らなかったが、曲の出来上がりには満足している」とティムさんは話す。

 以前、別のアーティストの曲をカバーしたときには、原曲とは全く違った曲に仕上がったという。しかし今回は、マッターの原曲から大きくかけ離れてはいけないという思いがあった。

歌詞は「サウンド」

 原曲に忠実であることを心がけていたティムさんが大切にしたもう一つの点は、歌詞だ。ティム&プーマミミが歌う曲の8割方は日本語のため、「スイス・ドイツ語と全く異なる日本語で、マッターの曲の特徴である独特な言葉遣いの意味を変えずに表現できるのか、最初は正直わからなかった」とティムさんは話す。

 当初は大部分をスイス・ドイツ語で歌い、一部を日本語に翻訳する予定だった。しかし、実際にはこの二カ国語をミックスしたバージョンに加えて、全日本語バージョンのスケッチも提出した。驚くことに財団側からは、「全部日本語の方が良い」との声が上がった。こうして初の日本語版マッターが誕生した。

 「Ds Lotti schilet」の歌詞を日本語に翻訳したのはボーカルのプーマミミさんだ。「日本語では表現できない面白さがマッターの歌詞にはある。それを何とか伝えようと、今までで一番、歌詞の翻訳に力を入れた」と話す。

 プーマミミさんはスイス・ドイツ語よりも英語が得意だ。そのため、まずはティムさんがスイス・ドイツ語の歌詞を英語に直訳し、それを日本語に訳した。曖昧な箇所は2人で徹底的に意味を確認し合いながら翻訳作業を行った。また最後には日本語が得意なスイス・ドイツ語ネイティブのチェックを入れた。

 日本語ができないティムさんにとって、プーマミミさんの言葉は「楽器の一つ」。プーマミミさんも、歌詞は「サウンドの一部」だと言う。普段、オリジナル曲の歌詞を書くときは言葉の意味にとらわれず、言葉が持つ「サウンド」に身を任せる。しかし今回のカバーにあたっては、「元の歌詞の意味を変えず、メッセージを漏らすことのないように細心の注意を払った。それを限られた音節に当てはめなければいけなかった。歌詞を翻訳する難しさを再確認した」とプーマミミさんは語る。(歌詞は下記参照)

「好みの問題」

 こうして完成した日本語版「Ds Lotti schilet (Yorime no Lotti)」に対するスイスの反応は、賛否両論だ。

 ティム&プーマミミのフェイスブック上には「今回のアルバムの中で本当に良いと思える数少ない曲の一つ」という声が多く寄せられた。また、ベルン州の日刊紙ブントは、同アルバムに収録されている他のカバー曲と比べ、日本語版マッターは「見事な出来だ。この1曲だけのために、今回のカバー・アルバムを作ったかいがあった」と絶賛。バーゼル州の日刊紙バーゼラー・ツァイトゥングは、「レゲエとエレクトロがミックスされたサウンドはオリジナリティに溢れる。その心を掻き立てるようなサウンドのお陰で、外国語で歌われていることはあまり気に触らない」とコメントした。

 一方、ベルン州の日刊紙ベルナー・ツァイトゥングはスイス国民の「所有財産」であるマッターの曲が日本語に翻訳されたことに批判的だ。

 同紙の記者マリーナ・ボルツリさんはスイスインフォの取材に対し、「日本語はできないので判断できないが、訳が間違っているとは思わないし、結局は好みの問題だ」と前置きした上で、「(私と同様)日本語が全くわからない人にとって、ティム&プーマミミの曲は単なるメロディーに過ぎない」とコメント。ボルツリさんは「マッターの曲の全ては歌詞にある」と考え、日本語を理解できない人々にとっては「(曲の)意味が奪われてしまっている」と説明した。

皆さんは原曲の「Ds Lotti schilet」とティム&プーマミミのカバー曲とどちらが好みですか?日本語版のフルバージョンはこちらから試聴できます。皆さんのご意見をお寄せください。

マニ・マッター(Mani Matter

 本名はハンス・ペーター(Hans Peter)、1936年8月4日生まれ。音楽家、法律家。ベルン大学で法学を学び、65年に同分野で博士号を取得後、イギリスのケンブリッジ大学で教授資格を取るために勉強。70年からベルン市所属の弁護士を務めた。

 作曲は17歳のときから行い、60年にラジオ初出演。その6年後に最初のレコード(Zytglogge出版社)を発売。66、67年を中心に数々のコンサートを行った。

 チューリヒ州ラッパースヴィールでのコンサートに向かう途中で交通事故に遭い、72年11月24日に36歳で亡くなった。

ティム&プーマミミ(Tim & Puma Mimi)

 スイス・チューリヒを拠点にヨーロッパ各地で活動するエレクトロ・ポップ・デュオ。サウンド担当のティムさんはスイス出身、ボーカルのプーマミミさんは日本出身。2人は留学先のオランダで出会い、意気投合。2004年にティム&プーマミミを結成

 留学を終えてそれぞれ帰国した2人は、その後もインターネット電話のスカイプを通じて音楽活動を継続。当時、東京で働いていたプーマミミさんは出勤前の早朝に東京の台所からスカイプでライブに参加し、ヨーロッパのスタジオで相方のティムさんがサウンドを生演奏するなど、国境を越えた「生ライブ」を行った。このユニークな「スカイプコンサート」は、東京やニューヨークなどのメディアでも報じられた。11年に二人は結婚。それを機にプーマミミさんは活動拠点を日本からスイスへ移した。

 これまでにスイスをはじめヨーロッパ各地でライブを開催。過去に200以上のライブを行った。主な出演歴にモントルー・ジャズ・フェスティバル(2010年)、ザンクト・ガレン・オープンエア(13年)、「マニフェスタ11」(16年)がある。

 ティム&プーマミミの音楽は、二つの電極棒をキュウリに差し、スピーカーから独特な電子音を発生させるという、ユーモラスな方法で奏でられる独特なサウンドに特徴がある。

 12年にリリースされた6枚目のアルバム「The Stone Collection Of Tim & Puma Mimi」は第一週目でスイスの音楽チャート第55位入りを果たした。16年中に2枚のシングル、17年1月には8枚目のアルバムをリリースする予定。


「寄り目のロッティ」 日本語歌詞

歌詞翻訳 Puma Mimi

寄り目のロッティ 寄り目のロッティ
どこを見てるか誰にも分からない
寄り目のロッティ 寄り目のロッティ
(だから)ね

大悪党のアル・カポネ
拳銃使って世の中を
震え上がらせたものだけど
あの娘の武器はふたつの目

寄り目のロッティ 寄り目のロッティ
どこを見てるか誰にも分からない
寄り目のロッティ 寄り目のロッティ

普通のムスメの視線でも
全身震え上がるわけで
寄り目で二人狙うロッティ
その怖さは言うに及ばず

寄り目のロッティ 寄り目のロッティ
どこを見てるか誰にも分からない
寄り目のロッティ 寄り目のロッティ

あの娘が通りを歩いたら
男の背筋震え上がる
両目から情熱光線
二本の愛の矢交差する

寄り目のロッティ 寄り目のロッティ
どこを見てるか誰にも分からない
寄り目のロッティ 寄り目のロッティ

もちろん可愛いワケだけど
とっても危険な女のコ
寄り目の視線のその威力
普通の二倍の破壊力

「Ds Lotti schilet」 スイス・ドイツ語歌詞

作詞・作曲 Mani Matter

ds lotti schilet ds lotti schilet
niemer weis wos mit den ouge härezilet
ds lotti schilet ds lotti schilet, drum

wi dr al capone
wo, sovil i weis
früecher mal het ggulte
als staats nd nummer eis
und mit sym revolver
als ö entlechi gfahr
isch das meitschi gfährlech mit sym ougepaar

ds lotti schilet ds lotti schilet
niemer weis wos mit den ouge härezilet
ds lotti schilet ds lotti schilet, drum

wenn dir wüsst was froue- blicke mängisch chöi
dassʼs eim heiss im chopf wird und zittrig i de chnöi
dänket wi das lotti
würkt uf die wos gseh
äs mit jedem ougenufschlag preicht geng zwe

ds lotti schilet ds lotti schilet
niemer weis wos mit den ouge härezilet ds lotti schilet ds lotti schilet, drum

wenns dür d strasse louft de geits de manne schlächt
s hinderlat verliebti
linggs so guet wi rächts doppellöi g schiesst us lottis ougespil
amor syni pfylen über ds chrüz i ds zil
ds lotti schilet ds lotti schilet
niemer weis wos mit den ouge härezilet
ds lotti schilet ds lotti schilet, drum

s isch es hübsches meitschi das mues men ihm la
aber wenn ders trä et dänket doch de dra
s isch zuglych es gfährlechs
gfährlechs meiteli
zwöimal meh no als es d froue süsch scho sy


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