スイスの視点を10言語で

スイスのカーニバル・マスク

スイスのカーニバルに使われるマスクを、リートベルク美術館が展示。 Keystone

チューリヒのリートベルク美術館は、創立当初からスイスのカーニバルで使われるマスクのコレクションを長い間育んできた。5月17日から10月18日まで、南インドの宗教儀式用のマスクの展覧会と並行させ、数多いコレクションの中から選りすぐった「スイスのカーニバル・マスク展」が開催されている。

リートベルク美術館はスイス以外の美術のコレクションで海外でも高い評価を受けている。ジャンルの違いから「非常にエキゾチック」であると位置付けられるスイスのマスクを紹介する今回の企画は、同館の意外な一面を知らしめる機会となった。

アフリカにも負けないエキゾチック

 「日本の能面コレクションに代表されるように、リートベルク美術館にとってマスクは主要なテーマの1つ。当館のコレクションの根幹を作ったコレクター、エドヴァルト・フォン・ハイト氏にとって、スイスのカーニバルで使われたマスクは、異国の美術と同じように 魅力的だったのでしょう」
 とアルベルト・ルッツ館長は語る。リートベルク美術館 ( Museum Rietberg ) の別館「ヴェーゼンドンク館 ( Wesendonck ) 」に展示されたスイスのマスクはアフリカや南太平洋など他国のマスクとの区別がつかないほど、この美術館にマッチしている。

 カーニバルの起源は古代までさかのぼる。中世にはカーニバルに関する記録も残っているものの、マスクを保存しておくという習慣はなかったという。そのため、現存するマスクはその芸術的評価を得た近代になってから収集されたものに限られている。

 1990年までスイスのマスクのコレクションと言えば「まさにフォン・ハイトコレクションだった」。その後、スイスマスクの美術性が注目されオークションにも多くのマスクが出品された。リートベルク美術館は積極的に買い足し、全国からの寄贈もあったことで、現在その数は倍増したという。

 今回展示されているのはその一部で、伝統があり重要とみられるヴァリス/ヴァレーのレッチェン谷地方 ( Lötschental ) 、東部スイスのザルガンツ地方 ( Sarganz ) 、中央スイス ( Innerschweiz ) のカーニバルで使われたマスクを中心に絞られている。 

地方性豊かなマスクを比べる

 レッチェン谷のカーニバルのマスクはスイス国内外で、広く知られている。
「レッチェン谷のカーニバルは最古で、マスクも最古であり、唯一の本物のカーニバルがあるといった言い伝えはすべて間違い。彼らはカーニバルをうまく利用して地方のイメージアップができただけ。マスクは非常に原始的なデザインだが、コレクションにあるマスクは20世紀初頭のものだけです」
 と、展覧会の企画をしたキュレーターのエディット・リッケンバッハ氏は指摘する。1939年のスイス博覧会で「チャゲッタ ( Tschäggätä ) 」と呼ばれるレッチェン谷のマスクが「スイスの原点」として展示されたことから、そのイメージが植え付けられただという。原始的で、笑いを浮かべる悪魔を思い起こさせるマスクは、アフリカや南太平洋のそれと区別をつけるのは難しそうに見える。

 一方、中央スイスのカーニバルで使われるマスクは、もっとも人間の顔に近く写実的だ。
「ルツェルン市のカーニバルのマスクは、実際の人間、政治家などを風刺しパロディー化したものが多い」
とリッケンバッハ氏。白い顔でほほが赤く眼鏡をかけているのは、工場主のパロディーだという。豚のマスクは市長を風刺したもの。また、シュヴィーツ市( Schwyz ) のカーニバルで人気の寸劇「ヤパネーゼン」に使われた、細いひげを生やした「日本人」のマスクも展示されている。

庶民の表現力

 ザルガンツ地方のフルムス ( Flums ) のマスクの特徴は、表情の豊かさにある。中でも特に注目したいのは、アルベルト・アントン・ヴィリが20世紀前半に制作した一連の作品だ。ヴィリは難聴の上、スイスの4つの国語の1つであるロマンシュ語しか話さず、他人とのコミュニケーションも希薄だったが「自分の内面をマスクによって表現した」とリッケンバッハ氏。恐怖、笑い、怒りを強調し、作者自ら鏡に向かって口を大きくゆがませ、人間の表情を研究していたことがうかがわれる写真も残っている。ヴィリのマスクは今回の展示の中で唯一、実際にカーニバルでは使われなかったものである。

 カーニバルはキリスト教が定める四旬節の直前、無礼講が許される時期だ。庶民は踊り、男女が出会う場としての役割もあった。そこで着けたのがマスクだ。スイス人も宗教的、社会的規制から解放された時、風刺心を発揮し、創造力と感情豊かな表現力でフォークロア文化に花を咲かせることができるのだという発見もできるのが今回の展覧会だ。

佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) swissinfo.ch

「マスクの遊び スイスのカーニバル ― マスク―インドの儀式展」(Spiel der Masken Schweizer Fastnacht – Indische Rituale)」 5月17日から10月18日まで、リートベルク美術館 開館時間 火~日曜日10~17時、水、木曜日は10~20時まで。入場料 特別展と常時展16フラン ( 約1370円 ) 行き方トラム7番、Museum Rietberg 下車

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部