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スイス人ボンドガールも70歳に

これが有名なビキニ・シーン

(Keystone)

ウルスラ・アンドレス。彼女ほどハリウッドで成功したスイス人女優もいないだろう。007シリーズ第一作目のボンドガール。初めて彼女がビキニ姿で登場した時は世界中の男性ファンのため息を誘ったものだ。

そんな彼女も今年で70歳になる。スイス政府は5月、スコットランドの首都、エディンバラの郊外で豪華ヨットを借り切り、この往年の女優の誕生日を祝う。

 スイスのイメージを世界に売り込む公的機関、プレゼンス・スイスのディーター・ボーラー共同事務局長によるとウルスラ・アンドレスはスイスの宝だ。「スイスが誇るハリウッドスターの70歳の誕生日を盛大に催します。そんなにあることではないですからね」

在スコットランド・スイス領事館開館式

 アンドレスの誕生日パーティは、在スコットランド・スイス領事館開館のセレモニーに合わせて行われる。「これは政治的に非常に重要なイベントなのですが、通常、このような催しにメディアをひきつけるのは簡単なことではありません」とボーラー氏は語る。ここで往年の女優にもう一活躍してもらおうと言うわけだ。

 プレゼンス・スイスのヨハネス・マティアッシ会長は語る。「ウルスラ・アンドレスは長い間、スイスの民間大使のような存在で、スイスの良いイメージに貢献してきました。スイス政府は彼女にオスカーを授与するわけではありませんが、彼女のこれまでの貢献に感謝の意を表したいと思ったのです」

 誕生日パーティは、以前英国王室が所有していた豪華ヨットで盛大に開かれる。

ベルンっ子がハリウッドに進出するまで

 アンドレスは1936年にベルン郊外のオスタームンディゲン(Ostermundigen)に生まれた。彼女のマネージャーによると、アンドレスは今でもしょっちゅう里帰りするという。彼女の2人の姉妹がまだここに住んでいるのだ。

 彼女は、現在、女優を引退してローマに定住している。家の大きな庭で園芸をしたり、華やかな生活を彩った数々の写真を整理したりして悠々自適な生活をおくっているそうだ。モナコにもまた別宅を持っている。

 彼女が6人兄弟のにぎやかなベルンの家を離れて、俳優の恋人とイタリアに向かったのは17歳の時だった。そこで最初の映画に端役で出演したが、それがハリウッドの重鎮、マーロン・ブランドと知り合うきっかけとなった。彼女はブランドの恋人になったとも報道されたが、とにかくこの出会いがきらびやかな世界のドアを開いたのだった。

 米国大手映画会社、コロンビア・ピクチャーと契約を結ぶと、ほとんど何の経験もなかった新人女優はハリウッドに渡り、1957年にはジョン・デレックという俳優と結婚した。

その時歴史が作られた

 5年後、彼女をクリーム色のビキニと共に有名にしたジェームズ・ボンドの映画が封切られる。1967年公開の『ドクター・ノウ』だ。当時はまさかこのシリーズが今まで続く世界的ヒット・シリーズになるとは思われていなかった。アンドレスはこの映画シリーズの最初のボンドガールだ。彼女のビキニ姿はルネッサンスの「ビーナスの誕生」にもたとえられ、今でも「映画史上最も有名なシーン」として映画ファンの投票では必ず登場する。

 1960年代、アンドレスはエルビス・プレスリー、ディーン・マーティン、フランク・シナトラと次々と共演する大スターとなった。その後、活躍の場はイタリアに移したが、彼女のファンは44年経った今でも世界中にいる。

 2001年に行われたオークションでは、彼女が着たクリーム色のビキニが3万5000ポンド(716万円)で落札された。

swissinfo、ファイヤル・ミルツァ 遊佐弘美(ゆさひろみ)意訳

キーワード

インターネットで「ウルスラ・アンドレス」と検索すると100万件以上のウェブサイトにヒットする。
アンドレスは1936年3月19日にベルン郊外で生まれた。

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