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スイス料理は田舎料理

ベネディクト修道院アインジーデルン修道会の煮込み。中世から伝わる宗教色たっぷり?のスイス料理

代表的なスイス料理をドイツ語圏のスイス人は「レーシュティ」と考えている。じゃがいもを目の荒い卸金で卸しフライパンで焼き、その上にとろけるチーズをのせたり、ベーコンとあわせたりする。一方フランス語圏では、フォンデューやアザミ科の野菜カルドンのグラタンが典型的なスイス料理であると思われている。

スイス料理とは何か。そもそも、スイス料理というものがあるのだろうか。スイス政府観光局の協力を得、このほど『スイス料理 ( Schwiizer Chuchi ) 』を編集し出版したガブリエラ・ザイデル氏に聞いた。

素朴な郷土料理

 「スイスにはそれぞれの地方に、独特な郷土料理があります。ジュネーブの人は、スイス西部のコンスタンツ湖周辺で食べる料理を、スイス料理とは思わないでしょう。ジュネーブの人はジュネーブの料理をスイス料理だと思っているわけです」
 ザイデル氏はこう語る。それぞれの州に独特の料理があるので、その種類は実に多い。牧草地の多いジュラ地方ならチーズとワインを使ったレシピ。ブドウの収穫祭に出される。ベルナーオーバーラントなら乳製品も多く使うが、牛のタンの煮込みといった濃厚で荒削りな料理。南部ティチーノ州は農耕地がやせているため素材に制限があったことから、簡単で素朴な料理。しかし、イタリアからの影響を受けハーブを使うといった特徴がある。

 地方によってさまざまな特徴があるが、一貫して言えることは「田舎料理」だということ。フランス料理に代表される王室料理から発した高級料理 ( Haut Cuisine ) ではない、農家で作られるような素朴な料理がスイス料理だ。

 とはいえ「アルプスの少女ハイジ」はチーズとパンとミルクで満足していたという想像は間違いだとザイデル氏は言う。農家では、仕事分担がはっきりとしており、大勢の人を食べさせることを一日中考えていた人がいた。そこに、料理の工夫が生まれた。固い肉をワインに漬けることで柔らかくする、作り方は簡単でも準備に7時間もかかるような料理も発達していったのだという。

残り物料理

 スイス料理の素材は、素朴だ。乳製品、地元で採れる野菜や穀物。肉でもソーセージや煮込み用の肉など比較的安いものが好まれる。また、中世のスイスは、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼の道が通っているヨーロッパの中心に位置し、巡礼者を通して周辺諸国から素材が入ってきた。パスタもハードチーズも比較的早期に流入し、スイスに定着していった。スイス料理に頻繁に使われるジャガイモは17世紀後半にスイスに入って来た。アールガウ州の郷土料理「シュニッツ・ウント・ドゥルンダー ( Schnitz und drunder ) 」は、スイス風の肉じゃが。三枚肉の代わりにスモークドベーコン、しょう油の代わりにブイヨンを使い、砂糖と干したリンゴで味付ける。

 『スイス料理』に紹介されている料理の中で、最も簡単な料理の一つが「ラメカン ( Ramequin )」 。残り物を利用した料理だ。薄く切った白パンをトーストし、白ワイン、ミルク、溶いた卵、チーズでグラタンにする。固くなったパンを利用することもできるフランス語圏の家庭で好まれる1品。「残り物料理」という単語もあるほど、捨てることを好まないスイスの文化から生まれた。
「残り物料理というと、昔はあまり良いイメージではありませんでしたが、スイス料理の特徴でもあります」
 とザイデル氏は明かす。ジャガイモを一度に大量にふかし、次の日はレーシュティにするといったことは、よくある。

レトロ志向

 カリスマコックが干し草や山に降る雪を使うといった新しいスタイルのメニューを開発する一方で
「スイスは今、スイスの原点に戻ろうとするレトロ志向があります。レストランでもちょっと田舎っぽく、格好が悪い料理がトレンディーです」
 こうした背景からザイデル氏は300品以上のスイス料理を集結した本『スイス料理 ( Schwiizer Chuchi/Cuisine Suisse )』を編集した。スイス観光局には地方の特色の執筆を依頼した。伝統的なレシピのほか、料理専門の出版社「ベティ・ボッシ ( Betty Bossi )」がスイスの素材を活用してクリエイトした現代スイスの食社会に即したオリジナル料理も紹介されている。

 さて、スイス料理と言えばレーシュティと即答した一人のマルティン・ミューラーさん ( 32歳 ) 。レーシュティがその昔、野良仕事をする前に食べる朝食だったと知って納得顔。ミューラーさんはドイツ語圏の純粋なスイス人一家だが、半分以上がパスタなど、イタリア料理が食卓に上がるという。
「もっとも、4歳になる子どもがマクドナルドに行きたがって、1カ月に1度に制限するのがやっと」
 スイスの食文化がファストフードに侵されていく中
「母親が料理をしないので、今の若者たちもスイス料理の作り方を知らない。そのような現代、スイス料理の本の需要は高い」
 とザイデル氏は語った。

佐藤夕美 ( さとうゆうみ ) 、swissinfo.ch

2009年ベティ・ボッシ出版
36.90フラン ( 約3300円 )
ドイツ語版/フランス語版/英語版がある。
注文はベティ・ボッシのサイトから。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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