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タンドーリに恋しちゃだめなの?

映画「タンドーリ・ラブ」。ユングフラウでたわむれる舞姫 Cobra Film

インド料理のカレーやタンドーリに恋してはいけないと誰も言ってはいないが、「スイス初のボリウッドスタイル映画」、「タンドーリ・ラブ」のオリバー・パウルス監督はあえて恋愛とタンドーリという異質な組み合わせを、映画の題材に選んだ。

異文化の衝突を描いたこのコメディー映画は8月16日、チューリヒで初公開された。この映画は興行的に成功すると確信するパウルス氏は「17年前にインドの村でボリウッド映画を観ていたら、突然スイスがスクリーンに出てきたのです!」と映画制作の経緯を語る。

引き出しにしまっておいたタンドーリ

 「その当時、ボリウッドがスイスで映画を撮っているなんてまったく知りませんでした。今でも知らない人が多いと思います。しかしそれからというもの、インド文化をスイスの山の中に持ってきて、スイスとインドの2つの文化の偏見と考え方が衝突する様子をコメディーに仕立てたら面白いだろうと考え始めました」 

 インドの映画監督はアルプスにずっと興味を抱いてきた。そして実際、インド人の映画クルーの方がスイス人のクルーより、毎年スイスでたくさん撮影を行っている。しかし、38歳のパウルス氏は、数年前までこの映画のプロジェクトに周囲の興味を引き付けるのは、「全く不可能」だったと言う。

 2001年のロカルノ映画祭でクリケットを題材にした長編「ラガーン」が一般観客賞を受賞して以来、ヨーロッパ人のボリウッドに対する興味が高まった。そして3年前にパウルス氏は映画のアイデアを再び「引出しから取り出し」、脚本を書き直した。
「世界中でボリウッドより商業的な場所はほかにありません。ボリウッドと比べたらハリウッドは芸術品の製作工房のようなものです! しかしボリウッドには、ヨーロッパのドラマよりも感動させられる映画がたくさんあります。私はこの感動を取り出して、ヨーロッパスタイルの映画でヨーロッパ人に伝えたいと思ったのです」

タンドーリにもチャンスをおくれ

 「タンドーリ・ラブ」は、スイス、ドイツ、オーストリアが430万フラン( 約4億3200万円 ) の製作費をかけて共同制作した。スイスに映画撮影に来たインド人のプリマドンナ女優のお抱え料理人が、風光明媚なインターラーケンのレストランで働く、美しいが婚約者のいるウエートレスと恋に落ちるという物語だ。ボリウッド映画を観るのに、筋書きを予想する必要はない。たくさんの脇役に囲まれた主役が、歌い踊りながら恋の三角関係から抜け出てハッピーエンドに向かっていくことが容易に分かる。

 しかしパウルス氏は、主人公の男性が愛するヒロインの足元で熱唱を続けるボリウッドスタイルは、ヨーロッパ人にとっては飲みなれないインド紅茶「チャイ」のようなものであることを承知している。
「ボリウッド映画によくある歌とダンスシーンの連続は、大半のヨーロッパ人の好みに合わないかもしれません。そこで、われわれはヨーロッパ人の観客にとって受け入れやすくなるように作り変えました。例えば、最初のダンスシーンが突然始まると、主役の女性が彼女のために歌っている男に対して不快感を示します。観客と同様の反応を、彼女も表すようにしました」

 さらに、ドイツの作曲家2人がインド風のバックグラウンドミュージックを作曲し、スイス在住のブラジル人がダンスの振付をした。
「ターゲットは主にインド人ではなくヨーロッパ人の観客なので、これでダンスと音楽に対して違った見方が出てくるようにしました」

タンドーリには失恋しない

 自国の観客をよく理解していないスイス人プロデューサーや監督は、近頃商業的に失敗ばかりしている。「人形を使った反資本家物語」と酷評された「マックスとその仲間たち (Max & Co.) 」もその1つだ。3000万フラン ( 約30億円 ) というスイス映画史上最高の製作費を投じたにもかかわらず、入場者数は3万人だった。

 パウルス氏は、もっと広い範囲の観客を見ている。
「『タンドーリ・ラブ』はロマンチックなラブ・コメディーですが、旅行が好きで、外国文化や美味しい料理に興味のある人に受けるでしょう」

 この映画の原版ではスイス・ドイツ語、英語そしてヒンディー語が使われている。ドイツでは、スイス・ドイツ語が標準ドイツ語に吹き替えられ、英語とヒンディー語には字幕がつけられることになるだろう。

 映画の撮影は、スイスで7週間、ドイツで1週間、そしてインドで1週間行われ、非常にうまくいったとパウルス氏は語った。
「インドの映画市場は、全く異なるルールで動いている全く異なる市場です。インドで先に公開しませんでしたが、もちろんいずれ上映するつもりです。しかしこの映画は、ヨーロッパの観客に向けて作られたものです」

タンドーリなら優しく愛してくれる

 実のところ「タンドーリ・ラブ」の設定は、第2次世界大戦後にドイツ語圏の国々で人気があった「祖国映画 ( Heimatfilm ) 」 とそう変わらない。それらの映画の舞台は、現実生活の危機、つまり戦争に冒されていない、センチメンタルで素朴な道徳観が生きているアルプスの世界だった。

「1960年代の祖国映画とボリウッド映画、特に1980年代と1990年代のボリウッド映画にはたくさんの共通点があります。しかし異なる点もたくさんあります。例えばキスはもはやタブーではありません。ヤシュ・チョプラ ( 映画の舞台としてのスイスの人気を高めたボリウッドの映画監督 ) の最近の作品の中には26回もキスシーンがあり、それを宣伝に使っています」

「タンドーリ・ラブ」でもキスシーンがあるのだろうか?「あります。家族向けのコメディーなので、セックスシーンはありませんが、キスシーンはあります」

swissinfo、トーマス・スティーヴンス 笠原浩美 ( かさはら ひろみ ) 訳

は1969年にソロトルゥン州 ( Solothurn ) のドルナッハ ( Dornach )で生まれた。
バーゼルの美術大学で学んだ後、ドイツのバーデン・ヴューテンベルク映画学校(Filmakademie Baden-Württemberg ) で演出と脚本を学んだ。
1995年にマックス・オフェルス 賞を受賞。
ジャン・ルーク・ゴダール、ロベルト・アルトマン、コーエン兄弟、デビッド・リンチ、エミール・クストゥリッツア、ロマン・ポランスキーに続き、2005年にスイスのたばこ「パリジェンヌ・ピープル ( Parisienne People ) 」のコマーシャルの演出を依頼された。 
「タンドーリ・ラブ」は8月16日にチューリッヒで初公開された。スイス国内での一般公開は1月から。

ボリウッドは、ムンバイを基盤としたインドの映画産業の一部に対する非公式な名称。
「ビジネス・ウィーク」誌によると、2001年にボリウッドは1013本の映画を製作し、36億ドル ( 約3950億円) の売上げがあった。インド映画産業の世界での収益は13億ドル ( 約1430億円 ) 。映画1本当たりの平均製作費は約150万ドル ( 1億1700万円) で、約50万ドル ( 約5500万円 ) が宣伝費に使われる。
一方ハリウッドは同時期に、平均4770万ドル ( 約52億3300万円 ) の製作費及び約2730万ドル ( 約29億9500万円 ) の宣伝費をかけて、739本の映画を製作した。合計26億枚のチケットを販売し、世界での収益は510億ドル( 約5兆5900億円 ) 。
ボリウッド映画の筋書きは、メロドラマ風のものが多い。両親の反対にあう薄幸の恋人たち、犠牲、汚れた政治家、誘拐犯、悪者を見て見ぬ振りをする人間、運命のいたずらで長い間離れ離れになった兄弟や肉親、ドラマチックな運命の逆転、都合の良い偶然など、ありふれた筋書きを使っている。

青々としたアルプスの草原、白い山頂、光り輝く鉄道と、写真のような山小屋を持つスイスは、調べにのせて愛の告白を歌うボリウッド・スターにとって理想の舞台。
歌の場面は従来、インド神話で一般的なあこがれの地であるカシミールで撮影されてきた。しかし政治不穏やパキスタンとの国境紛争のため、カシミール渓谷での撮影はほとんど不可能になり、完璧なインフラと山々があるスイスが最も人気の高い代替地となった。
最近では、余裕のある人々がスイスというパラダイスを訪ねるようになった。リギ山やティトリス山の頂上でお気に入りのアイドルの歌を歌うためにスイスを旅行する中産階級のインド人が増えている。

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