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ニキ・ド・サンファル と「ナナ」シリーズ

Keystone

現代を代表する女性彫刻家ニキ・ド・サンファル。おしどり夫婦で有名だった夫、スイス人の彫刻家ジャン・ティンゲリーと共作したパリのポンピドゥー・センター広場の噴水を思い浮かべる人も多いだろう。

このコンテンツは 2004/08/09 20:22

ポップ・アーティスト、フェミニストとしてすでに60年代に名声を博した。特にポリエステルでできたカラフルで豊満な女性像「ナナ」は彼女のトレードマークとして世界的に有名になったが、スイスで受け入れられるには時間が掛かったようだ。

ニキ・ド・サンファルはフランス‐アメリカ人として知られているがスイス国籍も取得。スイス人彫刻家ティンゲリーと40年間も連れ添い、フリブールで彼と共に働いたことは、あまり知られていない。フリブールにはジャン・ティンゲリー&ニキ・ド・サンファル展示館がある。

ストックホルムでの「巨大な娼婦」の成功

ニキを世界的に有名にしたのは、1966年ストックホルムの近代美術館で展示した世界一巨大な娼婦だ。この横たわる巨大な女性像「ホン(彼女)」は長さ27メートル、6トンもあり、開いた足の間から胎内を巡れるようになっている。「ホン」の膣のトンネルを10万人の訪問者が通り抜けたという。

この肥大化した彫刻は女性を第一線から退ける社会への批判でもあった。

スイスでは反応がいまひとつ

国際的には「ホン」は熱狂的に受け入られたがスイス人は狼狽した。この彫刻に対し、ベルンの新聞は「淫らな妄想」とか「途方もない粗悪品」と評し、読者からも抗議の声が上がった。

スイスでは、1956年にニキの最初の個展が、1964年からも展覧会がいくつか開かれたにも関わらず、メディアの反応は良くなかった。スイス人にとって、ニキは一人前のアーティストとしてでなくティンゲリーの共同制作者、または助手としてしか映らなかったからだ。

ティンゲリーの魔法

彫刻家ジャン・ティンゲリーがニキに与えた芸術的影響は多大だった。彼が絵を描いていたニキに彫刻の魅力を目覚めさせたのだ。1955年、パリで二人が出会った年は彼女にとって大きな転機だった。

美術史家、マルガリット・ハンローザ氏は「ティンゲリーがニキに彫刻の秘密を教え、紐と鉄の破片でどうやって石膏の構造を支えるかを手ほどきした」と書いている。ニキは夫に魔法をかけられたようだったと。

ティンゲリーとニキの結びつきは芸術面だけにとどまらなかった。出会ったあと、ニキは夫と子供2人をおいてティンゲリーと同棲した。60年代には二人はラウシェンバーグ、イヴ・クライン、セザールやアルマンなどのヌーヴォー・リアリズム(新しい写実主義)の前衛芸術家グループに参加した。

ナナシリーズで世界的に有名に

ニキの名声を確かなものは「ナナ」シリーズだった。巨大な極彩色の女性像は時として天使だったり、女神だったりするが、いつも宙を浮いているように見える。この豊満な体は妊娠していた友人を見て思い付いたという。ナナによって彼女は男達が支配する世界にしなやかに抵抗しているエネルギー溢れる女性像を創造したのだ。

ペーター・シモーニが撮影した彼女のドキュメンタリー『美しい獣(ひと)』(1966年)でニキは「男性はとても創造的です。工業時代の様々な機械を作りましたが、世界をどうしたら善くできるかなどといったことは想像できないのです」と語っている。

ニキは自らの芸術に殺されたとも言える。ポリエステルの像を作る際に出るガスが原因で患った肺の病気で2002年5月享年71歳で亡くなった。

カタリン・ホーレンシュタイン、 屋山明乃(ややまあけの)意訳

キーワード

ニキ・ド・サンファルの作品が見られる場所はスイスではチューリヒ中央駅、フリブールのジャン・ティンゲリー&ニキ・ド・サンファル展示館など。日本には那須高原にニキ美術館がある。

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補足情報

<ニキ・ド・サンファルの略歴>

1930年:アメリカ人の母とフランス貴族で銀行員の父の間にフランスで生まれる。7歳の時に米国に移住。11歳の時に父親から近親相姦に合う。
1948年:アメリカ人作家ハリー・マシューズと結婚。娘と息子に恵まれる。美貌がかわれて「ヴォーグ」や「ライフ」などのファッション雑誌のモデルを務める。
1950年:神経衰弱にかかり入院した後、絵を描きはじめる。
1956年:彫刻家ジャン・ティンゲリーとパリで出会う。
1960年:絵の具を埋め込んだレリーフを撃つ「射撃絵画」のパフォーマンスを開始する。マシューズと離婚。
1966年:ストックホルム現代美術館にて胎内巡りのできる横たわる女性像『ホン(彼女)』を展示し、注目を浴びる。
1971年:彫刻家ジャン・ティンゲリーと再婚し、スイス国籍を取得。
1978年:ガウディのグエル公園(バルセロナ)に触発されてイタリアのトスカーナ地方にタロットカードをモチーフとした「タロット・ガーデン」の建造を始める。20年をかけて完成させる。
1982年:パリ市の要請によりポンピドゥー・センター広場に噴水彫刻をティンゲリーと共同で作製。
1991年:夫ティンゲリー死去。
2000年:高松宮殿下世界文化賞を受賞。
2002年:米国、カルフォルニア州サンチィエゴで死去。享年71歳。

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