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ベルナール・チュミ 建築を語る

今年6月に開館したアテネのアクロポリス美術館の設計者、ベルナール・チュミ氏に同美術館建設での体験や建築に対する考えを聞いた。

スイス生まれでスイス、フランスの国籍を持つチュミ氏は、現在ニューヨークとパリに建築事務所を持ち世界の舞台で活躍する。アクロポリス美術館、サンパウロ現代美術館、フランスのリモージュ・コンサートホールなど、イベントが行われる建築物を多く設計しているチュミ氏に、こうした建物を中心に考えを語ってもらった。

 チュミ氏にとって、建築物を取り巻く 周囲の環境や歴史的背景 (コンテキスト ) は、建築の使用目的や建築そのもの ( コンセプト ) と強い相互関係 ( インターアクション ) で結ばれている。例えばコンテキストを無視してのコンセプトはあり得ない。

 進行中の考古学現場の上に建設せざるを得ないなど、今回のアクロポリス美術館建設は、絶えずこのコンテキストとの戦いを強いられた。その戦いはまた、チュミ氏に建築に対する新しい考察を促したという。

 アクロポリス美術館は1階のガラス張りの床から地下の考古学現場を覗き、2階では「森の木立ち」のように配置されたギリシャ古典時代の彫刻を鑑賞し、最後の階では光溢れる四方360度がガラス張りの空間から、丘の上のパンテオンやアテネの街を眺められる。

swissinfo.ch : アクロポリス美術館の一番大切な材料は光だと言っておられますが、これはどういう意味でしょう。

チュミ : 建築にはさまざまな材料があり、これでアイデアを実現していくわけですが、光も材料の一つです。しかし、光は、上手に使い「それを歌わせる」ことが難しい材料です。

もちろん人工光が美しい建築もありますが、アクロポリス美術館には、自然光で見るべき彫刻がほとんどだということ、またアテネには「アテネ風」という崇高な光が溢れており、一日のある時間には、美術館に入り込む自然光だけで彫刻が完璧に見えることを理解しました。

そこで、自然光をそのまま入れたり、フィルターをかけたり、天井から自然光を取り入れるなど工夫を行い、光を最大限に材料として使ったのです。入場者は薄暗い光のロビーから徐々に2階のギャラリー空間に着き、8メートルの天井から降りそそぐ光がその上に優しく反射する彫刻群を鑑賞し、最後の3階では四方ガラス張りの空間に溢れる自然光の中で、パンテオンのフレーズを見、同時に丘の上のパンテオンやアテネの街を眺めるのです。

swissinfo.ch : 美術館の訪問者と建築物は、このアクロポリス美術館でもそうですが、お互いに影響し合っています。こうしたことが起こる建築の内部空間とは、何でしょうか。

チュミ : 建築の内部空間とは、建築の魂です、たとえば3人の訪問者と100人の訪問者とでは、空間は全く違ってくるように、空間の使い方と建築空間は影響し合い絶えず変化している。この変化を劇に例えるなら建築家は舞台監督のようなものです。

フランスのルーアンとリモージュに建てたコンサートホールは、実は使用目的 ( コンセプト ) は同じだったので、同じ円形で、ロシアの人形のように、中にもう一つ円形の壁が包む劇場空間を設計しました。しかし、ルーアンは高速道路のそば、リモージュは樹齢200年の木々が茂る森のそばと、いわば周囲の環境 (コンテキスト ) が全く異なっていたため、前者は外装を鉄鋼とコンクリート、後者は外装をガラス、内部のもう一つの壁を木にしました。

こうした場合、内部空間を歩く人々の感覚は二つの建物でまったく異なります。前者は鋼鉄などによる力や強さを感じ、後者は透明な外装のガラスとコンサートホールを包む木の壁の間の空間、そこにバーなどがある空間を歩くと不思議な空間感覚を体験します。光も、リモージュでは昼は外から差し込み、逆に夜は中から外を照らす丸い巨大な不思議な提灯のようなものに建物が変化します。

要するに、建築には周囲の環境 ( コンテキスト ) と建築物そのもの、建築とそれを使う人、建築の細部の要素間などでインターアクション ( 相互関係 ) があるべきものなのです。

swissinfo.ch : もう一つ美術館の例として、サンパウロ現代美術館がありますが、「現代美術とは街の反映であり、この美術館はそうした作品を包み込む」と書いておられますが。ここで起こる建築空間、作品、鑑賞者などのインターアクション( 相互関係 ) はどのようなものですか。

チュミ : 時に建築は歴史的な建物からインスピレーションを得るものです。サンパウロの美術館の場合、わたしはグーゲンハイム美術館からヒントを得たのです。

ニューヨークのグーゲンハイム美術館は、崇高なすばらしい美術館でわたしの大好きな作品です。しかし、セントラルパークに面しているにも関わらず、窓がないため訪問者はまったく外を見ることなく、渦巻き状のスロープを上って各階の展示場に行きます。

サンパウロではこの反対をやろうとしました。つまり、3階の各展示スペースをつなぐスロープを外につけました。こうして現代美術の鑑賞者は、作品を見ながら同時にサンパウロの街も見られる。作品は間接的に再び街と向き合うのです。

swissinfo.ch : ところで、長年大学で建築を教えられましたが、アメリカの学生とヨーロッパの学生では違いがありますか?

チュミ :  アメリカの学生は8割が郊外に住み、街というものを知りません。ところがヨーロッパの学生は街というものを知っている。そのため、アメリカの学生は建築といえば、建物を ( 何もない空間に ) 次々に建てて行くものと考え、ヨーロッパの学生は建物と建物の間の空間を埋めて行くという風に思っており、そこが異なるため、教え方に注意が必要です。

情報交換レベルでは、インターネットのせいでグローバル化し、形に対してのアプローチなどは完全にインターナショナルです。

ただ、インターネットのせいで建築雑誌も少なくなりつつある。そうすると建築の読み取り方も違ってくるのではと懸念しています。例えば若い建築家では、イメージが最も大切なものになり、視覚的インパクトしか考えていません。建築がイッセイミヤケやシャネルといったファッションに近づくことは考えものです。

swissinfo.ch : ピーター・ズントーやヘルツォーク&ド・ムーロンなどのスイスの建築家をどう評価しますか。

チュミ : スイスの建築は歴史的に、構造的正確さ、材料の均一化、ある種の一環した論理などを持ち、それらが造形的効果を上げてきて現在世界的に認められており、スイスの建築家は高い評価を得ています。

ズントーはかなりスイス的ですし、ヘルツォーク&ド・ムーロンはスイス的なものから出発しましたが、今はイスラム建築の影響などもあり、コスモポリタンになりつつあると思います。

swissinfo.ch : アクロポリス美術館が完成した今、次にどのような作品を設計しようと思っていますか。

チュミ : 現在12のプロジェクトを抱えていてポケットにも今一つありますが、どれが完成までこぎつけるか分かりません。

例えば、今回のアクロポリス美術館ですが、プロジェクトがコンクールに通った後の2、3年間、講演などは行いましたが、このプロジェクトについては一切話しませんでした。というのも、どう実現していいか分からなかったからです。それ以前の建築で構築してきた理論に一致しなかった。何かがうまく行かなかったのです。

やがて、過去の建築を全て見直さざるを得ないことに気がつきました。つまり、アクロポリス美術館では、過去にさほど問題にならなかった、周囲の環境のみならず歴史なども含めたコンテキストが絶えず問題になったのです( 考古学現場の上に建物を建てるといった問題が絶えずあった ) 。

また、アクロポリスでの経験以降、建築に対する考えが変わりました。建築は絶えず発展し変化するものだということです。自分の作品に関しても、現在のものは過去の作品を見直す上で成り立つのだと気が付いたのです。

建築界では、今まで多くの場合、それ以前の世代が行ったものを捨てさり、新しいものを作るという傾向がありましたが、そうではないのだと気がついたのです。

里信邦子 ( さとのぶ くにこ) 、swissinfo.ch

1944年ローザンヌ生まれ。連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ ) で建築を学ぶ。
ロンドン、プリンストン、ニューヨークで教鞭を取る。現在ニューヨークとパリに建築事務所を持つ。

おもな建築物として、パリの科学産業都市 ラ・ヴィレット ( la Villette / 1982~1998年 ) 、ルーアンのコンサートホール ( Salle de spectacle, Rouen, France / 1998~2001年 ) 、リモージュのコンサートホール ( Salle de spectacle, Limoge / 2003~2006年 ) 、マンハッタンのブルータワー ( Blue Tower / 2004~2006年 ) 、アクロポリス美術館 ( Acropolis Museum / 2000~2009年 ) などがある。

スイス国内では、ローザンヌのフロン駅 ( Gare de Flon / 2001年 ) 、高級時計のヴァシュロン・コンスタンタンのビル( Vacheron Constantin / 2003年 ) 、ローザンヌ州立高校 ( Ecole cantonale d’art de Lausanne / 2007年 ) などがある。

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