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モントルー ジャスフェスティバル 

1990年のモントルージャズフェスティバルのポスター キース・へーリングのデザイン

ジャズ音楽を通して友情が交わされるモントルーのジャズフェスティバルは、今年で40回目を迎える。今年のメインスターは、フリージャズの開祖オーネット・コーレマンと60年代のボサノバの火付け役セルジオ・メンデスだ。

ジャズ、ポップ音楽の奏者やファンの仲間が、まるで家族のように再会する場所でもあるモントルー。今年は特に、創始者クロウド・ノブス (Claude Nobs) がレコード界に入ることができた恩人、ネスヒ・アーティガンにフェスティバルが捧げられている。
(フォトギャラリーも合わせてご覧ください)

 クロウド・ノブスは特異な存在だ。フランス語圏のスイス人だが、外国人には取得が難しいとされるドイツ語の方言も話す。バーゼルでコックの修行をしていたときに習ったのだ。ニューヨークではモントルー観光局の会計を担当していた。そこで出会ったのがジャズだった。

スイスが介添え役

 アレサ・フランクリン、レイ・チャールズ、チャールズ・ミンガスが所属するアトランティック・レコードのファンだったノブス。思い高まり、ニューヨークの本社を尋ねて行ったが「まったく話になりませんね」と受付嬢。何の予約もなくディレクターに会いたいと訪れたノブスににべも無い対応。スイスから来たのだと言って粘るノブス。すると、アトランティック・レコードの創立者の一人であるネスヒ・アーティガンが、ドアを開けた。出会った時からお互いに親しみが湧いたのは、ノブスのアクセントのおかげだった。アーティガンはトルコ大使だった父が赴任したベルンに住み、ドイツ語のベルン方言を聞き知っていたのだ。

 この出会いによりノブスは、スイスのレコード会社WEAの社長に就任する。7月2日から開催される今年のモントルージャズフェスティバルには「ネスヒ・アーティガンに捧げる」というタイトルの元にジャズ奏者が集まる。

商売と芸術の狭間

 モントルーのジャズ・フェスティバルの特徴は、ノブスが紋切り型にアーチストを区分けしたりしないことにある。ポップミュージックがアバンギャルドと組み合わされたり、無名のミュージシャンがジャズの大家と出会う。一方で、ノブスのセレクションの目は厳しく、プログラムは第一級。商売と芸術がうまく組み合っているのはノブスの手腕による。ノブスは、フェスティバルには意識してロックやソウルを取り入れてきた。

 そもそも、モントルーでジャズフェスティバルを開催することになったのは、「眠っているモントルー」に観光客を呼び寄せるためだった。こうして1967年、チャールズ・ロイド・カルテットと当時22歳のキース・ジャレットを米国から招待し、何とか形をつけた。米国からの参加は彼らだけという始まりだった。

トレンドセッター

 共同主催者に名のりを挙げたのは、スイスフランス語テレビと欧州放送協会。コンクールという形にして、若いミュージシャンを送ってくれたのだ。コンクールは動員力がある上、予算も少なくてすむ。テレビが放送してくれたおかげで、フェスティバルは世界的に注目された。コンクールではヤン・ガルバレク(ノルウェー、サックス奏者 1968年受賞)、ミカル・ウルバニック(ポーランド、ジャズバイオリニスト 1971年受賞)などが受賞した。フェスティバルの格を上げ、欧州のジャズ界に自信を与えてくれたジャズ奏者を輩出したコンクールだが、ノブスはコンクールを止めてしまう。ノブスはノブスのやり方でフェスティバルをしたいと考えたからだ。

 1973年のフェスティバルは13日間続き、欧州最大の規模となった。連日のようにコンサートは明け方まで続いた。プログラムが混乱し、ステージの模様替えに長時間待たされたり、ミュージシャンのドタキャンもあったが、観客はそれにもかかわらずフェスティバルを楽しみ、拍手喝さいを送った。

 ノブスは常にトレンドセッターだ。耳に心地よいニューエイジ・サウンドと総括して呼ばれるウィンダム・ヒル・レーベルをフェスティバルで紹介したりもした。もちろん、マイルス・デイビス、ギル・エヴァンス、ローランド・カーク、セシル・テイラー、アーチー・シェップなど大御所ミュージシャンもモントルーを訪れている。

有名ブランドとして

 フランク・ザッパのコンサート中、モントルーのカジノ会場が全焼。ディープ・パープルのヒット曲「スモーク・オン・ザ・ウォーター」は、モントルーで生まれた。モントルージャズフェスティバルは、このようなエピソードを重ねて知名度を上げていった。

 第1回目からほとんどすべてのコンサートは録音されている。ビル・エヴァンス・トリオの曲が収録されている「ライブ・イン・モントルー」は1968年のベストセラーとなった。レコード店にはいまや「ライブ・イン・モントルー」のCDやDVDが数多く置かれている。モントルーのライブ録音はジャズの宝庫。まだまだ未発表の演奏がある。
 
 1994年、ボブ・デュランが初めて出演した。「今の演奏録音してくれていたよね。最高の出来だった」というボブ・デュランの問いに、ノブスは「いいや。君が、録音はしないでくれと言っただろう」とそっけなく答えたという。

swissinfo、アンドレアス・カイザー 佐藤夕美(さとうゆうみ)意訳

補足情報

<第40回モントルージャズフェスティバル>
- 6月30日〜7月15日
- 主な出演者
ジェフ・ベック、レス・マッカーン、パオロ・コンテ、デビット・サンボルン、マッシブ・アタック、ブライアン・アダムス、スティング、ハービー・ハンコック、チック・コレア、ダージマハール、チャールズ・ロイド

- 第1回フェスティバルは3日間で予算は1万フラン(約90万円)だった。
今年の予算は1600万フラン(約15億円)。
- クロード・ノブスはローリングストーンズを1964年にスイスに招待。ストーンズにとって欧州大陸初のコンサートだった。
- フェスティバルは、今年2月に70歳の誕生日を迎えた主催者クロード・ノブスの力量によるところが多い。

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