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世界最大のアニメーション映画祭、スイス映画の過去・現在・未来にスポットライト

クロード・バラス監督。「ぼくの名前はズッキーニ」のキャラクターと共にスタジオにて撮影
クロード・バラス監督。「ぼくの名前はズッキーニ」のキャラクターと共にスタジオにて撮影 © Keystone / Thomas Delley

世界最大のアニメーション映画祭、仏アヌシー国際アニメーション映画祭は今年、スイス映画にフォーカスしている。100年前の先駆的な試み、現代の映画制作者を取り上げた回顧上映、XR(クロスリアリティー)プロジェクトなど多彩だ。

「スイスのアニメーション作品はかつてないほど活気にあふれ、多彩だ」。同映画祭のマルセル・ジャン芸術監督は4月、今年の映画祭(13日~18日)についてこう語った。世界で最も権威のあるアニメーションイベントが特別プログラム「Switzerland in the Spotlight外部リンク(脚光を浴びるスイス)」を企画。スイスへのオマージュ(敬意)にとどまらず、様々なイベントの随所で「スイスらしさ」を表現する。

スイスアニメーションへのトリビュートの中には、現代の映画制作者3人の回顧上映も。2016年のアヌシー映画祭長編コンペティション部門で「ぼくの名前はズッキーニ」がグランプリにあたるクリスタル賞を受賞したクロード・バラス監督外部リンク、今年の映画祭で新作短編「Autosaurus Rex(仮訳:車恐竜レックス)」がプレミア上映されるマルセル・バレリ監督外部リンク、「Giuseppe(仮訳:ジュゼッペ)」が今年のテレビ映画部門にノミネートされたイザベル・ファべ監督外部リンクの3人だ。

これはスイスの多様性を強調するセレクションと言えるだろう。ファベ氏はドイツ語圏のベルン出身、バラス氏はヴァレー州のフランス語圏地域の出身、そしてバレリ氏はイタリア語圏ティチーノ州の州都ベリンツォーナの出身だからだ。しかし、バレリ氏はこのロジックに異論を唱える。

マルセル・バレリ監督。短編アニメーション「Dans la Nature(仮訳:自然の中で)」でスイス・フィルム・アワード2022を受賞した
マルセル・バレリ監督。短編アニメーション「Dans la Nature(仮訳:自然の中で)」でスイス・フィルム・アワード2022を受賞した Keystone/walter Bieri

同氏はswissinfo.chの取材に対し、スカイプ上でこう話した。「私は自分をティチーノ人とは思っていない」と。「でも、16年近く暮らし活動しているジュネーブでさえ、いまだにティチーノ人と呼ばれる。とはいえ、ティチーノ州で制作されるアニメーション映画は多くないので、資金を申請する際には役に立つ」

長編アニメーションの資金調達は厄介な問題だと言う。「『ぼくの名前はズッキーニ』でスイスのアニメーション作品が有名になったが、そのような映画は10本程度だ。スイスで長編が毎年何本も作られない理由は連邦の補助金制度にある。アニメーション映画向けの予算は年間100万フラン(約1億3400万円)で、しかも短編向けだ。長編の制作費はフィクション映画向けの予算から捻出しなければならない」と説明する。

連邦は今年、この予算をバラス氏の2作目の長編とバレリ氏初の長編に充てた。バレリ氏は「長編アニメ作品を作る(自分たち以外の)3人目の制作者に、連邦が同じ金額を出すことはないだろう」と話す。現行の短編向け予算もいずれ増額が必要だとも言う。「毎年少なくとも十数人の学生が卒業短編作品を制作する。だが今の連邦補助金ではこれら全てを賄いきれない」

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アニメーション映画史上最高の100本に

アヌシー映画祭では、スイスのアニメーション映画史に欠かせない人物、ジョルジュ・シュヴィツゲベル監督外部リンクに捧げたプログラムが用意された。同氏はそのキャリアの中で何度も同映画祭で取り上げられてきた。17年には名誉クリスタル賞を受賞。今年は監督作品のクラシック音楽を担当する息子と共にシネコンサートを開催する。

ジョルジュ・シュヴィツゲベル監督
ジョルジュ・シュヴィツゲベル監督 © Keystone / Walter Bieri

同映画祭は06年、短編アニメーション映画史最初の100年に制作された最も重要な100作品を選出(全リストはこちら外部リンク)。スイス作品では唯一2作品がベスト100入りしたが、これはシュヴィツゲベル監督作品だ。「私の監督人生で最高の栄誉」と同氏は話す。

今年の特別プログラムは、アヌシー映画祭に思い入れのあるスイスの映画制作者にとって、もう一度ここに足を運ぶまたとないきっかけとなる。シュヴィツゲベル監督が一番の思い出を電子メールで教えてくれた。1960年代後半に観客として初めて映画祭を訪れた時、アニメーションをやりたいと考えたのだそうだ。

ファベ監督にも同じようなエピソードがある。「初めてアヌシー映画祭に来たのは93年のこと。当時、短編アニメーションを観られる機会はあまりなかったので、この映画祭はかなり特別だった。私はその頃、実写映画の制作を検討していたが、映画祭に来て、私が追求したいのはアニメーションだと悟った」。また、スイスのアニメーションの強みについて「アプローチの仕方で私が一番好きなのは、支配的なスタイルが無いことだ。それぞれの映画制作者が独自の技術を持っている。だから非常に面白いプロジェクトが生まれる」と語る。

過去のアニメーション作品

スイスの団体もアヌシー映画祭にパートナーとして参加する。スイスアニメーション映画グループ外部リンクは1921年以降の100年間に制作された作品の中から、短編プログラムを4つ企画(1つは子供向け、その他3つは大人向け)。スイスの2大アニメーション映画祭、ジュネーブの「アニマトゥ外部リンク」とバーデンの「ファントシュ外部リンク」は、選りすぐりの映画を上映する「カルト・ブランシュ」をそれぞれ開催する。国立映画資料財団(シネマテーク・スイス)はスイスアニメーションの草分けであるユリウス・ピンシェヴァー監督外部リンクジゼルとエルネスト(ナーグ)・アンソルジュ監督夫妻外部リンクの回顧上映を行う。

「Kirmes in Hollywood(仮訳:ハリウッドの移動遊園地)」(ユリウス・ピンシェヴァー監督、1930年):

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シネマテーク・スイスのフレデリック・メール理事長は長編映画コンペティション部門の審査員も務める。同氏は「光栄だ」と電子メールでswissinfo.chに気持ちを語った。「私は批評家として、またキュレーターとして、アニメーションに常に関心があった。ローザンヌの現代デザイン応用芸術美術館(MUDAC)で行われた展覧会では、スイス・フランス共同制作作品についてのリーフレットを書いたし、2009年のロカルノ国際映画祭で開いた日本アニメ回顧展は、カルロ・シャトリアン氏(現ベルリン国際映画祭芸術監督)らと発起人を務めた」

修復した短編作品を映画祭の特別プログラムに提供するだけではない。シネマテーク・スイスは「ぼくの名前はズッキーニ」展を開催し、ローザンヌのアーカイブに一部保存されているパペットや撮影用のセットを展示する。

メール氏はスイスの短編アニメーションについて「アンソルジュ監督夫妻は砂で描く技法で既に国際的にもアヌシー映画祭でも良く知られた存在だ。ピンシェヴァー監督の秀逸な作品は観客にとって素晴らしい発見になるはずだ」と話す。

そして、拡張された未来へ

アヌシー映画祭と同時開催される見本市「国際アニメーション映画マーケット外部リンク(MIFA)」はアニメーションビジネスの場として今年、スイスから400人を超える関係者を招く。MIFAのヴェロニク・アンクルナーズ代表は、同映画祭ではスイスアニメーションの未来がよく表されていると話す。

ジュネーブ国際映画祭外部リンク(GIFF)は開発中のVR(仮想現実)プロジェクト5件をひっさげ、「Swissxrland外部リンク(スイスXRランド)」と題したプログラムで初めて観客に紹介するほか、XR技術を駆使した新作も2本上映外部リンク。トーマス・オット氏のグラフィックアートをベースにしたジル・ジョバン監督の「Sunset Motel(仮訳:サンセット・モーテル)」と、ラファエル・ペナサ監督とアリソン・クランク監督による「Amazing Monster!(仮訳:アメージング・モンスター)」だ。

近い将来では、バレリ監督が英国の古生物学者メアリー・アニングの生涯を題材にした初の長編作品に取り組んでいる。学者の名前に聞き覚えがあるとすれば、ケイト・ウィンスレットが最近、映画「アンモナイトの目覚め」でアニング役を演じたからだろう。

バレリ監督はこのタイミングに苦笑する。「長年、誰もアニングに関する映画を作らなかったのに、ちょうど私が自分の作品に取り掛かった時に『アンモナイトの目覚め』が公開された。映画は観たし、良かった。しかし、内容は重複していない。私の作品はアニングの業績によりフォーカスしたファミリー向けの映画だから」

ファベ監督にも長編映画の企画があるが、まだそれについて話す段階ではないという。「アイデアがあって、今はそれに夢中だ」が、「プロジェクトに本格的に取り組む前に、この映画に費やす時間と資金に見合うだけの素晴らしい脚本かどうかを見極める必要がある」と話している。

(英語からの翻訳・江藤真理)

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