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巨大な波のラーニングセンター、完成

ロレックス・ラーニングセンターの一番大きな「光庭」の部分。この光庭ではイベントなどが行われる Keystone

巨大な波のようにうねるガラス容器の中に、二つの小さな丘が収まっているような、斬新で不思議な空間「ロレックス・ラーニングセンター」が完成し、2月22日から一般公開される。

これは連邦工科大学ローザンヌ校キャンパスの「トーテム」であり「核」となるような多目的学習センターだ。今世界が注目する日本の建築家、妹島和世 ( せじまかずよ ) 氏と西沢立衛 ( にしざわ りゅうえ) 氏の共同建築事務所「SANAA」が設計した。

大きなワンルーム

 「ここは、谷や小さな丘を越えてたどり着いた、いわば尾根にあたり、ここから下方のカフェや尾根に続くレストランが見え、外には湖も見える」
 と西沢氏は、ラーニングセンター内で一番高い場所にあたる図書館で説明する。

 まるで山のガイドが語る言葉のように聞こえるが、あくまでラーニングセンターの内部構造を解説しているのだ。実際、ラーニングセンターは建物中央から入ると左右に大小の「丘」が開け、そこへと続く柔らかな傾斜面が基本構造をなす建物なのだ。

 図書館、情報センター、自習空間、研究空間、レストラン、カフェなどが2万平方メートル ( 175.5mx121.5m ) の大きなワンルームの中に、仕切りがなく、しかも「丘」や「谷」などの位置に配置されている。大きな窓ガラスからは光が溢れ、さまざまな高い場所からは外の山やレマン湖などが見える。  妹島氏によれば
「仕切りの壁を取り払ったワンルームで、各プログラムが有機的に関係するように考えた。大きな公園のイメージでもあり、そこで、色々な対話が生まれ、学生や研究者たちの自由な交流が図られたらうれしい」
 と言う。

 実際、パトリック・エビシェール学長は、分散した各学科の建物で勉強する学生が同じ場所に集まり、情報交換や研究を行うハイレベルの交流の場をラーニングセンターに期待していた。その結果
「SANAAのラーニングセンターは我が校の、従来の学科間区分を取り払った教育方針を象徴している。それは数学者や工学専門家が神経科学やマイクロテクノロジーの専門家と自由に交流することだ」
と話す。
 
 また、工学関係で世界のトップレベルを目指す同校にとって、ハイレベルの建築物はその象徴にもなるし、さらに
「建築学部もある我が校にとって、モデルが世界のどこにもないような、ユニークなトップの建築家の作品は建築の学生を激励し、自慢できるものになる」
 と考えている。

スロープ

 ラーニングセンターの建築的革新性は、何といっても、「丘」に向かう床がゆるやかに傾斜したり、「尾根の道」の床がスロープ状だったりと、水平面が非常に少ないということだ。そもそも床がうねる建築は初めての「実験」でもある。

 このスロープの導入を妹島氏は
「外のキャンパスからの動きの連続として、それが中断されることなく入り口から中に続き、また中でもやわらかい斜面を登って自然にレストランに着いたり、図書館に着いたりする。同様に建物の外にも自然な動きで出て行ける、いわば『有機的な動きの連続性』を目指したからだ」
 と言う。 

 また
「自然の中では、谷や湖畔に村ができるように地形によって住む場所が分けられている。ここでもその地形による住み分けの方法が使えるのではないかと思った」
 と西沢は言う。谷の部分にカフェを作り、尾根の始まりに図書館を置き、尾根の向こう側の風景の良い所をレストランにするといった具合に、「分かれていないようで分かれているような」区分けを設けている。

 さらに、この区分けは、場所の機能や目的に応じて間接照明器具や家具を変えることで、さらに「やさしく分けられている」

 床が「ジャンプしているので3D空間」と言える、こうしたスロープ構造はSANAAにとっても技術的に初めての経験。そのため、建設現場の技術者との話し合いは大変だった。

橋の上に建つ

 問題のスロープを外から見ると、これはアーチ型のなだらかな橋になっている。実際、建設工事を担当した「ロジンゲール ( Losinger ) 」社のエリック・マイノ氏は「この建物は橋の上に建っているようなものだ」と話す。
 
 だが、橋の建設には経験豊富なスイスのロジンゲールでもこれ程高さが低い橋は建てたことがなかった。地震がない場所なので幸いだったが、力学的課題は大きかった。

 窓ガラスにしても722枚のガラスの内600枚はそれぞれ形が違う。水平面では普通の長方形だが、一度床がカーブすると、それに合うようガラスもカーブする。まるで「体に合わせて服を作るよう」に、その箇所その箇所で建て方の工夫が必要だった。 とにかく
 「今まで、病院や空港などを建ててきたが、構造や技術の複雑さにおいてこれ程大変だった工事は初めてだった」

 しかし形が出来上がって行くに従い、色々な場所に風景が展開し、素晴らしい体験をした。全てが一つのオープンスペースにあり、それでいながら何となく区切れている空間の建設は、初めての経験。
「建築の歴史において革新的な作品として長く名を残すことは間違いない。ここの学生は本当に幸せだ。若かったらこのラーニングセンターでもう一度勉強したい」
 と言う。
   
 ラーニングセンターは、SANAAがスイス国内に建てた初めての作品ではない。2006年にすでにバーゼルでノバルティスキャンパスを建設している。「今回多くのことを学んだ。こうした新しい技術を今後も建設に役立てたい」 といロジンゲール社が話すように、スイスの建設関係者とSANAAとの協力関係は非常に順調なようだ。

里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 、swissinfo.ch

2000年 六ツ川地域ケアプラザ、横浜 
2001年 香港PRADA Beauty Lee Garden店、香港
2003年 クリスチャンディオール表参道店、東京 
2004年 金沢21世紀現代美術館、 第9回ベネチア建築ビエンナーレ展示部門金獅子賞、毎日芸術文化賞      
2006年 トレド美術館ガラスパビリオン、アメリカ
2006年 ツォルフェライン・スクール、ドイツ
2006年 ノバルティスキャンパス、スイス
2010年 ロレックス・ラーニングセンター

ヴォー州ローザンヌにある連邦工科大学ローザンヌ校 ( ETHZ/EPFL ) は連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ/EPFZ ) と並ぶ連邦工科大学。科学、工学、技術分野で世界最高学府の一つに数えられ、研究者4000人、学生7000人。うち外国人学生は2288人。

ラーニングセンターは、レマン湖やアルプスが見える丘にある、連邦工科大学ローザンヌ校のキャンパスの中心に建てられた学習センター。隣のローザンヌ大学の学生や一般の人にも開放される。

50万冊の本を所蔵する図書館、情報センター、学生の自習空間、研究や情報交換空間、レストラン、カフェなどが2万平方メートル ( 175.5mx121.5m ) の大きなワンルームの中に、仕切りなく配置されている。これらを繋ぐ空間の床は水平面がほとんどなく、緩やかなカーブ面や、やわらかい傾斜面になっている。 

ラーニングセンターの建設費は1億フラン ( 約85億円 )。そのうち連邦政府が50% を、残り50% はロレックス、ネスレ( Nestlé ) 、ロジテック ( Logitech ) などの企業が負担。中でもロレックスは25%と一番多く出資したため、「ロレックス・ラーニングセンター」の名が付けられた。

日本の2人の建築家、妹島和世 ( せじまかずよ ) 氏と西沢立衛 ( にしざわ りゅうえ ) 氏の共同建築事務所「SANAA」の設計。世界的建築家ジャン・ヌベル氏やヘルツォーク&ド・ムーロン両氏など、12人の建築家のコンペで選ばれた。

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