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谷川俊太郎とユルク・ハルターの連詩 水に乗って、2人の詩人が旅を始めた



毎年ソロトゥーンで開催される「ソロトゥーン文学の日」で5月20日、『話す水』を朗読した2人。その後一緒にサイン会に臨んだ

毎年ソロトゥーンで開催される「ソロトゥーン文学の日」で5月20日、『話す水』を朗読した2人。その後一緒にサイン会に臨んだ

(swissinfo.ch)

詩人谷川俊太郎さん80歳。スイスの詩人ユルク・ハルターさん32歳。年齢も言葉も文化的背景も違う2人が出会い、少しずつ探るように連詩の旅を始めた。「俳句の中で聞いた 蛙が池に飛び込む音 小学生だったぼくはそうと知らずに詩の旅に出発していた」と谷川さんが始める。

 それをハルターさんは「ゴボゴボつぶやき続ける排水口から わたしは栓を引き抜いた もはや長くはとどまってはいられないだろう 偉大なる宗匠の掌の空ろには」と受ける。4年間Eメールでやりとりされた合計36篇の詩は、この旅の終わりに詩集『話す水 (Sprechendes Wasser)』として形になり、出版記念会がソロトゥーンで5月20日、チューリヒで21日に行われた。

 2人が初めて出会ったのは、2002年南アで開催された詩の大会。「こうした場では、詩人たちは普通存在感を示そうときちんとした格好をする。ところが谷川さんはTシャツで舞台に現れ、そのTシャツに印刷された自分の詩を読み始めた。びっくりした」とハルターさんはそのときの衝撃を語る。

 一方、谷川さんはハルターさんをこう表現する。「詩を読む姿は詩人というより、パフォーマーだった。こういう詩人が日本にもいればいいなと思った」。実はハルターさんは詩人でありながら、ベルンなどで何度もコンサートを行うラッパー。

 こう言う谷川さん自身も、映画の脚本を手掛けたり息子で作曲家・ピアニストの谷川賢作さんのピアノに合わせて詩を読んだりと、いわゆる「詩人」の枠を超えた活動をしている。「ユルクをとても軽くて面白いやつだと思ったのは自分も軽いから。軽いとは客に受けたがりだということで、そんなところが似ている。ほとんどの詩人が、自己表現ということにこだわり、自分の感じ方、考え方を押し出すのが詩だと思っている。僕はあまりそういうところがなくて、詩を読む人、または聞く人を楽しませてあげたいというのが先にある」

初めての連詩

 連詩は、日本の連歌に影響を受けたパリの詩人たちが1940年代に机を囲んで創作し、その後1970年代に詩人の大岡信さんが積極的にヨーロッパに広めた。これを現代詩で行う場合、内容的に前の詩に繋がっていればよい。

  今回こうした連詩を何度も経験している谷川さんに対し、ハルターさんは初めて。「でもユルクはカンがいい。連詩はたとえ日本の詩人とやっても、カンの悪い人だと繋がらないんですよ」と谷川さん。なぜなら「詩というものは、散文とちがって意識で繋げるわけではない。つまり連詩では、自分の意識下で(前の詩の)全体を受け取って、そこから何かぽこっと自分の言葉が出てくるという、そんな繋ぎ方ですから」

 意識下で受け、内容的に繋がればばいいというものの、連詩にはさまざまな約束事がある。その一つが「前に進むこと」。そのために「前の詩を受けるけれどベタに付けてはいけない。そこには、何か違うところに展開するというのが前に進むことだという考えがあるからです」。この展開のため、今回の「話す水」の中でも谷川さんは、何回かガラリと場面や主体を変えている。リード役は経験者の谷川さんだ。では「どこが一番いいか」と別々に質問したところ、まるで申し合わせたように2人が2人とも「ここだ」と指摘したのが以下の箇所だ。まずハルターさんの詩に谷川さんの詩が続く。

 「地球の中心は さらなる中心のまわりをまわる 何十億もの中心は 一つの中心から生まれ出る それは詩人の頭の中 一本の竜巻の渦の中心に 彼は静かに佇んで この想像ににやりと笑う」

 「石畳の上で回っている独楽を跳ね飛ばして 少年は自転車で橋へと走って行った 時空に滴ったインクのしみのような些細な情景 その一瞬も宿命に属している」

 これをハルターさんは「僕の詩は竜巻の中心の風のない所にいる詩人のイメージ。この竜巻という宇宙的なエネルギーを谷川さんは独楽(こま)に変え、詩人も少年に変えた。この転換には圧倒された」と語る。さらに、こう言う。「僕は(谷川さんとは違い)連詩の展開といった技術に慣れていなかった。そこで、谷川さんの詩の一節を受け、どこか小さい箇所でぎゅっと変えてほかのものにしようとした。またレディーメードの詩の技術、つまり同じイメージでも文脈が変われば意味が変わってくるという方法も使ってみた」

旅の再開

 ところで、水のテーマは最初からあったのだろうか。谷川さんは「連詩というのは先に進むというのが前提なので、旅ということは最初から暗黙の了解としてあった。ユルクに応えた2回目の詩『お椀の船に箸のかい ぼくはひとまず一寸法師としてどぶを漕ぎ出す』と作ったあたりで、水というものに気づいて、水のように繋がっていけばどうかなと思った」。ただ実際には、水がテーマだと頭にあるのだが、それにこだわってはいなかったとも言う。

 また連詩では、到達する目標のようなものもなく「植物が育つように育ってくれればいい。その結果、花が咲くのか、葉が散るのかは予想できない」。それをハルターさんも「とにかくどっちに向かっていくのか全く分からなかった」と表現する。

 だが、そうした即興性のせいか、読者は水に浮かびながら、ないしは船に乗りながら、思いがけなく展開される目の前の情景を楽しむといったところがある。それも突然パリの真ん中の人口ビーチだったり、ハムレットのオフェーリアを演じる女優に出会ったりという多様さだ。

 ところで、2人の旅はいつかまた再開されるのだろうか。それは全く分からないと谷川さん。「でも、もし誰かが旅の企画をしてくれるのであれば、ここまでうまくできたのだから、今度は東京で一緒に寝泊まりしながら翻訳者の2人と計4人で机を囲みたい。ユルクの詩のドイツ語の意味を一つずつきちんと確かめながらやりたい」

 それに対しハルターさんも「今回、自分が送った詩にどんなものが返ってくるのかまったく分からなかった。それをドキドキしながら待つ。それが楽しかった。予想していない展開が起こるのも楽しいことの一つ。この経験をぜひ東京で再開したい」と答えた。

『話す水 (Sprechendes Wasser)』

ドイツの出版社セセッション(Secession)から4月に出版された。

2人は、南アの詩の大会で出会った後、ユルク・ハルターさんが「詩人が詩人を訪ねる」というスイスドイツ語圏の国営テレビの企画で谷川俊太郎さんを訪ね、親交が深まった。

その後、ベルン在住でパウル・クレー・センター勤務の奥田修氏が仲介役となり2人に詩の交換を提案。その後、連詩の形になっていった。

谷川さんの詩のドイツ語訳は、チューリヒ大学東洋学部日本学科の元教授、エドゥアルド・クロッぺンシュタイン氏が、ハルターさんの詩の日本語訳は津田塾大の新本史斉(にいもと ふみなり)教授が担当した。

谷川さんとハルターさんが、詩のイラスト用にとそれぞれ8枚ずつ撮影した水がテーマの写真は、最終的に文字が書かれている紙の裏に印刷され、透かしてかすかに形が見えるような美しい装丁となった。

本はスイスドイツ語圏では本屋で購入できる。アマゾンで注文すれば現在28.90ユーロ。

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