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車の墓場で発掘作業

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工業遺産の考古学者が世にも珍しい存在である「車の墓場」に出会うと、そこはたちまち宝の山となる。「アルク高等専門学校 ( Arc )」 の保存・修復学科の研究者たちは、残骸の中で宝探しをする。

車の墓場は、金属の保存や劣化の研究のための、格好のサンプルの宝庫。墓場の撤退を3週間後に控え、研究者はサンプルの採取を急ぐ。工業文化遺産としての墓場保存の継続を願いながら。

車の墓場

 髪を振り乱した背の高い男が森の中で、カッターナイフを握り締め、のこぎりとメスを取り出して、さて、何をしているのか。おまけにここは墓場なのだ。

 空想はさておき、この舞台はスイスの高原、ベルン州の小さな村に隣接する、樹齢30年あまりの木々が立ち並ぶうら若い森だ。

 この森では、20世紀初頭から80年代の間に製造され、当時のカーマニアを熱狂させたヴァイヨン( Vaillante )、シムカ ( Simca ) をはじめ、アメリカ製やイギリス製などの任務を終えた高級車が永久の眠りについている。

 ここは2008年の夏に廃車を素材とした「連邦芸術展覧会」が開催され、見学者を陶酔させたギュルベンタール廃車置場、「車の墓場」である。少なく見積もっても750台は下らない廃車の腐敗がゆっくりと進み、自然に同化されていく。金属が鉱物質に、有機質が腐植質に帰っていくのだ。

 9月19日には、オークションが行われ、逸品の数々が収集家により救われ、残りはスクラップとなる。関係当局はこの21世紀に、環境保全と両立しない野外廃車置場の存続は理不尽だとの判断を下した。廃車置場を救おうとする団体の数回に及ぶ働きかけで生き延びらえた墓場の閉鎖は、今度こそは避けられない運命にある。

緊急出動

 そこで、「工業考古学」発掘任務のために、エキスパートが舞台に舞い降りることとなった。当初は数年にわたる計画だったが、閉鎖が決定され、緊急出動となった。

 冒頭に登場したブロンドの長身の紳士をはじめとする、ヌーシャテル州に拠点を置くアルク高等専門学校 ( Arc ) の保存・修復学科の研究者たちにとって、残骸、計器板や特に潤滑剤から多数のサンプルを採取するために残された時間は3週間しかない。

「この廃車置場は20世紀のスイスにおける、自動車産業の慣習を物語っており、歴史学的にも民族学的にも、時代の重要な証人なのです」
 と、責任者の1人であるアニエス・ゲルベルト・ミールモン氏は語る。とはいえ、ヌーシャテルの研究者たちにとっては、この墓場は何よりもまず自動車産業の需要を反映する多彩な資材の宝庫だ。

学生のための「資材バンク」

 研究者たちは少なくとも300のサンプルを採取し、学校はそれを基に保存・修復学科の講義や実験のために「資材バンク」を作る意向だ。そうすれば、学生たちは外国に行かずとも、スイス国内において多彩な資源での実験・実技などの経験を積むことが可能となる。

 「単なるホースの跡からも、紛失したその部品を推論することを学ぶのです」
 と、保存・修復学科の研究者であるギヨーム・ラップ氏はプラスチックの赤いノズルを手に、例を挙げる。

 時代の流れとともに、液体や固体、自然資材や人工資材など、自動車を構成するさまざまな資材がこのギュルベンタール廃車置場にたどり着いた。幽閉されたこの場所では、腐食、劣化などの変質が進むがままに放置されている。専門家はここを「実際速度腐食室」と形容する。

長く保存するために

 「金属部分の構成と、その劣化の仕組みを分析することができるのです。例えば博物館の展示物など、こういったタイプの金属を長く保存するためのメンテナンスについての研究も、期待されています」

 これは工業考古学者にとっての好機だと、ラップ氏は説明する。そして、こう言葉を続ける。
「時間が限られているので、計画立ったアプローチは無理です。知られていない劣化のサンプルを、勘に頼りながら採取しています。これは、驚きと感動の宝庫でもあります」
 
 朽ち果てたランチア・アウレリアの車体の前で、研究者は瞳を輝かせる。アルミニウムと鉄を含んだ金属部品は、電圧による腐食の研究対象となり、50年代の車を象徴する湾曲したバンパーは、製造の際に受けた圧力とこのような部品の破損に関する格好の研究材料となる。

文化遺産として

 この墓場は、一般には知られていない存在だ。この敷地を一掃して小鳥のために緑化するのはいい考えだし、古いフォードが工業の文化遺産として立ち現れるのもまんざら捨てたものでもない。スイスは、ドイツ、フランスやイギリスなどの各国に比べると、環境保全には熱心だが、工業文化遺産を保護する取り組みが立ち遅れている。

 アルク高等専門学校のこのプロジェクトの責任者であるトビアス・シュンケル氏 にとっては疑いなく、この墓場は文化遺産の一部である。問題は法律を遵守しながら、どのように保存されるべきなのかだと、シュンケル氏は語る。ゲルベルト・ミールモン氏同様、この墓場の保存が存続されることを望んでいる。

ピエール・フランソワ・ベッソン、swissinfo.ch 
( 仏語からの翻訳 魵澤利美 )

ラ・ショー・ド・フォン ( La Chaux-de-Fonds ) に拠点を置くアルク高等専門学校 ( Arc ) の保存・修復学科は、科学、技術、時計産業の各分野の、壊れないための保存 ( 予防保存 ) と故障時の修復についての学士、修士コースを有する。

研究対象は、宇宙、気象から軍隊、自動車、通信、時計にまで及ぶ。まとめると、「機能的なメカニズムの研究」である。

この養成コースはスイスでは唯一この学校のみ。ヨーロッパでは、ドイツのベルリンに、類似した大学課程 ( Fachhochschule für Technik und Wirtschaft de Berlin, FHTW ) がある。

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