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スイス軍がオーストリアで軍事訓練、中立性に違反しない?

スイス・トゥーンの駐屯地で戦車「レオパルド2」を鉄道車両に積み込むスイス軍の兵士
スイス・トゥーンの駐屯地で戦車「レオパルド2」を鉄道車両に積み込むスイス軍の兵士 Keystone / Peter Klaunzer

スイス軍は、過去30年間で最大規模となる軍事演習「TRIAS 25」をオーストリアで行っている。オーストリア、ドイツとの3カ国による陸地奪還を想定した合同演習だ。ウクライナ戦争など地政学的に不安定な情勢のなか、ロシアがこの動きを注視している。 

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オーストリア・ニーダーエスターライヒ州アレントシュタイヒの訓練場は面積157㎢。スイスの軍事訓練センターの約6倍の広さだ。

ここでは規定の道以外でも、戦車やオフロード車を使った訓練ができる。つまり戦時のような現実的な条件下で訓練が行える。

この訓練に向け、スイス軍は総延長4.3kmに及ぶ11本の貨物列車を総動員し、スイス中央部のトゥーンからオーストリアまで78台の車両を移動させた。

国土防衛を想定

現場で訓練を行っているのは、スイス軍の第14機械化大隊と第11機械化旅団に所属する兵士約850人。いわゆるWK(独語でWiederholungskurse、再訓練コースのこと)中の兵士たちだ。

スイスは18歳以上の男子に兵役を義務付ける。初年度の訓練の後は、毎年3週間の再訓練コースがある。再訓練コースを受ける間は、国から休業補償が出る。

スイス軍の目的は、ここで将来の地上部隊の配置形態をテストすることだ。スイスにはそうした訓練を行うのに十分な広さの訓練場がないからだという。

スイスには国外勤務を命じるいわゆる行軍命令がないため、演習参加は志願制だ。

これは軍にとって全く問題がないわけではない。独語圏のスイス公共放送(SRF)は昨年、軍が国外演習に参加する兵士を確保するのに苦慮していると報じた外部リンク

オーストリア、ドイツ、スイスの3カ国が参加する今回の合同演習の名称は「TRIAS 25」。防御側と攻撃側に分かれ訓練を行う。

オーストリアは2022年のロシアのウクライナ攻撃を受け、2032年までに軍を増強する計画を策定。オーストリアのセバスティアン・シューベルト少佐は「計画に沿って軍事的国防を目指すオーストリア軍にとって、この訓練は役立つ」と語る。

スイスもまた、軍備強化を目指し予算を拡充したばかりだ。

関係者は公式の場で口にはしないが、地政学的な背景が響いている。

「NATOは無関係」

今回の大規模演習では、情報操作やサイバー攻撃などハイブリッドな脅威を用いて重要インフラを攻撃する相手を想定した。直接の言及はなくとも、仮想敵がロシアであることは明白だ。

ロシアは明らかにこの演習を疑いの目で見ている。オーストリアは中立国であること、演習参加者の大半は同じく中立国スイスの軍であること、そして北大西洋条約機構(NATO)加盟国ドイツが演習の脇役にすぎないことは、ロシアの溜飲を下げる助けにならない。

しかし、関係者は政治的な影響については語りたがらない。

オーストリアのクラウディア・タナー国防相は、眼に見える要素を強調する。「世界中の軍隊の基本原則は『戦いながら訓練する』ことだ。演習は、たとえこの規模であっても、軍事力を維持するための礎石となる」と話す。

タナー氏はまた、演習はNATOへの接近を意味するものでは全くない、と強調した。中立国が他の中立国と演習を行うことは、関係するすべての軍隊にとって利点しかないという。

スイスの中立は失われる?

スイス軍の演習責任者、クリストフ・ロドゥナー准将は「我々はNATOの意思決定プロセスには従わない。我々は自国の規定に従って行動し、パートナー組織もそれを受け入れている。ただ、現地で他者のNATO遂行基準と我々の基準を比較したときに、我々がそれを容易に満たしているかどうかを確認できるのはとても興味深い」と話す。

クリストフ・ロドゥナー准将
クリストフ・ロドゥナー准将 Keystone / Peter Klaunzer

「現場の他者」とは、NATO加盟国としてこの基準に従い行動するドイツ軍の2個小隊のことだ。

スイスでは保守右派・国民党(SVP/UDC)が、この大規模な三国間演習はNATO演習への参加への第一歩であり、中立性にそぐわないと反発している。

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オーストリア軍地上部隊の司令官ベネディクト・ルース師団長は、TRIAS 25は外国との共同訓練に過ぎず、スイスがここから貴重な知見を得ることを期待する、と話す。スイス軍のロドゥナー准将は「私たちは学びを得るためにここにいる。我々の強みが正しく発揮されているのか?オーストリアでの演習は、それを試す絶好の機会だ」と話す。

今後数年でさらに大規模な演習

異例の規模となったTRIAS 25は5月9日まで行われる。2027年と2029年に、訓練施設は大隊規模に拡張し、最終的にはさらに大規模な訓練も行われる予定だ。

タナー国防相は「特に中立国としては、最悪の事態に陥った場合、同盟に頼ることはできない。常に有事に備えておかなければならない」と言う。「だからこそ、私はこれを互いの距離を縮めるものというより、国防を担う軍事力を維持するための共同の準備および演習だと捉えている」

スイス軍の戦車パンターに貼られた警告表示
スイス軍の戦車パンターに貼られた警告表示 Keystone / Peter Klaunzer

折よくオーストリア軍は最近、1400万ユーロ(22億円)を投じて軍事訓練場の兵舎を全面改修した。

アレントシュタイヒでの演習は、スイスにとって将来への財政投資でもある。今年のTRIAS 25は通常国内で行う再訓練コースよりも、400万フラン高いコストがすでにかかっているからだ。

編集: Marc Leutenegger、独語からの訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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