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「愛の予感」ロカルノ国際映画祭参加作品

「愛の予感」で初めて映画出演した小林政広監督。今回の作品も北海道が舞台となっている ( 写真 : モンキータウンプロダクション提供 ) Monkeytown

小林政広 ( こばやしまさひろ ) 監督・脚本・主演の「愛の予感−Rebirth」が第60回ロカルノ国際映画祭のコンペティション部門の公式参加作品として選ばれている。

主催者による映画説明でも「深く人間性に輝く映画」とあり、映画における人間性の表現を高く評価するロカルノらしい選択だ。小林監督には、連日晴天のロカルノでインタビューした。

 中学校で同級生を刺し殺した娘を持つ母親と、娘を殺された父親の心の交流を無言の中で語らしめた。事件後、父親は東京を離れ、鉄工所の溶鉱炉での重労働を淡々と繰り返している。彼の住む民宿のまかないをするのが犯人の母親だ。2人の接点は毎日繰り返される朝晩の食事だ。ひたすらジャガイモの皮をむく女性。ご飯に生たまごをかけて味気なさそうに食べる男性。単純に見える生活の奥深いところに、実は熾火 ( おきび ) のように燃えている2人の感情が緊張感と共に盛り上っていく。

swissinfo : この映画も「完全なる飼育 女理髪師の恋」 ( 56回ロカルノ国際映画祭特別大賞受賞作 ) と同じく、舞台は寒々とした北海道ですね。

小林 : 2年前の9月にこのシナリオを書こうとして、「愛の予感」の舞台となった旅館に行ったのです。この場所以外での撮影は考えられませんでした。

swissinfo : ロカルノ映画祭のカタログにあるコメントでも「削ぎ落とされ、ドラマチックではないゆえに、深い人間性に輝く作品」だとあります。そういった意味でも、監督の今回の映画に対する真剣味が伝わってきました。一方、監督はブロクの中で「いつか妥協のない映画を作ってみたいものだ」と書かれていますが「愛の予感」には妥協があるのでしょうか。

小林 : やはり、撮影期間ですね。余裕がないので。できれば、あと何日間か、時間が欲しいなと、今回は特に思いました。現場で考える時間が必要でした。10回も撮り直したところもあります。せりふがない分、1つ1つのカットがとても重要になってきます。普通は、せりふが間違って「NG」となるわけですが、今回は、現場で具体的に考えながら作っていったので、考える時間が必要でした。もっと時間があれば違う表現ができたかもしれないし、できなかったかもしれないし。

時間がないと、逆に勢いのあるものができるかもしれません。「バッシング」( 第58回カンヌ国際映画祭コンペティション部門公式参加作品 ) ではそれを逆手に取って、勢いがでました。今回の場合は、直接表現がなく、2人のぶつかり合うところがほんの一瞬で、対話がないので、その分、1カット、1カットが本当に大事になっていくので、時間が欲しかったですね。

swissinfo : 今回の映画「愛の予感」は誰のために作った映画ですか?

小林 : 作家の映画は滅びたといわれています。配給会社の人はそういいます。映画ファンもいないのだといわれています。映画の好きな人間が映画を撮るのも良くないとさえもいわれています。

いままで、見えない観客に対して作ってきたつもりですが、その観客の中にファンが居ないということは、僕にとっては、辛いし、つまらないことになってしまう。映画を作る上で、過去の映画を観て、いいところを取り入れるとか。それが、映画監督の仕事というか、「抽斗( ひきだし )」だと思うのです。それがなくとも映画が作れるということになると、自分の存在がなくなるわけです。今回は、映画ファンに向けて作りました。だから、何の説明もしないし、分からなくてもよいと思っています。

swissinfo : アメリカ映画が映画をだめにしたという批判をなさっていますね。

小林 : アメリカ映画の中にも好きな映画はありますよ。デヴィット・リンチにしてもフランシス・コッポラにしても、皆さん、それなりの地位のある監督は何かを持っていると思うのです。

いまの自主映画は、メジャーになるための手段になっています。プレゼンテーションの作品として自主映画を作っているというところがあるんです。若い人は映画の方程式を知っていて、頭がいいですよ。どういうものを作ってプレゼンすれば、次の作品を作れるかということまで考えている。表現としてやっていく人はすごく少ないですね。

その中で、どれくらい辛抱できるかということだと思います。「バッシング」でカンヌに行って、その後仕事が入ってきて、2本の映画を作りましたが、どちらも公開されていません。公開もされないというふうになってくると、もう1回やるしかないと思い、作った作品が「愛の予感」です。

swissinfo : 小林監督は、ロカルノ国際映画祭は今回が2回目の参加で、4年前には「完全なる飼育 女理髪師の恋」が特別賞を受賞していますね。

小林 : 好きな映画の1つですが、日本では公開されていません。この映画にもスポンサーが付いているのですが、そういう映画はうまく行きませんね。ビデオを作るために撮られた映画ですので、予算は少なかったのです。宣伝費もないため公開されないでストレートにビデオになってしまったのです。

11月末に「愛の予感」が東京で公開されますが、その劇場で僕の特集をやってくれるので「女理髪師の恋」も上映することにしました。

swissinfo : スイスの映画をご存知ですか。

小林 : 今のスイスの映画はほとんど観る機会がなくて観ていないのですが、20歳代前半には観ました。ヌーベルバーグのアラン・タネールとか。彼の初期の作品とかいいですよね。レナート・ベルタという彼のカメラマンもいいです。

swissinfo : フランソワ・トリュフォーに弟子入りしたくてパリにいらっしゃったが、トリュフォーにはお会いにならなかったとか。

小林 : シネマテークに行ったり…。ほとんど病気になっちゃったんですよ。自閉症みたいに。少し精神的に良くなってきたんで、後半はトリュフォーの映画のロケ現場を旅しました。自分で映画を作りたいと思わなかったですね。ただ、トリュフォーの映画に関わりたいと思いました。トリュフォーの男性、女性の描き方はすごいなあと。すごく繊細で。( その当時は ) あまり自分で表現したいとか、考えていなかったんです。そんなことはできることではないと思ってました。

swissinfo : 次の作品の予定はありますか。

そろそろ、20年ぐらい前に書いたシナリオが2本あるんですけれど、フランスが舞台の日本人の話なんですが、具体的にしたいと思っているんです。1つはリヨン、もう1つはパリが舞台です。

swissinfo、 聞き手 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )  ロカルノにて

1954年東京生まれ。
林ヒロシの名前でシンガーソングライターとして活動。
映画への情熱が募り、フランソワ・トリュフォー監督の弟子になろうと渡仏。しかし、監督には会わず帰国。脚本家としてテレビドラマを多数手がけるが、42歳で映画監督に転向。デビュー作「Closing Time」でゆうばり国際ファンタスティック映画祭グランプリを受賞。その後、カンヌ国際映画祭に4回出品。第56回ロカルノ映画祭では「完全なる飼育 女理髪師の恋」で特別大賞を受賞した。( 参考資料「魂の仕事人」)

その他主な作品
「海賊版 Bootleg Film」 ( カンヌ国際映画祭出品 )
「殺し KOROSHI」( カンヌ国際映画祭出品 )
「歩く、人」( カンヌ国際映画祭出品 )
「フリック」
「バッシング」( カンヌ国際映画祭コンペティション参加作品 )

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