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スイス人がドイツに抱く2つのイメージ

1945年チューリヒ:ドイツとスイスの新聞が並ぶ。「スイス・ドイツ関係」は今でも取り上げられるテーマ

第2次世界大戦でスイスは確かにドイツに抵抗したが、協力もした。共感からか、国益からか、それとも自己防衛のためだったのか。スイスインフォのブログ上で、スイス人とドイツ人が論争を繰り広げている。そこで、歴史学者のゲオルク・クライス氏が解説する。

ドイツ人からは、スイスには「ある種の人種差別的な思想があった」と非難する書き込みがある。これに対し、「共感からではなく、ナチスによる占領を避けるためにスイスはナチスドイツに協力した」と、スイス人は反論する。

ブログ上での論争

 ほかのドイツ人から、スイス人は「ヒトラーの銀行家」として戦争の長期化に加担したという書き込みが出ると、このような主張をすることでドイツ人はただ単に「戦争とホロコーストに対する自国の責任の一部をスイスになすりつけたいだけだ」とスイス人がやり返す。

 昨今、スイスではドイツ人労働者が著しく増加していることから、ドイツ人とスイス人の関係はメディアによって繰り返し取り上げられるテーマだ。偏見とステレオタイプが広まっている。

ドイツの脅迫、スイスの怒り

 また、ドイツのペール・シュタインブリュック財務相が小さな隣国の税制を非難し「ムチも必要だ」と発言したり、「租税回避地 ( タックスヘイブン ) 」に対する反対運動でドイツ社会民主党 ( SPD ) 党首フランツ・ミュンテフェリング氏が「もし、かつてスイスに兵隊を送り込んでいたなら」という発言をしたことから、多くのスイス人が怒りをあらわにしている。こうした「武力に訴えた脅迫」は、明らかに1930年代のナチス時代をほうふつとさせ、戦後60年以上たった今でもこうしたことが起こる。

 バーゼル大学ヨーロッパ研究所の所長であり、連邦人種差別対策委員会 ( EKR/CFR ) の委員長でもあるゲオルク・クライス氏はこうした言論に非常に不快感を覚えている。
「粗野で無教養だと思います。ナチス用語が目立って、無教養な形で使われています」
 と嘆く。ドイツ国民は前世代の戦争責任を戦後の今も引き受けるという姿勢を見せなければならないと、クライス氏は言い
「国ごとの枠で考えるなら、スイス人も同様のことをするべきです」
 と強調する。

はるかに複雑な歴史

 歴史学者のクライス氏によれば「ドイツ人・スイス人問題」はメディアが作り上げたものではなく、すでにあったものをメディアが「わりあい目ざとく取り上げた」という。明らかに「ドイツ人流入に対する不安感」の表れだという。

 この場合、第2次世界大戦というテーマは「爆弾」に等しいという。しかし、歴史ははるかに複雑だ。ドイツ人とスイス人の関係を検証するには、第1次世界大戦以前の時代までさかのぼらなければならないという。

 クライス氏によれば、当時、スイスのドイツ語圏はドイツに対して非常に友好的で、ドイツを称賛していたという。
「その後、2つの大戦の間の時期に、2国間の関係はむしろ問題が多くなり、ドイツに対する2つの相反するイメージが生まれました」
 ナチス時代にもスイスの一部に見られた「共感」を、クライス氏はそれ以前にあったドイツへの称賛に根拠付けている。

「スイス」という1つの国は存在しない

 第2次世界大戦でスイスはドイツに協力した。これははっきりしている。
「スイスが隣国にドイツを選んだのではなく、スイスはこの隣国となんとか付き合わなければなりませんでした」
 クライス氏はスイスの立場を語る。

 1990年代にスイスでは、戦中の歴史を見直す1万ページに及ぶ「ベルジエ報告」が作成された。しかし「必要に迫られた協力と自発的な協力の境界線はどこなのか」という問いに対する歴史学的な研究はされていない。
 「歴史にかんする多くのことがまだ徹底的に究明されていません。スイスインフォのブログ上で繰り広げられている討論は、さらなる歴史学的研究の必要性を示しています」
 とクライス氏は言う。

 「スイス」という1つの国は存在せず、ナチスに対する態度は個別的だったという。亡命者への対応は各州で異なっていた。経済においても、企業がそろって協力的だったわけではない。例えば「スイスエアー ( Swissair ) 」はミュンヘン行きの便を継続させたかったために「ニュルンベルク法」を認めた。また、外国に住んでいたスイス人の多くは第3帝国に対して肯定的な態度を取った。
「彼らは面倒なことを避けたかったので、ドイツとは一線を画そうとしたスイスのメディアに対してほとんど理解を示しませんでした」
 とクライス氏は言う。さらに、何百人というスイス人が自発的にドイツ国防軍やナチス親衛隊 ( SS ) に志願した。
「しかし、このような自発的な志願兵のために、それ以外のスイス人までもが同じように見られるべきではありません」
 とクライス氏は強調する。

共感と嫌悪感

 クライス氏によれば、ナチスの国家社会主義の考え方に対し、スイスにはあまり抵抗がなかったという。
「共感がありました。しかし、スイス閣僚のフィリップ・エッター氏が示した態度に見られるような、野卑なナチズムに対する嫌悪感や反感もありました」
 スイスの保守勢力は最後まで抵抗し続けたという。クライス氏の考えでは、もしナチスへの共感がスイスという国の独立性にかかわる問題でなかったなら、スイス・ドイツ語圏の大部分が第3帝国のイデオロギーに対してもっと共感を示しただろうという。

 民族主義や共産主義のようなイデオロギーの浸透には群集の存在が前提になっていると、クライス氏は言う。
「そのようなまとまった数の群集がスイスにはいませんでした。これはスイスの功績なのでしょうか?それとも、高い山々に隔たれた小さな集落から成るスイスの構造によるのでしょうか?もしスイスが起伏のない平地のオランダに位置していたら、どうなっていたでしょう?」
 と、クライス氏は疑問を投げかける。

swissinfo、ガビ・オクセンバイン 中村友紀 ( なかむら ゆき ) 訳

2008年8月末の時点で、160万人以上の外国人がスイスに暮らす。外国人居住者の割合は人口の21%を占める。
そのうち約25万人 ( 約14% ) がドイツ国籍所持者。ドイツ人はイタリア人に次いで2番目に多い外国人グループ。
スイスはここ数年間でドイツ人が最も好む移住先になった。
スイスに居住するドイツ人の大部分は高い資格を持ち、その多くが企業の幹部または学者だ。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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