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スイスの「暗号国家」戦略 企業の評価は二分

野村ホールディングス
野村ホールディングスは仮想通貨ビジネス新子会社をスイスに設立する Keystone / Kimimasa Mayama

日本に本社を置く野村ホールディングスが、仮想通貨ビジネスの新子会社の設立先にスイスを選んだ。ブロックチェーン関連企業を手厚く迎え誘致しようとするスイスの国家戦略は着実に成果を上げているが、他国との競争は激しく、流出する企業もある。

野村ホールディングスの子会社レーザー・デジタル・ホールディングス(Lased Digital Holdings AG)外部リンクは、正にスイスが「ホーム・オブ・ブロックチェーン(Home of Blockchain)」キャンペーンでターゲットとするタイプの仮想通貨企業だ。同業界の国際的企業にとっての「一等地」としてスイスをアピールしてきた。

2022年5月にキャンペーンを立ち上げた際、ウエリ・マウラー財務相は「ブロックチェーンは国際金融を変え、近代化する手段の1つだ」と述べた。「スイスの金融センターが、この変化のプロセスで主導的な役割を果たすのが非常に重要だ。それがスイスの競争力を更に向上させる」

分散型台帳技術(DLT)の名でも知られるブロックチェーンのデータベースは、第三者機関を仲介しないことで、即時決済を可能にする。例えば、現在の株の取引では売買完了までに何段階もの手作業のチェックが行われているが、DLTはこのプロセスを能率化し、決済にかかる時間とコストを削減する。

スイス政府・議会もそのメリットの大きさを見込んで、21年にブロックチェーン技術の普及を目指して会社法・金融法を改正した。欧州連合(EU)や米国など他の地域も現在、同様の法整備を進める。

わずかなリード

スイスは、ブロックチェーンの世界で先陣を切ることに成功した。ブロックチェーンは、他のビジネス領域のデジタル面のパフォーマンスを向上する可能性も持つ。ノバルティス、ネスレ、時計メーカー、商品取引業者といった企業も、サプライチェーンの改善や偽造品対策のために、DLTを用いた実験を行っている。

しかし、スイスがリードしていると言っても、付けた差は小さい。スイスの同業界を構成するのはわずか約1千社、働くのは6千人にすぎない。マウラー財務相は、EUや米国、またシンガポールやドバイといった他国との競争の激化に直面する中で、スイスは野心的に成長を追求するべきだとコメントしている。

「スイスは現在、今後数年内に主流になり得るテクノロジーの針路を決めるチャンスを手にしている。他のあらゆる国際的プレーヤーとの競争の準備はできている」

スイスをブロックチェーンのハブの草分け的存在にしたのは、スイス中央部ツーク州でのある実験だった。14年、ツーク州当局は多種多様な起業家たちに、「イーサリアム」という新たなデジタルプロジェクトのための拠点開設を許可した。イーサリアムは現在では、ビットコインに次いで第2位のブロックチェーンのオペレーションシステムに成長した。

更に、ブロックチェーン企業が独自の仮想通貨の鋳造や販売で得た数十億ドルの収益を基金化する実験も行われた。ニア(NEAR)やポルカドット(Polkadot)など、世界でも有名なブロックチェーンの多くがスイスに財団を設立し、各ブロックチェーンのプラットフォームでプロジェクトを立ち上げるスタートアップ企業に、何百万ドルもの補助金を支給している。

こうした取り組みにともなって、ブロックチェーン財団の立ち上げや資金管理についてスタートアップ企業に助言するコンサルタントや弁護士、アセットマネージャー、ブローカー、会計士も多くツークに集結した。

「クリプト(暗号)国家」スイス

スイスは自らを「クリプト(暗号)国家」と称し、未熟なブロックチェーン産業の育成に注力する。中でもブローカーや取引所の支援や銀行免許の付与など、金融機関へのサポートは特に手厚い。

伝統的にスイスの基盤を成してきた堅実な行政・金融インフラと法的安定性が、ブロックチェーン関連企業を引き付けている。22年にスイスで事業を立ち上げたQPQもその1つだ。

QPQの設立者グレッグ・チュー氏は「我々は事業開始に当たり、様々な国の規制当局に接触した」とswissinfo.chに語った。「規制当局の多くとのやり取りには本当に苦戦したが、スイスにやって来た時、その態度は全く違うものだった。スイスのシステムには学ぶべきことが非常に多く、またそうしたシステムのおかげで規制当局と理性的にやり取りできた。それは非常に重要なことだった」

一方、クリプト・バレー・ベンチャー・キャピタル(CV VC)の設立者マティアス・ルッフ氏は、スイスの規制当局である連邦金融市場監督機構(FINMA)の慎重かつ体系的なアプローチは、ブロックチェーンのスタートアップ企業たちの急速に変化する世界で起きる、最先端のイノベーションを抑制してしまいかねないと警告する。

ルッフ氏は、大衆紙ブリックに「質問や問題に対する回答をFINMAから得るまでに、非常に長い待ち時間を我慢しなければならないこともある」と語っている。「そのため、一部の企業は海外、例えばシンガポールに移転した」

求人数を満たすだけのスキルある労働者を見つけられるかどうかも、「クリプト国家」拡大の野望のネックと成り得る。この人材不足に対処しようと、スイスではブロックチェーン技術の教育に特化したコースを開設する大学が増えている。しかし目下、人材への需要が供給を上回っており、世界中の企業間で有能な労働者を獲得するための激しい競争が起きている。

追われる立場

スイスの仮想通貨企業メタコ(Metaco)のアドリエン・トレッカーニ最高経営責任者(CEO)は「人材を見つけるのは本当に大変で、とてもコストがかかる。我々は、非常に高額な給与を気前よく支払うカリフォルニア並みの予算を持つ米国企業と競っている」と語る。

野村ホールディングスはレーザー・デジタル・ホールディングスの拠点をスイスに選んだ理由を、スイスが「デジタル・アセットおよびブロックチェーン関連の法制度が整備され、その分野の人材が豊富」であるためとする。

スイスは自身を、ブロックチェーン技術の不安・危険な側面を取り除くべく規制を施し、同業界でも最も安定し信頼できる場所の1つとして位置付ける。

しかし、ブロックチェーン産業に力を入れて競争力を上げる国が増え、スタートアップ企業の実験により大きな自由を与えることで誘致を図る国も出てきている。こうした競争の中で「クリプト国家」スイスは、追い付かれはしないかと懸念している。

英語からの翻訳:アイヒャー農頭美穂

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