スイスの視点を10言語で

プーチン氏との握手「大衆がどう認識するかはそれほど重要ではない」 赤十字国際委員会総裁

国際赤十字委員会のペーター・マウラー総裁
2015 年、サウジアラビアによるイエメン空爆で破壊された建物のがれきの前に立つピーター・マウラー氏 Keystone/EPA/Yahaya Arhab

赤十字国際委員会 (ICRC) のペーター・マウラー総裁の在任中、シリア内戦やミャンマーでのロヒンギャ迫害、アフガニスタン、ウクライナ戦争など、多くの危機が発生した。9月末の退任を前に、ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)とのインタビューで任期を振り返った。

SRF:この 10 年を振り返って、今どのような気持ちか。

ペーター・マウラー:自分が成し遂げられたことに大きな満足を感じている。また今が退任に適したタイミングだと確信している。この間、多くの人と出会い、実りある対話ができた。

そういう意味では後ろ髪を引かれる思いもある。総じて振り返れば、今起きている国際紛争への対応に抜け漏れはなく、ICRCにとって良い時代となった。

SRK:10年前に比べ自分は変わったと思うか?

マウラー:人々と論争し紛争の凄まじい影響を経験することで人が変わるのは確かだ。特にそれを繰り返し目にし、自身が渦中にあるとなれば。驚いたのは、ある時、メディアの写真で見るよりも身をもって体験する方がむしろ簡単だということに気づいたことだ。

国際赤十字委員会のペーター・マウラー総裁
2013年、イスラエルで救急医療隊員の話に耳を傾けるマウラー氏(左) ICRC

紛争地域に出向いて人々と話すと、恐怖感の占める割合が大きくなる。それは良くないことでもあるが、恐怖をうまく取り込むことは可能だ。写真を見るだけだと脳がおかしくなる。真実の恐怖は、想像上のそれよりはましだ。

SRF:あなたの任務の1つは、あらゆる戦争当事者と対話し、交渉することだ。それが八方美人だとの批判も根強い。国際法違反を犯す人々とどう対話するべきなのか?

マウラー:まずは耳を傾けることだ。何が原動力になっているかを理解する必要がある。どうやって今いる場所に辿り着いたのか?難しいことではあるが、対立する派閥にも共感しなければならない。

もし犯罪者や暴漢、テロリストとしか対話していないと考えるなら、それはスティグマ化の論理にはまっているということだ。その論理から抜け出さなければ、信頼できる中立な仲介者とは言えない。

国際赤十字委員会のペーター・マウラー総裁
2019年、イラク北部のモスルで、身の上話を訴える家族に耳を傾けるマウラー氏 Ibrahim Sherkhan

すべての当事者と話し合って理解を深めようとすれば、話し合いを再開するためにそれぞれができることが何か、思いつくかもしれない。だが理解は謝罪と同義ではない。それを区別することが重要だ。

これまで何度も明らかになったように、こうしたアプローチが常に受け入れられるわけではない。みんな何らかの立場を持つことを求め、中立は臆病であることだと考えている。だが中立は、この任務を果たすに当たり実用的な原則だ。

SRF:そうした対話の中で、あなたの言い分が相手に通じているかどうか、どうやって確認するのか。

マウラー:興味深いのは相手が意図していないことを発言した瞬間だ。正直に話している口調が加わったり、「要点」や「ブリーフィング」にはなかった説明があったりすることに気づくことがある。突如感情的に反応するのは、あなたが対話のムードを変えるべき時だというサインだ。

それは信頼構築に向けた最初のサインだ。あなた自身がオープンに、正直であろうとし、差別化しようと試みた結果でもある。それは私が人道国際法違反について語らないということではない。だがいつも何度でも、整理しようとしてきた。時が経つにつれ、くさびを打ち込む方法を感覚的につかめるようになる。

SRF:それはどこで習得できるのか?外交官学校ではない?

マウラー:外交官が職業であると同時に一種の芸術であることは偶然ではない。職業なので学び取れることもある。だが本能や直感、気分を読み取ることで動く物事もある。それには経験が欠かせない。

学び、経験し、失敗することも必要だ。場の空気を読み間違えたことに気づくのだ。これは私にとってこの10年間で最も面白いプロセスだったが、その前の外交官時代にもそう感じていた。いつも私を魅了してきた。それは私たちがICRCで取り組んでいることの本質でもある。

SRF:何かを変えたり前進させたりしたこととして、どんな対話が記憶に残っているか?

マウラー:控えめに言っても、かなりの多くのそうした対話があったと言いたい。

SRF:3月にウクライナでロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と会談した時は、何を成し遂げたのか。

マウラー: ICRCが今ウクライナで行っていることとしては、6月に両国間の軍戦死者の遺体を交換した。ウクライナのロシア占領地域にいる捕虜を訪ねた。ロシア当局、ウクライナ当局と連絡を取り、1千件以上の行方不明者を探し当てることができた。

国際赤十字委員会のマウラー総裁とロシアのラブロフ外相
3月末、モスクワでロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と握手を交わしたマウラー氏は激しい批判を受けた Keystone / Kirill Kudryavtsev / Pool

問題全体から見れば、それらは目立たない取り組みだ。だが絶え間なく対話を続けて信頼の基盤を構築しなければ実現できなかった大切な前進でもある。

SRF:しかしラブロフ氏やアサド氏、プーチン氏のような人々と握手したことで、公の場で非難されることもある。

マウラー:そうしたことも甘受しなければならない。大衆がどう認識するかはそれほど重要ではない。私たちが目指すのは、兵士であれ民間人であれ、被害を受けた人々の生活を変えることだ。こうした人々の認識と理解、そしてそれぞれの戦争当事者の正当性がある限り、それで十分だ。

人々がどちらかの側に立ちたいと思っているのは理解できる。だが世界には2つの異なる見方がある。私は中立的な仲介者の役割を10年間果たしてきた。

だからといって、私が物事に白黒つけたがる政治的な人間ではないというわけではない。だがそれは役割の問題だ。さらに言えば、ICRC総裁と言う役割は大きな影響を持つことが示されている。それが重要なのだ。

ペーター・マウラー氏はICRC 総裁として100カ国以上に約2万人のスタッフを統率する。ICRCはアフガニスタン、エチオピア、イエメン、シリア、サヘル地域、そして開戦以来のウクライナを重点国・地域とする。

マウラー氏は2011年10月にICRC総裁に選出。その前はスイス連邦外務省の外交官として長年キャリアを積んでいた。

2004~10年は国連のニューヨーク本部でスイス大使および常任代表を務め、その後外務省政治局長を務めた。

今年9月末に退任した後は、世界中の汚職やホワイトカラー犯罪との戦いを目指す「バーゼル・インスティテュート・オブ・ガバナンス」の会長に就く。ミリアナ・スポリアリッチ・エッゲー氏が初の女性ICRC総裁として後任に就く。

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部