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排出枠取引、CO₂削減量に相次ぐ疑義 スイス・サウスポールは旗艦プロジェクトから撤退

かつて農地として使用されていたジンバブエ北西部ビンガの再生森林地帯
かつて農地として使用されていたジンバブエ北西部ビンガの再生森林地帯(2023年6月10日撮影)。カリバREDD+森林保全プロジェクトは、スイス企業サウスポールの手がけるオフセット事業の中で最大級のものだった Zinyange Auntony / Keystone

温室効果ガスの排出枠を取引する「カーボンオフセット」をめぐり、クレジット(排出枠)の正当性に対する疑惑が噴出している。クレジット売買で世界最大手のスイス企業「サウスポール」はジンバブエの森林保護プロジェクトから撤退。排出枠の購入を手控える企業も出ている。

カーボンオフセットは、企業や個人が飛行機での移動や建設事業などで排出する二酸化炭素(CO₂)の償いとして、他の地域のCO₂削減・抑制プロジェクトに金銭支援する仕組み。プロジェクトを手がける事業者がクレジットを発行し、第三者機関の認証を受けるのが一般的だ。

クレジット売買で世界最大手のスイス企業、サウスポールは10月27日、ジンバブエのカリバ湖で展開していたプロジェクト「カリバREDD+」から撤退すると発表外部リンクした。REDD+は「Reducing emissions from deforestation and forest degradation in developing countries(途上国の森林破壊・劣化による排出量を削減)」の略で、ジンバブエ北部のカリバ湖沿岸の森林78万5000ヘクタールを保全する世界最大級のプロジェクトだ。投資団体「カーボン・グリーン・インベストメンツ(CGI)」が主導していた。

サウスポールは声明で、「カリバREDD+に関する認証・クレジット業務は今後全てCGIが責任を負う。クレジット創出者としてのサウスポールの役割は終了した」と述べた。CGIはロイター通信に対するコメント要請に応じなかった。

カリバREDD+が2011年の開始以来発行した約3600万クレジットは全て、森林保全による大気中の炭素吸収を対象としていた。クレジット1単位は、大気から除去または大気への流入を阻止したCO₂量(トン換算)に相当する。

サウスポールは、販売済みの炭素クレジットはCGIとの契約終了後も有効だと述べた。

同社が突如打ち切りを決めたのは、カリバREDD+やカーボンオフセットの仕組みそのものをめぐり、クレジットの正当性に疑問符と課題が突き付けられているからだ。

クレジットの正当性を認証する非営利団体ヴェラ外部リンク(Verra、本社・ワシントン)は10月17日、カリバREDD+に対する調査を開始したと発表外部リンクした。米誌ニューヨーカーがその前日、サウスポールが販売した数百万のクレジットは実際には炭素削減につながっていないと特報外部リンクしたことを受けた。

ヴェラは声明で、サウスポールとカリバREDD+に対する「深刻な疑問を引き起こした」ことに「深く動揺している」と述べた。調査完了までクレジットの発行を凍結する方針も発表した。

サウスポールは実のないクレジットを販売したのは故意ではないと強調した。ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)でヴェラによる調査を全面的に支援するとともに、今回の疑惑を踏まえてカリバREDD+における同社の役割を「積極的に見直す」と表明した。

カリバREDD+はサウスポールの旗艦事業で、資産10億ドル規模の「ユニコーン企業」に成長する起爆剤となった。SRFによると、グッチやネスレ、フォルクスワーゲンなどの多国籍企業がクレジットを購入していた。

オフセット制度に対する批判と課題

カリバREDD+やカーボンオフセット制度に対しては、この数カ月で大きな批判が起きている。

1月には英ガーティアンらによる共同調査外部リンクで、ヴェラが認証したクレジットの9割が約束された削減量を達成していなかったことを明らかにした。その中にはサウスポールがカリバREDD+で発行したクレジットも含まれていた

SRFは独週刊誌「ツァイト」やオランダ調査機関「Follow the Money」とともにカリバREDD+を共同調査した。7月に発表した報告書では、約束された投資のほんの一部しかジンバブエの現地で確認できなかったことが明らかになった。報道を受けて、グッチなど複数の企業がカリバREDD+から撤退外部リンクしたと報じられている。

8月には英ケンブリッジ大ら国際チームも類似の研究外部リンクを発表した。カリバREDD+で発行された数百万のクレジットの削減量が、粗雑な計算式によって水増しされていることを明らかにした。同研究は、ほとんどのカーボンオフセット制度が森林破壊の抑制度合いを大幅に過大評価していることも突き止め、科学誌サイエンスに掲載された。

カーボンオフセットは「完璧ではない」

サウスポールのレナート・ホイベルガー最高経営責任者(CEO)は9月、ロイター通信に対し、カリバREDD+では常に認証を受けた方法論に従ってきたと弁明した。

「森林伐採に他の方法はない。森林破壊率がどうなるかを、10年前に知ることはできない」とも語った。

ヴェラは世界の民間発行クレジットの約4分の3を認証する。ジャーナリストや科学者、環境団体による調査を歓迎する一方、「炭素市場を活用した資金調達なしに世界の気候目標を達成するのは不可能だ。市場の透明性を促進し、継続的な改善に取り組む必要がある」とオフセット制度の重要性を強調した。

またカリバREDD+はこれまでに多大な効果をもたらしてきたが、そのシステムは完璧ではないことも認めた。

「カリバREDD+による排出削減量の計算は、他のプロジェクトに比べて必ずしも明確ではない。そのためヴェラはカリバREDD+および他の(ヴェラの認証基準)VCSの方法論を全て見直し、ベストプラクティスや最新の科学的知見、過去10年間にヴェラが蓄積した教訓を確実に反映するよう継続的に努力している」

投資家のオフセット離れ

排出量の実質ゼロ目標を掲げるよう株主から圧力を受ける民間企業が増えるに伴い、民間の炭素取引市場は今年まで右肩上がりで成長してきた。市場規模は2021年に約20億ドルに達し、米シェルとボストン・コンサルティング・グループは1月、2030年には100億~400億ドルに達するとの予測を発表した。

一方、ロイターは9月、企業がクレジット購入を手控えたため、民間オフセット市場は今年、7年ぶりに減少に転じると報じた。ブルームバーグNEFによると、企業が購入したクレジット数は今年1~6月に6%減少。コンサルタント会社エコシステム・マーケットプレイスは8%減少と算出した。

スイスの食品大手ネスレはロイターに対し、「カーボンオフセットへの投資から、ネスレのサプライチェーンや事業における排出量削減に役立つプログラムなどへの投資に重点を移している。これはネスレの実質ゼロ目標を達成に向けて最も大きな差を生む」と語った。

相次ぐ疑惑の発覚はサウスポールの雇用にも影響を及ぼしている。SRFによると、同社は10月上旬、「大規模なリストラ」により社員の2割を解雇しなければならないと内部通達した。

サウスポール社はSRFに対してコメントを拒否したうえで、次のように語った。「他の企業と同様に、市場力学と需要に基づき持続可能な構造・人材配置になっているかどうか、定期的に評価している」。同社は30カ国以上に約1200人の社員を抱える。

英語からの翻訳:ムートゥ朋子

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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