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温室効果ガスの削減量取引 ネックは公平性の欠如と複雑さ

田んぼ
スイスは温室効果ガスの削減量(クレジット)と引き換えに、ガーナで環境に優しく、メタンの排出量が少ないコメの生産技術を普及させる予定だ Keystone / Legnan Koula

スイスは、温暖化対策の国際ルール「パリ協定」に基づく温室効果ガス削減量の国際取引(カーボンオフセット)を強く推進する国の1つだ。だが、2021年の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で導入されたカーボンオフセットには賛否両論があるだけではなく、その仕組みの構築が複雑なことも明らかになってきた。

スイスは11月14日、英グラスゴーで昨年開催されたCOP26で政府による削減量取引の基本ルールが策定されて以来、初めてとなるガーナとのカーボンオフセット事業外部リンクを発表した。連邦政府はこれにより、ガーナにおける持続可能なコメの生産に対する融資を通じて削減した二酸化炭素(CO₂)排出量で、スイスの排出量を相殺(オフセット)できるようになる。

これはスイスが2020年にペルーと締結した先行協定に続くものだ。ペルーの農村部に省エネのオーブンを提供し住民の薪の使用量を減らすことで削減したCO₂量をスイスの交通・運輸部門からの排出量と相殺する内容だ。

カーボンオフセットでは、環境を汚染する国や企業がクレジット(削減量)を購入し、温室効果ガスの排出量と相殺する。その代金は金額に相当する量のCO₂の排出を防止・削減する世界中の事業に充当される。

このような二国間協定が進むにつれ、カーボンオフセットの公平性が疑問視されるようになった。気候変動の影響が大きい発展途上国がより一層の資金提供を求めているためだ。パリ協定第6条に基づくオフセットは、富裕国がCO₂削減への努力を怠ることを助長し、貧困国により重い負担を強いることになりかねないとの批判もある。

昨年のCOP26で明確化されたパリ協定第6条は、温室効果ガスの削減目標達成に向け、各国が自主的な協力を進めるための基本ルールを定める。だが、実施方法の詳細が決定するのは、まだ数年先になりそうだ。グローバルな包括的規制枠組みの欠如や、富裕国が融資するオフセット事業とは関係なく実施されたプロジェクトに対し、他国が投資していないことを確保する方法などの問題が解決していない。

スイスは2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で50%削減すると公約している。連邦政府は削減量の多くをドミニカやジョージア、セネガルなどの貧困国とのオフセット協定で実現できると見込む。合計で、削減目標の3分の1に相当する1200万トンのCO₂排出量を相殺する計画だ。

スイスでは2021年、より野心的な削減を要請する改正CO₂法が国民投票で否決されたため、現行法が2024年まで延長される。連邦議会は最近、それ以降の5年間に適用するCO₂法の改正議論に着手した。

公平性と複雑さ

他にも同様の削減量取引を準備するスイスは、気候目標を達成する手段として自らの排出削減戦略とカーボンオフセットへの信頼を正当化する。シモネッタ・ソマルーガ環境相はswissinfo.chの取材に対し、パリ協定の下で公約した国内の排出量削減目標を超えて「スイスが途上国にとって興味深く優良なプロジェクトを促進できれば、両国がメリットを得るウィンウィンの状態になる。つまり、途上国が他では得られないような投資を獲得し自らの気候状況を改善する一方、スイスはそれを削減分として算入できる」と説明した。

また、連邦環境省環境局のヴェロニカ・エルガート気候政策副部長は、協定の締結に当たり、受け入れ国のニーズや温室効果ガス削減目標を考慮することが重要だと指摘した。「各国でどのように炭素市場を有効活用すれば相互支援になるのか戦略を立てるべきだ」という。

だが、食料安全保障、持続可能な開発、ジェンダー公正に関するプロジェクトを支援するスイスのカトリック系慈善団体ファステンオプファー(Fastenopfer)のダーヴィット・クネヒト氏は、連邦政府が推進するオフセットの仕組みを疑問視する。

ペルーでの事業は、スイスが促進すべきプロジェクトではないと同氏は言う。「現地のコミュニティと共有された技術は何年も前から知られており、既に7年前に革新的ではないと指摘されていた。スイスは国として、プロジェクトが受け入れ国に技術的進歩をもたらし、その国が技術移転を享受できるよう確実にすべきだ」と述べた。

また、このような削減量取引には、(先進国の支援とは無関係に)どのみち途上国で行われたかもしれないプロジェクトが含まれる可能性があり、そうなるとパリ協定の条件の1つである「追加性」の条件を満たさなくなる恐れもある。

COP27で開催されたパネルディスカッションでは、カーボンオフセットの仕組みの複雑さについても議論された。連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)での研究実績を持つ博士課程の学生クリスティアン・フライシャー氏は、途上国にとってはカーボンオフセットのプロセスに関わるコストがその利益を上回りかねないと指摘した。同氏によると、このような仕組みへの参加は複雑で、パートナー国が既に自らの排出量を説明・報告する登録簿を持っているか確認することから始まる。

このような複雑さから、環境コンサルタント「パースペクティブズ気候グループ外部リンク」で働くフライシャー氏のような専門家は、途上国がカーボンオフセットに取り組む国同士の交流を深めるよう助言する。日本は、途上国にカーボンオフセット協定の締結に関する技術支援を行うプログラムを発表した。

フライシャー氏の「パースペクティブ」の同僚アーユシ・シン氏は「紙(国際協定)の上ではすべて定められているが、いざその仕組みを実施するとなると、私たちが望むような形にはならない。炭素クレジットの価格暴落外部リンクを繰り返さない方法で原則を運用し、市場でクレジットの需要を十分に確保できるガイドラインが必要だ」と述べた。

ロシアのウクライナ侵攻により他の金融市場が打撃を受けた際、炭素クレジットの価格も急落した。現在も続く世界経済の圧力で、価格設定がさらに下がるのではないかという懸念が生じている。欧州エネルギー取引所の数値によると、欧州連合(EU)における炭素クレジットの価格は2015年以降、1トン当たり5ユーロ(約735円)から約25ユーロまで上昇したが、3月には1トン当たり15ユーロに下落した。

世界銀行は、少なくとも46カ国が現在、炭素税や排出権取引制度を通じて排出量に価格を付けていると予測する。2015年は40カ国だった。途上国の中には、森林などの自然由来のプロジェクトで得られる炭素クレジットの価格設定が低すぎると訴える。価格設定プロセスが不透明だと指摘する声もある。

COP27で「パースペクティブズ気候リサーチ」など様々な諮問グループの助言を受けた政府によるカーボンオフセットには、1990年代には既に始まっていた民間のオフセット・イニシアチブや、パリ協定を受けてスイスなどの国々が締結した協定から技術を借用したものが多い。

スイス・ジュネーブに拠点を置く炭素クレジットの認証機関ゴールドスタンダードの炭素市場責任者ヒュー・ゴールウェイ氏は、国家間のオフセット構築プロセスについて「時間はかかるが、迅速化されると期待している」と述べた。さらに、「確かなのは、プロセスの適正性を確認したい国の多くがキャパシティー・ビルディング(能力構築)を必要としていることだ」とした。

基準の確立が必要

世界貿易機関(WTO、本部ジュネーブ)のンゴジ・オコンジョ・イウェアラ事務局長は、COP27に先立ち個人的な懸念を表明していた。同氏は炭素取引とカーボンプライシング(炭素の価格付け)システムで「断片化」が進み、価格設定や基準がまちまちな点に触れ、「気候変動というゲームでこれほど遅くまで断片化を許すことはできない」と述べた。

今年のサッカーワールドカップ(W杯)の開催国カタールによるグリーンウォッシュ(見せかけの環境保護)に関する最近の報告書では、同国が物議を醸す手段で排出量を相殺したと指摘されており、現行の基準が不明瞭である問題を浮き彫りにした。

ゴールウェイ氏は特に、いわゆるボランタリークレジット市場など、民間部門で利用されているいくつかのシステムには不安があると言う。「私たちは、追加性の要件や適切な保護措置を考慮せず、現地の利害関係者と適切な協議もしない一部の認証機関を懸念している」と述べた。

編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:江藤真理

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