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排出量取引の不正がスイスの逆風に COP28開幕

2023年2月にドバイで開催された世界政府サミットで講演するスルタン・アル・ジャベル氏
2023年2月にドバイで開催された世界政府サミットで講演するスルタン・アル・ジャベル氏 Kamran Jebreili / Keystone

第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)が30日、ドバイで開幕する。炭素取引制度はスキャンダルで根幹が揺らぎ、スイスも気候変動戦略の見直しを迫られている。

190カ国以上がドバイに結集し、世界の排出量抑制や途上国支援を議論するCOP28が開幕する。2023年は観測史上最も暑い年になると予想され、科学界は気候変動の深刻化に警鐘を鳴らす。パリ協定の定める気候目標の達成に向け、地球全体が一丸となる方法を見つける必要がある。

11月30日~12月12日の2週間にわたり開かれるCOP28では、アブダビ国営石油会社のスルタン・アル・ジャベル最高経営責任者(CEO)が議長を務める。注目は第1回「グローバル・ストックテイク(GST)」だ。産業革命以降の地球の気温上昇を1.5度以内に抑えるというパリ協定の目標に向けた各国の政策やその進捗を検証する枠組みで、第1回は2021年11月から進められてきた。

検証のたたき台となる国連の報告書外部リンクは9月に発表され、各国が二酸化炭素(CO₂)排出削減に十分な進捗を遂げていないと指摘した。国連気候変動枠組み条約事務局のサイモン・スティル事務局長は「COP28が明確な転換点とならなければならない。各国政府は気候変動に向けた取り組みを強化すると約束するだけでなく、それをどのように実現するかを詳細に示す必要がある」と強調した。

ブラジル北部アマゾナス州マナウスにあるプラケクアラ湖
ブラジル北部アマゾナス州マナウスにあるプラケクアラ湖の周辺住民は、深刻な干ばつによる水不足に直面している Michael Dantas / AFP

スイスの新交渉官

今年6月にスイスの気候大使に就任したフェリックス・ヴェルトリ氏はCOP28の開催に先立ち首都ベルンで開かれた記者会見団で、気温上昇を1.5度以内に抑えるためにさらに高い野心を持っていくことがCOP28代表団の最大の目標だと語った。

ヴェルトリ氏は、再生可能エネルギーやエネルギー効率向上と同時並行で、化石燃料から撤退する戦略を立てることが重要だと述べた。最大の排出国(中国や湾岸諸国など、国連の分類上は途上国ながら国内総生産=GDPで見れば裕福な国も多い)が、深刻な気候変動が直撃する他の途上国に対する財政支援に貢献することも重要だと強調した。

国連の報告書によると、先進国から発展途上国に対する気候変動対策用資金の供与は遅れており、年間1千億ドル(約14兆8500億円)の目標を達成できていない。貧困・途上国への気候被害を保証する基金もCOP28で議論される。昨年のCOP27で合意され、今月世界銀行に設立されることが決まっていた。

ヴェルトリ氏はswissinfo.chに対し、「エネルギー転換を促す投資という点で、スイスができることはたくさんある。これはチャンスだ。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は1.5度目標の達成を可能にするための政策上の選択肢を紹介している」と語った。IPCCは今年、海洋や大気など地球の気候状態に関する複数の報告書を発表し、いくつかの勧告も行った。

ヴェルトリ氏は2010年からスイスの気候変動交渉官を担っていたフランツ・ベレス氏の後を引き継いだ。指名を受けたのは、スイスの気候変動対策法に反対する右派・国民党(SVP/UDC)のアルベルト・レシュティ氏が環境相に就いてから数カ月後のことだった。

同氏は交渉官の交代によってスイスが気候変動交渉における優先順位を変えることはないと断言した。

スイスはジョージア、リヒテンシュタイン、メキシコ、モナコ、韓国から成る交渉グループ「環境十全性グループ」で議長国を務めている。

排出量の削減方法

国連環境計画(UNEP)は今月20日に発表した報告書で、各国が取り向くべき課題は膨大なものになると指摘した。2030年までに気温が2.5~2.9度上昇するという現行シナリオを避けるためには、各国は同年までに排出量を42%削減する必要があると試算する。

気候変動交渉において未解決の問題として、化石燃料の使用・製造の削減の他に、排出枠の取引制度(カーボンオフセット)に関する明確なルール作りが残っている。

▼「カーボンオフセット」について2分で解説

排出枠取引は民間企業が気候目標を達成するために広く利用しているが、森林保全や植林などで相殺(オフセット)される排出量の計算方法が議論の的になっている。2015年のパリ協定では第6条で2種類のオフセット方法を指定する。開発途上国での持続可能なプロジェクトを支援する政府間協定と、民間の炭素取引市場だ。

スイスは前者の先駆けとして、ラテンアメリカやアフリカ、アジア各国と二国間協定を締結した。2021年にグラスゴーで開催された気候サミットでは、各協定の具体的な実施方法についてキャンペーンを行った。

取り組み強化を求める国連報告書

国連環境計画(UNEP)と複数のシンクタンクが共同で11月に発表した報告書外部リンクは、「国が決定する貢献(NDC)」と呼ばれる各国の削減目標と国内政策にずれが生じていることを浮き彫りにした。UAEを含む化石燃料の上位生産国は、2030年に現在よりも多くの石油・ガス・石炭を生産する計画だと指摘した。

一方、世界気象機関(WMO)は今月15日、地球温暖化の原因となるCO₂やメタン、亜酸化窒素を含む温室効果ガスの2022年の排出量が過去最高を更新したと報告外部リンクした。今年の気温上昇はすでに危険なほど1.5度目標に迫っていると発表してから数日後のことだった。WMOは目標を5年以内に突破される可能性が「高い」と予測していた。

オフセットの排出抑制効果に対しては批判が高まっているが、ヴェルトリ氏は二国間協定に含まれる措置には「十分な安全措置」が設けられていると述べた。削減量が出資国と支援を受けた国の両方で二重計上される問題を避ける仕組みも整えているという。

障害を相殺する

ヴェルトリ氏が念頭に置いているのは、世界最大のオフセット事業者サウスポール(South Paul)(本社・チューリヒ)を巻き込んだ不正疑惑だ。市場ベースのクレジット取引に対する疑念を増幅させている。

今年1月の報道外部リンクによると、世界最大のクレジット認証機関の米ヴェラ(Verra)が10億単位を超える排出権(10億トン超のCO₂に相当)を認証したが、その90%は「幻」かほぼ無価値だった。ヴェラ社は報道が「的外れ」と反論したが、ヴェラの認証を受けていたサウスポールは疑惑の対象となったジンバブエの大規模森林保全プロジェクトの打ち切りを決めた

気候変動ストライキで抗議の声を上げるデモ参加者
2023年3月3日、スイスの首都ベルンの気候変動ストライキで抗議の声を上げるデモ参加者。「死んだ惑星には経済はない」と書いたプラカードを掲げた © Keystone / Anthony Anex

企業や国に対しても、オフセット制度による排出削減に依存し過ぎているとの批判が出ている。

国際環境法センター(CIEL)の上級弁護士エリカ・レノン氏はswissinfo.chに「オフセットの前提として、通常通りビジネスを続け、どんな場所で発生した排出枠でも買い取れるということだ。それは間違った前提だ」と指摘した。

「今必要とされるのは、化石燃料による排出を着実に速やかに削減することであり、どこか他の活動から排出枠を購入できるという考え方に頼って排出し続けることではない」と述べた。国や企業も同じで、途上国の緩和・適応プロジェクトのために資金を提供すべきだという。

国連が呼びかけた金融機関の有志連合、NZAOA(ネットゼロ・アセットオーナー・アライアンス)は今年、年金基金やスイス再保険など保険会社といった主要金融機関に対し、2030年まで排出削減目標を達成するためにカーボンオフセット制度を利用することを禁止した。

今月3日、カーボンオフセットを監督する国連機関が炭素除去に関する指針や承認メカニズムをCOP28で定めるよう勧告外部リンクした。当初予定より1年遅れてのことだった。

CIELのレノン氏はそれでもオフセットに懐疑的だ。「何も減らしていないし、気温上昇も1.5度以下に抑えられていない。私たちが必要とする行動を取っていない」

世界自然保護基金(WWF)スイスの気候・エネルギー政策責任者で、COP28のスイス交渉団の一員であるパトリック・ホフシュテッター氏は、スイス政府の計画には「現実性を確認」する必要があると指摘した。二国間オフセット枠組みへの資金を提供するKlik基金は、スイスが法律に従い2030年までに排出量を少なくとも50%削減するという気候変動目標に後れを取っていると自覚していると話す。

同氏は、政府は後れを取り戻すために財政支援を増やす必要があるだろうと述べた。

「当然のことながら、自主的な炭素取引には不正も報告されているため、プロジェクトを承認する前にある程度の注意を払わなければならない」と警告した。

一方、COP28は石油・ガスの主要生産国であるドバイが議長国を務めるという負のイメージはあるものの、いくつか明るい兆しが見えてくるかもしれないとの期待も寄せる。

根拠として、今月中旬のアジア太平洋経済協力会議(APEC)でジョー・バイデン米国大統領と中国の習近平国家主席が気候変動問題をめぐり協議したこと、アル・ジャベル氏が石油輸出国機構(OPEC)の代表としてサウジアラビアに対し「(COP28)を大惨事にしないよう」圧力をかける可能性があることを挙げる。

「OPEC外で開催された場合よりもサウジが同意する可能性が高い。それは興味深い構図になるかもしれない」

編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:ムートゥ朋子

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