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親が難民認定を待つ間、子どもたちの教育はどこで?

難民受け入れセンターでは、子どもたちを10代のグループとそれ以下の年齢のグループとに分けて指導している Keystone

チューリヒの難民受け入れセンターの子どもたちは、他の子どものようにリュックサックに荷物を詰めて地元の学校に出かけていくわけではない。家族の将来が決定するまで、難民申請者のみを対象にした、賃貸スペースで開かれる教室で授業を受ける。


 「Bär, Bärrrrr」。教室の床に脚を組んで座った3人の子どもが、先生と一緒に熊の絵を見ている。ドイツ語でこの動物を何と呼ぶのかを学んでいるこの子たちの母語は、アラビア語だ。

 子どもたちが学んでいる特別な教室は、チューリヒ郊外の工業団地にあるユッフ難民受け入れセンターの近くにある。教室はこのセンターが運営している。子どもたちはここにほぼ5カ月通う可能性がある。

 センターの目的は、子どもたちが継続的に教育を受けられること、また親の申請が通った場合に通うことになるスイスの学校に慣れることだ。親が難民認定を待つ期間は1学年に満たないため、子どもたちを地元の学校に入れるのではなく、このようにユッフセンターの中で教える試みが行われている。

 「学校に通ったことのない子どももいる。6、7歳になっていても字を書けない子どももいる。そういう子たちはゆっくり学習を始める必要がある」。センターの教師ジンナ・ツベルビューラーさんは、年少の生徒のグループと一緒に動物の絵本をめくりながら話す。

 チューリヒ州では、2014年1月から難民審査を迅速化する試みが行われており、ユッフセンターの教室はそのプロセスの一環だ。同州は、単純なケースを140日以内に処理することを目指している。

 難民受け入れセンター内だけで教える授業は90年代から実施されてはいるが、それほど例は多くない。

 全ての子どもは教育を受ける権利を有すると国連子どもの権利条約で定められているため、子どもは何らかの方法で授業に出席しなければならない。

 「しばらく移動生活が続いていたり、今のシリアのように戦争状態にある国にいたりした場合、子どもは教育を継続的に受けられていないことがある」と、欧州難民評議会(ECRE)外部リンクのエレーヌ・スーピオス・ダヴィドさんは話す。

子どもたちの領域

 チューリヒ州小学校事務局異文化教育課外部リンクのマルクス・トゥルニガー課長によると、難民申請中の子どもたちが受ける教育は、地元の学校に通う非ドイツ語話者の子どもたちと同じだ。

 「他の子どもたちと同様、週28時間の授業は標準的な時間数だ」

 教師のツベルビューラーさんは、難民申請者の子ども向け教室は「間に合わせの学校」ではあるが、子どもたちは喜んでやってくると話す。「学校に来ることで規則正しいリズムが生まれるから好きだという子もいるし、田舎に遠足に行けるから好きだという子もいる。また、教室は本当の意味で子どもたちの領域。親の領域ではない」

 また、「『これが普通』というものは何もない」とも言う。多様な文化による違いと生徒の入れ替わりの激しさから、一日として同じ日はないそうだ。子どもたちは年齢に応じて二つのグループに分けられる。また、金曜の午前は図書館に行くなど、毎日決まった活動があり、基本的なスケジュールが定められている。

 この教室が開かれる2部屋の隣の部屋では、別の教師が10代の生徒たちを相手にドイツ語で授業をしている。

 難民申請者の子どもたちは普通、チューリヒ州の地元の学校に通うが、一つのセンターに子どもが一定数以上おり、地元の学校には収まりきらない場合、センター内で授業が行われる。

特別なクラス

 スイスに短期間しかいないかもしれない子どもたちの教育をどこで行うかについては、さまざまな意見がある。

 「スイスでは、子どもをできるだけ早く(地元の)学校に入れるべきという考えを巡り、議論が行われている。それが一番だと主張する専門家も多いが、今回の試験的プログラムは別のやり方だ」と、西スイス応用科学大学とジュネーブ大学で社会学教授を務めるクラウディオ・ボルツマンさんは話す。

 難民申請者の子どもたちを地元の学校に通わせないのは「政府が強化しようとしている移民の子どもの統合政策と矛盾する。特に、この子どもたちはスイスに長く住むことになるかもしれないのだから」とボルツマンさん。

 しかし、ユッフセンターのような特別クラスは、子どもたちが受け入れ国に順応していくうえで有益であり、最初は推奨されることでもある。

 「子どもが一度も、あるいはほとんど学校に行ったことのない場合、慣れるのに時間がかかるだろう。右も左もわからないのにいきなり普通の学校に放り込むわけにはいかない」と、スーピオス・ダヴィドさんは説明する。

教師の教育

 難民申請者の子どもたちは、故郷や友達を残して新しい国へ引っ越すことや、新しい国に慣れることよりもっと深刻な問題を抱えていることもある。「彼らは、祖国で、あるいは逃れてくる途中でトラウマを負っている」と、スーピオス・ダヴィドさんは言う。

 ユッフセンターには、このような学校外の問題についてサポートする心理士がいる。難民の多くはエリトリアやソマリアなどの出身で、何週間も危険な旅をし、混み合った部屋で眠り、食事も満足にとれないといった状況を経験してきている。国を逃れた理由は、貧困から内戦や圧政の影響までさまざまだ。

 「教師は訓練を受けた療法士ではない。両方はできないし、それは教師の仕事ではない。教師の役目は、子どもに適した環境を用意し、学ぶ機会を与えることだ」とチューリヒ州小学校事務局のトゥルニガーさん。

 教室ではドイツ語に重点が置かれている。教師は、外国語としてのドイツ語を教える資格を有していなければならない。この資格取得のための講座では、ドイツ語を母語としない学習者を教える際のさまざまな問題が取り上げられている。

 「学習者間には多くの違いがあり、講座ではそれを理解することも学ぶ。たとえば、異文化学習に関わる問題への配慮と認識、最終的に学習者に自信を持たせるような講座の組み立て方などだ」と、チューリヒ応用科学大学の外国語としてのドイツ語学部長のイェルク・ケラーさんは話す。

 他の大学や機関で開講されている類似の講座と同じく、ここでも難民申請者に特に焦点を当ててはいない。

 しかし、難民申請者の子どもたちに対応していくには、彼らが抱えているかもしれない心理的な問題について教師が「おおまかに」知っていた方がいいと、トゥルニガーさんは指摘する。実際、コソボ戦争のころはそういった講座を設けていたという。

 今のところ、難民受け入れセンターの教室では一日として同じ日はなく、子どもたちは頻繁に入れ替わり、学校のおもちゃや絵本は手から手へ渡っていく。

審査期間短縮の試み

難民申請の審査期間短縮を目指す政府の試行プログラムが1月に開始した。

審査の徹底性と公正性が保証される限り、難民申請者にとっても受け入れ国にとっても審査期間はできるだけ短い方がよいということで専門家の意見は一致している。目標は、140日(約5カ月)以内に審査を完了することだ。

このプロセスの円滑化のため、難民申請者は、申請書類を揃え必要な証拠資料や書類を入手するための無料の法律相談を受けられる。

試験的プログラムが始まって5カ月たった6月初め、政府は進捗状況の評価を行った。迅速化プロセスで審査を開始した件数は669件、結論が下された件数は319件と、処理件数は予想を上回っていた。そのうち44件に関して難民申請が認められた。

なお、連邦司法警察省移民局によると、2013年にスイス政府が受領した申請件数は2万1465件。

試験的プログラムは2015年9月まで実施される予定。

(英語からの翻訳 西田英恵、編集 スイスインフォ)

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