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スイスの安定を揺るがす相続税 国民投票見据えざわつく富裕層

スイスの国旗
KEYSTONE

スイスでは11月、超富裕層への相続・贈与税を新設する案が国民投票にかけられる。富裕層の国外流出を招き、スイスの安定を揺るがす「大惨事」だと懸念する声が出ている。

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スイスの弁護士や銀行家らは、超富裕層への相続税新設の是非を問う国民投票を前に、英国のような富裕層の国外流出が起こると警告している。

スイスは今年11月30日の国民投票で、5000万フラン(約90億円)を超える相続・贈与に対し50%の連邦税を導入する案の是非を問う。現行は相続・贈与税は州レベルでしか課税されていない。連邦税導入後も州税は温存される。州税と異なり、連邦税案に配偶者や直系子孫への免税規定はない。

>>超富裕層に対する相続税の案の詳しい内容はこちらの記事へ。

英国では非永住者が全世界に持つ資産を相続税の対象としたことで、外国人富裕層の出国ラッシュ(ウェグジット)を招いたばかりだ。英国は現在、課税撤回を検討している。一方、ドバイやイタリアなどは、富裕層誘致策を強化している。

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FT

「英国離脱者を呼び込む機会を逃したという点では、スイスは既にダメージを受けている。最悪のタイミングだ」。ステイガー法律事務所(チューリヒ)で個人顧客向けのアドバイスを行うジョージア・フォティウ弁護士はこう話す。「スイス移住者が完全に途絶えたわけではないが、イタリアやギリシャ、アラブ首長国連邦(UAE)など他の国を選ぶ人が増えている」

連邦相続・贈与税案は2022年、左派・社会民主党(SP/SP)青年部が提起した。税収は気候変動対策に充てる。スイスには、有権者10万筆の署名を集めることで市民の提案を国民投票にかけられるイニシアチブ(国民発議)の制度がある。可決されれば提案は拘束力を持つ。

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イニシアチブとは?

このコンテンツが公開されたのは、 スイスでは、政治的決定に参加する権利が市民に与えられている。直接民主制はスイスだけに限った制度ではない。しかし恐らく、ほかの国よりこの国でより発展している。

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ジュネーブの資産管理業ロンバー・オディエのマネージング・パートナー、フレデリック・ロシャ氏は「提案が為されたことの純粋な結果として、国全体がこの提案をめぐり投票しなければならない。これは不要な不確実性を生み出している」と苦言を呈す。「提案が存在するという単純な事実は、何の役にも立たない」

ロシャ氏は、新相続税はスイス全土の何千人もの中小企業経営者・起業家にも影響を与えるだろうと警告する。そうした人々の多くは資産が事業に直結している。

「スイスの大惨事」

鉄道車両大手シュタドラー(チューリヒ)のオーナーでスイス有数の富豪、ペーター・シュプーラー最高経営責任者(CEO)は、新税案は「スイスにとっての大惨事」だと公然と批判する。自身の相続人は20億フランを徴税される可能性があるという。

相続税導入案の浮上は、スイスの名声に追い打ちをかけそうだ。クレディ・スイス危機や金融規制の強化など、国家の安定を揺るがす出来事が相次いでいる。

国際会計事務所BDOチューリヒ支社の税務・法務責任者、シュテファン・ピラー氏は、「相続・贈与税に関しては、スイスは常に優れた環境を備えた国だった。当社の顧客には大規模なファミリービジネス(家族経営企業)もいくつかあるが、国民投票で新税が可決されれば大きな問題に直面するだろう」とみる。

新税が導入されれば、相続税が4~8%のイタリアや、相続・贈与税のないドバイや香港などに比べスイスは重税に位置付けられる。

経済ロビー団体エコノミースイスは6月20日、イニシアチブは「国際的に信頼できる安定したビジネス拠点としてのスイスの地位を危うくする」とする声明外部リンクを発表した。

国民投票が近づくにつれ、すでに国を離れた人もいる一方、移住しないことを決めた人もいる。

ロシャ氏は、ロンバー・オディエは「リスクを冒さず投票前に移住することを決めたスイス在住の家族を目にしてきた」と話す。また「極めて有害な」提案が不確実性を生み出したため、スイスへの移住を見送ることにした海外顧客もいるという。

チューリヒに拠点を置く別のプライベートバンカーは、たとえ今秋は可決されなくても「数年後にまた提案されるかもしれないという不確実性」を踏まえ、投票前にリヒテンシュタインへの移住を決めた上客がいると話した。

「大規模な資金流入」

一方、昔から動揺期の避難先とされてきたスイスに資産を移す富裕層もかなり多いと指摘する銀行もある。

あるプライベートバンクの幹部は「世界的な不安定さを踏まえ、現時点では世界中からかなり大規模な資金が流入している」と話す。特にドナルド・トランプ政権下の米国人が資産移転を強化しているという。

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投資による市民権・居住権取得を専門とするコンサルティング会社ヘンリー・アンド・パートナーズ(ロンドン)のクリスチャン・ケリン会長は、「これがスイスの魅力を損なったとは思わない」と述べた。

「確かに、新税導入案の行方を見極めようとする人たちもいる。だが率直に言って、当社の顧客は賢明で、スイスが容易に導入することはないことを理解している」

スイス連邦内閣(政府)は、上下両院と同様にイニシアチブに反対する立場を表明した。専門家の間では、スイス国民が歴史的に「富裕税」を嫌ってきたことを踏まえると、11月30日の国民投票で可決される見込みは薄いとの見方が多い。可決されるには、有権者の過半数と州票の過半数の賛成が必要となる。

ロシャ氏は、イニシアチブが僅差で可決あるいは否決された場合、数年後に同じ案が再検討される可能性が高く、スイスの予測可能性が損なわれるとみる。「この可能性を20年間封じ込めるには、圧倒的多数で否決される必要がある」

Copyright The Financial Times Limited 2025

英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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