
氷河崩壊から村民300人を救ったスイスの最新型監視システム

世界の山岳地帯で土砂崩れや氷河崩壊などの自然災害リスクが高まるなか、監視・警報システムへの関心が高まっている。同システムの開発・製造に携わるスイス企業の責任者に最先端技術の性能や限界について聞いた。

おすすめの記事
「スイスのメディアが報じた日本のニュース」ニュースレター登録
山の斜面を監視し、雪崩、土砂崩れ、地滑り、氷河崩壊などの兆候を検出する装置・技術には、レーダー、センサー、高精度カメラなどがある。気候変動により山の地盤が不安定化し、麓の集落やインフラが脅威にさらされるなか、こうした監視システムへの関心が高まっている。
スイス南部ヴァレー(ヴァリス)州で5月28日に起きた土砂災害では、クライネス・ネストホルン山の岩石崩落に起因するビルヒ氷河の崩壊により大規模な土石流が発生し、麓のブラッテン村を一瞬にして飲み込んだ。同村では幸い、自然災害の監視・早期警報システムのおかげで、氷河崩壊が起こる前に村民約300人が避難。村の9割が消失したが、人的被害は行方不明者1人に限られた。

おすすめの記事
スイス南部で氷河が崩壊 土石流がふもとの村を飲み込む
クライネス・ネストホルン山とビルヒ氷河は1990年代から監視されてきた。リモートセンシング技術(遠隔地から対象物を測定する技術)で世界を先導するスイス技術系企業ゲオプレヴェント(Geopraevent)は、今回の早期警報に寄与した同監視システムの一部を開発・製造する。2020年からヘキサゴン(スウェーデンの測定技術の多国籍企業)傘下にある。こうした監視システムにはどのような技術が使われ、誰が導入しているのか。同社のゼネラルマネージャー、アロイス・ガイエルレーナー氏が解説する。
スイスインフォ:ブラッテン村周辺の山の監視にはどのような技術が使われていますか?
アロイス・ガイエルレーナー:現在2種類の技術を使っています。1つはクライネス・ネストホルン山に設置している変形カメラ(訳註:岩石・氷の自動モニタリングシステム。変位を数センチメートルの精度で高速検出できる)で、岩とビルヒ氷河を常時撮影・監視しています。もう1つはいわゆる「干渉計」レーダーで、谷を挟んだ反対側から同山全体を監視しています。これらのシステムで、この地域が1日にどの程度の速さで動いているかがわかります。

精度はどのくらいですか?
干渉計レーダーは、最大5km離れた場所から岩や氷の動きを1mmの精度で検出可能です。レーダー装置1台で山の斜面全体を十分に監視できます。
数百万m3もの物質が移動する現象の観測にそこまで(mm単位)の精度が必要ですか?
それは何を観測したいかによります。1日に数cmから数mも動く物質を対象にする場合は当然、mm単位の精度は必要ありません。一方、1週間にわずか数mmのオーダーでしか動かないケースもあります。その場合(この精度があれば)山が安定しているか、あるいは動きが加速しているかを判断できます。

レーダー技術は10年前にくらべどう進化しましたか?
現在の最新レーダーは、観測対象までの距離、観測速度、解像度のいずれも向上しています。電源供給と通信技術の進歩も重要です。燃料電池や太陽光発電による電源供給により、かなり離れた場所にも装置を設置できるようになりました。送電網(グリッド)の停電問題も回避できます。通常の携帯電話の電波が届かない、あるいは通信網がダウンした場合でも、衛星通信でバックアップできるようになりました。
開発面では、装置だけでなくデータの処理や解析の技術も進歩しています。私たちは過去10年間蓄積してきた経験をもとに、レーダーのアルゴリズムや補正方法の改良を重ねてきました。
また、AI(人工知能)を使った新しいアルゴリズムによって、システムの性能・精度が向上しています。例えば、地盤の動きなどの私たちが知りたい信号のみを選択的に検出できます。こうした技術は、スキーヤーの滑降を雪崩と混同するようなミスを回避するのに役立ちます。
一般的に、複数種類の技術があり、それぞれが明確な利点を持っています。通常そのいくつかを組み合わせることでベストな結果が得られます。
アルプスに何台の監視システムを設置していますか?また、どのような自然災害を想定していますか?
世界中に約280台の装置を設置しており、そのほとんどはアルプスにあります。それらは物体・岩の傾斜や川の水位を測定する簡易センサーから、レーダー技術を使った複雑なシステムまで、多岐に渡ります。
装置の利用者は地方自治体、スキーリゾート、電気事業者、道路・鉄道のインフラを担う企業などで、監視対象は主に雪崩、地滑り、崩落、土石流です。
ブラッテン村や他の場所で起きた最近の大規模な土砂災害の後、装置の導入依頼は増えましたか?
大災害が起こる度にすぐさま依頼が増えるわけではありませんが、監視システムに対する関心が確実に高まっているとは感じています。人口動態と道路・鉄道交通の両方において、アルプスでも重要性が増しています。こうした重要なインフラを守るために監視システムの必要性が高まっているのです。
国際市場も顕著な成長が見られます。スイスのみならず他の山岳国でも自然災害監視技術が確立されつつあります。私たちは主にアルプス諸国、ノルウェーなどの北欧諸国、北米、中央アジア、アンデス地方、中南米で事業を展開しています。
クライネス・ネストホルン山やブラッテン村のような山の監視にかかるコストはどのくらいですか?
顧客プロジェクトの個別の数字は機密事項です。一般的に言えば、レーダー設置にかかる費用は数万〜数十万フラン(約数百万〜数千万円)の範囲です。監視のみか、警報システムと連動するかで大きく異なります。後者の場合は、例えば雪崩や崩落の発生時に道路を自動的に閉鎖できます。また、どのような技術を使うかでもかかるコストは異なります。
最先端技術を導入する経済力のない発展途上国にはどのような解決手段がありますか?
多くの場合、適用限界が生じるのは装置にかかるコストではなく、装置を取り巻くインフラです。例えば装置を設置・運用・管理する人材が必要ですが、発展途上国ではこの点で行き詰まることがあります。
コスト面に関して言うなら、監視システム以外の手段についても言及すべきでしょう。危険地域を迂回するトンネルや防護壁を建設することも有効かもしれません。ただこれには巨額の投資が必要です。
リスク回避の文化も重要です。概してスイスはリスクを取りたがりません。そのためには、リスクがどこにあり、どう回避するかを知る必要があります。このリスク回避の文化はおそらく、どの国にもまだあまり根付いていないでしょう。
編集:Gabe Bullard/vdv、英語からの翻訳:佐藤寛子、校正:ムートゥ朋子

JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。