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誇りと伝統〜こだわりのチーズ生活

スイスには本当に多種多様なチーズがあり、スイス人ですら知り尽くせないと言います swissinfo.ch

「スイス=チーズ」。日本人がスイスと聞いてまず思い浮べるのは、チーズではないでしょうか。実際スイスの人たちは本当によくチーズを食べますし、その楽しみ方を知っています。今回はチーズを愛する友人一家のこだわりのチーズ生活と、彼女たちに教えてもらった美味しいチーズの食べ方をご紹介したいと思います。 

 ヨーロッパには各国を代表する有名なチーズがありますが、さらに細かく、そこに暮らす人々の視点で見ると、小さな村や地域ごとに、こだわりのチーズ文化があることに気がつきます。ごく一般的な主婦である私の友人も、ここティチーノのチーズはどこのものとも味が違うと言います。チーズは牛が食べている牧草によっても味が変わるので、ゴッタルド(gottardo、ティチーノ州南アルプス山塊の地域名)の草を食べている牛の乳を原料に、ゴッタルドの山の空気の中で熟成されたチーズは、どうしたって他の地域とは違った味になるのだそうです。

 そんなチーズ、特にティチーノのチーズをこよなく愛する彼女の一家は、一般的なスイス家庭と同様に、毎日チーズを食べています。チーズはサラダに加えられたり、調味料として料理に使われたりすることも多いですが、彼女たちはシンプルに、そのまま味わうことをたいせつにしています。食卓にかならず並ぶのは、彼女が「山のチーズ」と呼ぶ熟成型チーズです。スイスの熟成型チーズはエメンタールとグリュイエールという二大ブランドが有名ですが、このほかにも素晴らしい味わいの銘柄がたくさんあります。彼女とご主人が特に「山のチーズ」としてこだわるのは、高度1500メートルから2400メートルのアルプスの草を食べている牛の乳で、酪農農家が作っているものです。彼女の家では、ご主人がよく知るゴッタルド近辺の農家から、数キロもある大きなチーズを丸ごと買ってきています。条件のよいところでよく熟成させたチーズは、こってりとして独特の風味。そのままでは味が強すぎる場合も蜂蜜をかけて食べると、とろけるような美味しさです。

農家から買ってきた「山のチーズ」。これは1キロあたり25フランと、標準的な価格 swissinfo.ch

 春から夏にかけては、車で10分ほどの所にある農家から朝作り立てほやほやのフレッシュチーズを買ってきたりもします。フレッシュチーズは熟成させないチーズで、日本ではモッツアレラやリコッタチーズなどが有名です。なぜ季節限定かといえば、彼女が好んで食べるヤギのフレッシュチーズは、子ヤギが生まれ、授乳期間である春から夏までの間しか作れないからです。季節にしか手に入らないチーズを、まさにフレッシュそのもので食べるなんて、なんとも贅沢な生活です。彼女はこれにオリーブオイル、赤ワインビネガー、塩、黒こしょうをかけて食べます。シンプルを好むご主人は、黒こしょうのみ。これもまたピリッとした辛みがアクセントになって、チーズの味が引き立ちます。

ティチーノ州のチーズでよく知られている銘柄gottardo(ゴッタルド)。優しくまろやかな風味で日本人好みの味です。スーパーなどでみかけたときはぜひお試しを swissinfo.ch

 日本でも、ラクレットというチーズを焼いて食べる料理が知られるようになりましたが、彼女は熟成型で油分の多いチーズであれば、なんでも焼いて食べています。チーズは外側の皮をつけたまま適度な大きさに切り、長い鉄製のフォークに刺します。暖炉やバーベキューグリルの火にかざし、表面がとろけてきたらナイフで削いで、ゆでたじゃが芋やパンにかける……まさにアルプスの少女ハイジの世界です。ふだんは捨ててしまう硬い皮の部分も、焼くとカリカリと香ばしく、美味しく食べられます(包装やワックス処理がしてあるものは食べません)。同様に白カビ系チーズも丸ごと焼いて食べたりします。スイスではヴォー州のtomme(トム)という銘柄が有名ですが、日本ではカマンベールチーズが手に入りやすく、風味も似ています。焼き加減はお好みですが、目安は外側がやわらかくなるくらい。チーズを切ると中身がとろりと出てきて、黒こしょうを挽きかけて食べると最高です。

朝作り立てのフレッシュチーズに、オリーブオイルと赤ワインビネガーをかけたもの。ヤギのチーズはくせが強いと聞いていましたが、むしろ淡白でさわやかな味わいです swissinfo.ch

 暖炉と同じようにとはいきませんが、焼きチーズはフライパンでもできます(テフロン製のフライパンがおすすめ)。あっという間に焼けてしまうので、火加減は弱火で、目を離さないようにしてください。熟成型チーズは薄くスライスしてとろけるまで焼きます。じゃが芋やパンだけでなく、ピクルス、ブロッコリー、洋梨などをあわせても美味。白カビ系チーズはかならず丸ごと焼いてください。焼く前に切ってしまうと、中身が流れ出て大惨事。せっかくの美味しさも楽しさも半減してしまいます。

 彼女のチーズ話は私には新鮮なことばかりですが、特に印象に残るエピソードがあります。スイス人が愛するチーズに、スブリンツ(sbrintz)という銘柄があります。スイスのパルミジャーノ・レッジャーノとも言われ、味も食感もよく似ています。そんな話をしながら、彼女は「私たちはパルミジャーノは買わないの。これは愛国心かしらね」と言います(パルミジャーノはイタリアのチーズ)。またある時は、20代の息子さんが最近はお父さんの真似をして、山の農家で自分好みのチーズを買ってくるのだと嬉しそうに話してくれました。彼女の生活に触れるたび、スイス人のチーズへの誇りと伝統は、こうしたささやかな家庭のこだわりの集積なのだと改めて感じます。 

彼女が愛国心と言うベルン州のsbrintz(スブリンツ)。ヴォー州の白カビ系チーズtomme vaudoise(トム ヴォドワーズ) swissinfo.ch

 そんなスイス人のアイデンティティの一つでもあるチーズですが、その味を最大限楽しむために一番たいせつなのは、かならず常温にして食べるということです。冷蔵庫から出したての冷えたままでは、チーズは硬く締まって、本来の味からはほど遠い状態です。冷蔵庫に置いてある場合は食べる数時間前には外に出して、チーズの繊細な味と香りをじゅうぶんにお楽しみください。


奥山久美子

神奈川県生まれ、福岡県育ち。都内の大学を卒業後、料理や栄養学を扱う出版社に就職。雑誌、書籍の編集業務に携わる。夫の転職に伴い、2012年からイタリア語圏ティチーノ州に住む。日本人の夫、思春期の息子2人の4人家族(+日本から連れてきた猫1匹)。趣味は旅行、読書、美味しいものを見つけること。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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