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消えたスイスの「仮想フラン」構想

財布から10フラン札を取り出す手
「現金第一主義」のスイスでは、国が仮想通貨を発行する構想は立ち消えとなった Keystone

国に仮想通貨の発行を求める声は高まっているが、スイス国立銀行(中央銀行)が耳を傾ける様子はみられない。

 スイス証券取引所を運営するSIXグループ外部リンクのロメオ・ラッヒャー会長も、仮想通貨の提唱者の1人。英紙フィナンシャル・タイムズのインタビュー外部リンクに「中銀に管理された電子フランは多くの相乗効果を生む。経済にとってプラスになる」と話した。「私は現金が嫌いだ」

 だがスイス中銀のトーマス・ジョルダン総裁は今月15日のスイス公共放送(SRF)のインタビュー外部リンクで、「現時点で、電子スイスフランを中銀自ら発行する必要性はまったく感じていない」と断言した。中銀による仮想通貨は金融システムを大きく変える可能性があり、多くの疑問点を明らかにすることが先決だと語った。

 ブロックチェーン技術を利用した法定通貨の発行をめぐっては、他の国々でも(時に漠然とした)意見表明が相次いでいる。

相場変動の緩和に?

 法定仮想通貨の最大のメリットは、仲介者を介さない2者間で決済が完結するため、決済のコスト削減や効率性向上につながる点だ。

 既にさまざまな仮想通貨が発行されているが、中銀が主体となって発行しているものは存在しない。だが仮想通貨相場を法定通貨に連動させ、中銀がトークンを発行すれば、仮想通貨の変動の激しさを和らげる効果があると考えられている。

 例えば最も流通量の多いビットコインは昨年、1ビットコイン=千ドル台から一時2万ドルに上昇したが、今年1月には7千ドル以下に急落した。

 スイスの金融専門家によるシンクタンク「フィンテック・ロッカーズ外部リンク」は先月初旬、国立ブロックチェーンを使い中銀が発行する「仮想フラン」構想をまとめた。スイスの金融当局や各州のデジタル通貨担当者も巻き込む案だ。

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 構想は「スイスの全州がこのブロックチェーンのインフラを共同運営すれば、工業化時代に鉄道網やゴッダルド・トンネルが整備されたのと同じような呼び水効果をもたらすだろう」と描く。

 法定仮想通貨のアイデアには、スイスの2人の有力学者も賛同する。1月にサン・モリッツで開かれた「仮想通貨カンファレンス外部リンク」で、バーゼル大学のアレクサンダー・ベレントセン教授は「現金は、いずれ消える」と言い切った。ファビアン・シェール教授も「中銀が発行する仮想通貨は、法定通貨と民営の仮想通貨の中間的な資産になると考える」と共鳴。だが、スイス当局がこうした実験段階の技術を使うリスクを負うかどうかには疑問を呈した。特に仮想通貨が資金洗浄(マネーロンダリング)などの犯罪に利用されるリスクは各所で指摘されている。

国際的な潮流

 急速にキャッシュレス化の進むスウェーデンでは、この分野で世界の先を行き、「電子クローナ」が提唱されている。ブロックチェーン分野で活発な動きがあるエストニアも国の仮想通貨「エストコイン」の発行を検討中だ。

 ベネズエラは石油の備蓄量に連動する電子通貨「ペトロ」の発行を始めた。貴金属に連動する第二の電子通貨も検討中と報じられている。イランも同様の通貨を検討しているとの観測も出ている。

 「Cash is King」―現金は王、との考え方が強いスイスで、国が仮想通貨を発行する見込みは少なくとも現時点ではごく小さい。変化は遅々として進まず、不変の経済を誇っている。

(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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